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明日から京都へ史料調査です。
今まで準備等でこんな時間になってしまいました。
二階のリビングで一人パソコンに向かっています。
ところで、今日(2月4日)の朝日朝刊一面に、
「東京裁判の見解対立 日中歴史研究 非公表の一因に」
というタイトルで、共同歴史研究の記事がありました。
(ちなみにその上は「小沢氏きょう不起訴処分」でしたね。)
記事によれば、日中の初の歴史共同研究の報告書が戦後史部分が非公表になったとのこと。
これは中国側の意向によるものとありました。
この背景には、主に東京裁判をめぐる歴史認識の食い違いがあります。
特に戦争責任をめぐる議論がまだ終結する方向へ向かう兆しは弱いといえるでしょう。
実際、今回もその点で議論が大きく分かれているとありました。
日本の戦争責任を更に徹底するよう求めた中国側も、逆に自らの内政面(特に負の面)は記述が少ない模様です。
特に、朝鮮戦争や文化大革命、天安門事件の記述をさらに詳しくするつもりはないとのことです。
ふむ、それでは一方的に日本側の戦争責任を求め、自分の負の『過去』は見つめないとの姿勢をとっていると見られてしまう恐れもあります。
それでは一層この共同研究を難しくしてしまうでしょう。
歴史はただ過去の出来事を網羅的にならべて完成するものではありません。
過去の出来事を正しく調べる作業と同時に、それらをどのように「並べる」かが重要です。
この「並べる」作業にはそれぞれの国の立場や見方、また歴史家個人の価値観等が介入していきます。
つまり、それを統一的に「並べる」ということは非常に骨が折れる作業ということになります。
だからこそ、今回のように歴史認識をめぐる議論は一筋縄ではいかないのです。
・・・と思っていたら、意外な記事が中国の人民日報には書かれていました。
http://j.people.com.cn/94474/6886562.html
最も、これは人民日報の日本版ですので、中国版は同じでないかもしれません。
そのことを確認した上で、この記事のタイトルを見てほしいのです。
そこには、
「中日歴史共同研究、一定の共通認識に」
とあるではありませんか。
えっ、どういうこと??
と思って読むと、
日中の歴史研究報告書は双方に相違が出たものの、主に戦時期の内容において一定の共通認識に至った
というような内容を報じています。
ですから相違があったという事実は伝えつつも、むしろ一定の共通認識を得られたと強調しています。
でも戦時期の歴史認識が一定の共通認識を得られたとする一方、戦後部分の相違については触れられていません。
なぜ触れられていないのかはここでは言及をやめましょう。
ともかくそういった状況では、「一定の共通認識に至った」とするには無理があるように思われます。
このように日本の近現代史、また中国のそれと同時代の歴史認識をめぐっては課題が山積みです。
今後はこのような共同研究の機会が益々増えていくことは間違いありません。
その度にそこでの課題が明らかとなり、悩みながらも前進していくことを祈ります。
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