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今週は雨が続き、太陽がほとんどみえなかった。
それに加え、三年の学生達は日本語一級試験が終わり、気合が抜けていた(笑)
ま、それも気持ちは分かるが、休みの学生には出席を促しておいた。
天気の悪さと、学生のある意味で腑抜けた様子に少々疲れが出てしまった。
それと対照的に一年生は元気!! 教室が割れんばかりの声で挨拶をしてくれる(苦笑)
これは私のテンションも上がるので良い。 ・・・でも実は隣の教室は少々うるさいかもしれない。
さて、今日は私の研究に関するテーマ。
実は今とりかかっている研究テーマの一つに、以前からずっとあたためているテーマがある。
それは西山夘三(1911−1994)という建築学者の評伝を書き上げること。
これは卒論から始めたテーマで、今でもなお取り組んでいる。
卒論と修士論文と彼の戦時期までを対象に、書くことができた。
しかし、それはまだ不十分で書き換えの余地が多いものである。
博士課程に在籍している現在、その研究に加え、近現代における日本の建築史・住宅史もやっている。
現在、取り組んでいるテーマはその一つといえるもの。
中国に身をおいているので、それに関わるテーマを設定している。
そのような建築史・住宅史研究の傍ら、西山氏の研究も忘れているわけではない。
実際、日本に帰国した際は必ず西山氏の史料調査(京都)へ出かけていく。
ま、そのために帰国しているといっても過言ではないかもしれない。
しかし、そこで行う史料調査には若干の問題がある。
生残の西山氏は、自身の研究に関わった史料を20万点ほど残していた。
その史料が現在は、京都・某市にある文庫(NPO法人)に所蔵されている。
誰でも閲覧可能だが、実は幾つかの史料は閲覧が出来ないのである。
それが、日記・手紙(生残、西山が受け取ったものだけ)である。
史料整理は終了しているのであるが、やはり現在では許可できないとのこと。
(ちなみに日記の公開はこれまで何度も依頼を出している。)
色々と「諸事情」もあるようなので、別の働きかけをしてみた。
それは、生前西山が出した手紙を回収するというもの。
文庫には生前の西山が受け取った手紙があるものの、出した手紙はない。
しかし、手紙という史料は往来を確認して初めて意義を持つもの。
よって、この作業が不可欠かつ急を要す(受取人が皆、高齢者のため)と考えた。
早速、文庫にその趣旨をしたためた手紙を書き、中国茶を添えて送った。
それが先月の始め。EMSで送ったので、一週間以内には着いているはず。
しかし、まだ返答はない・・・
色々と協議をしてくれているのだろうか。
それとも・・・
どちらにしても、やや反応は鈍いかなという印象。
歴史学を成立させるためには、やはり史資料の積極的な公開が必至である。
同時に史資料の保存も重要であることはいうまでもないこと。
史資料を独占することは珍しいケースではないが、決して望ましいこととはいえない。
特に公的な機関がそういった姿勢をとっていることがあれば、非常に悲しいことである。
以前、某庁に史料公開をしたものの、拒否され続けた結果、その組織を訴えた者もいた。
(これは結構話題になり、本にもなっている。)
私はそういった態度をとるのが苦手な性分なため、そこまでするつもりはないが。
出来れば話し合いで、双方が納得した形で物事を解決させたいのである。
何度も交渉を重ねるうちに、私のこういった思いが聞き届けられることを切に祈る。
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