Mの中国通信

中国で奮闘する大学講師の日々。阜陽での日々が終わりました。

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日本へ一時帰国中、ほぼ愛犬のイブと散歩をしています。

その最中、専門とする研究テーマとの関係から、近所の戸建て住宅や集合住宅へ目がいきます。
これは、散歩に限らず、電車に乗っている時、出かける時・・・などなど

ずっと、きょろきょろしているというわけですね(苦笑)


そのような観察をしていると、やはり日本の住宅規格は外に解放されていない気がします。
そして、住宅内でおこなわれる「生活の匂い」みたいなものが感じにくい。

どの家も、窓を閉め、あるいはカーテンを閉め、中の住宅内の様子は全然見えない。
(全部ではないが、そういう住宅が多い)

しかも、住宅内の音や居住者の声も基本的に聞こえてこない。
(これは、聞こえすぎても近所迷惑という事もありますが。)

住宅内に人は一体いるのだろうか?
でも、深夜まで電気がついている家は多く、住宅内で人は活動している模様。


何となく、こんな状態には違和感を感じています。


中国では基本的に防犯のために、各住宅は閉鎖的(というか、防犯対策が万全)に出来ています。
だから、一見すると人々の生活は住宅という器に閉ざされ、外部との接触は弱くなると考えがちです。

しかし、中国では住宅は閉鎖的なのですが、外部との交流は保たれているのです。
しっかりと、近所同士での共有する機会が設けられているのは印象的です。

例えば、一緒にカードゲームやマージャンをする老人達の様子は頻繁に見かけます。


つまり、内部に閉鎖的ではなく、外部に開かれている人間関係が構築されているわけですね。
非常に、日本の場合とは対照的な印象を抱いています。


中国の場合を見れば、両国の人間関係(特に、近隣)の対照性は住宅だけが原因にはならないでしょう。
しかし、住宅のあり方が近隣の人間関係に及ぼした影響は、やはり認めねばならないはずです。
一体、両国のこうした人間関係の相違はどこから起こるものなのでしょうか。


こうした住宅の規格そのものは、近隣だけでなく、住宅内に暮す家族にも影響を及ぼすものです。
そして、住宅の規格というものは、他にも様々な影響をもつといえるでしょう。



先日、千葉大大学院の博士課程院生(中国人留学生)と一緒に食事をしました。
そこで出た言葉の一つは、

「研究室の院生達はいつも言葉を交わさない。「さよなら」とか「こんにちは」もですよ。」

というものでした。
研究室なので基本的に静かなのは歓迎ですが、さすがにそれはいき過ぎではないかと思いました。

そうした雰囲気に「飲まれて」しまい、留学生たちも言葉を全く交わさないのが普通になっているとか。


しかし、それは寂しい・・・というより、不自然でしょう。
個人的には、精神衛生的にも良くない気もします。


少し話しが横道にそれてしまいましたが、やはり日本と中国の人間関係には大きな相違を感じます。
私は中国に行ったお陰?で、色々と院生達に話しかけることが多いのですが・・・(笑)
ま、「日本人」は全て上記のタイプではないのは言うまでもないことで。



とはいえ、今の日本社会に「閉鎖性」の強い傾向があるとすれば、逆に社会は「開放性」を求めるものです。
もしかすると、今の日本社会はそうした要求を持ちながらも、依然として、全体的にみれば閉鎖的なだけかもしれません。


私個人的にも、もう少し「開放的」な社会や人間関係というものを日本社会に望んでいます。

皆さんはいかがでしょうか?

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