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<研究室の自分のデスクからの一枚。今夜は他の院生は早めに帰宅してしまって静かでした。>
今日は久々に、指導教官の院ゼミに参加してきました。
内容は修士課程の院生の研究報告でした。
研究テーマはユニークではあるものの、まだ十分といえる段階には達していないように感じました。
ただ、そんなTさんの報告後、指導教官が、
「何も文学系の大学院だからとか、テーマを決めるのにそんなことは関係ないですよ。研究はやりたいことをやればいいんです。」
と開口一番におっしゃっていたのが印象的でした。
全くその通りだと思った次第です。
そして、その後の研究アドバイスも非常に的確で勉強になりました。
正直、いつもはもっと○○な先生なのですが・・・
(○○は御想像にお任せ致します)
・・・今回は気合が入っていたのでしょうか(苦笑
その後は、博士論文の研究のことで、西洋史のO研究室へ。
第一次大戦後の労働者住宅をはじめ、当時の小住宅研究の流れに関していくつか質問。
加えて、参考文献を可能な限り出して欲しいとお願いしました。
それによると、ヨーロッパ、特にドイツでは第一次大戦の前後が住宅規格の分かれ目になるそうです。
大戦前や大戦中は、いわゆる台所の空間が居室や廊下という別の用途も併せられていたそうです。
しかし、大戦後は徐々に台所のみの区別された用途へと区切られていったとのことでした。
(そこには、当時の住宅政策の影響や、住宅運動の影響も関わっているのでしょう。)
こうした状況は日本や、現在調べている中国の住宅の規格化の流れとは大きく異なる点でした。
日本では、第二次大戦後にダイニングキッチン誕生して以降、大幅に台所空間が特化していきます。
しかし、どうも台所がその独立性を高め、区別されていくのは世界史的に共通しているようです。
要するに、時期は異なれど、徐々に台所の独立性が高まっていくということです。
キッチンには女性の家事労働の場という性格もあるので、当然、家政学的な視点も欠かせないでしょう。
それから、住空間を合理化する必然性からこうした規格に至るという見方も成立するでしょう。
見方は様々に考えられますが、各地域ごとの住宅内のキッチンの系譜はバラバラなようで収斂されてきているのかもしれません。
今日のO先生の話を聞きながら、住宅史研究の面白さをまた一つ発見した思いです。
…しかし、勧められた参考文献は、英語・ドイツ語・フランス語と日本語はごくわずか…
所有しているO先生は全部読めるのはもちろんですが、私は英語ならかろうじて読めるレベル(汗)
自分の力を知ると同時に、O先生の怪物ぶりを改めて再確認しましたね。
そんなわけで、とりあえず日本語と英語の文献のみお借りしてきました。
日本滞在中に可能な限り読み進めたいと思っています。
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