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			<title>Ｍの中国通信</title>
			<description>　日本近現代史を専攻する博士課程の私が、思いがけず2009年3月より、中国の安徽省阜陽市にある大学(阜陽師範学院)で勤務することになりました。

　現在は仕事の傍ら、大学院での博士論文も執筆中です。こうした貴重な体験をさせて頂くわけなので、中国での日々のあれこれをつづっていこうと思い立ち開設したブログです。

　中国の日々の生活、向こうの人々との交流、自身の研究など、生活する上で体験した全てのことをココに刻んでいこうと思います。駆け出しの一歴史研究者の軌跡として楽しんでみて下さい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>Ｍの中国通信</title>
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			<description>　日本近現代史を専攻する博士課程の私が、思いがけず2009年3月より、中国の安徽省阜陽市にある大学(阜陽師範学院)で勤務することになりました。

　現在は仕事の傍ら、大学院での博士論文も執筆中です。こうした貴重な体験をさせて頂くわけなので、中国での日々のあれこれをつづっていこうと思い立ち開設したブログです。

　中国の日々の生活、向こうの人々との交流、自身の研究など、生活する上で体験した全てのことをココに刻んでいこうと思います。駆け出しの一歴史研究者の軌跡として楽しんでみて下さい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008</link>
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		<item>
			<title>ブログを新たに立ち上げました！</title>
			<description>残念ながら中国ではyahooブログは今後も使えない可能性が高いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、前回もお伝えしたとおり、今後もＭの中国生活は続くわけです。&lt;br /&gt;
(いつまで続くかはまだ未定でありますが・・・)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうした中国生活と、時々日本での生活の記録を残さないのは勿体無い！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということで、新たにブログを立ち上げました！&lt;br /&gt;
僕のブログを時々見てくださっている方のご助言で、gooブログにしました。&lt;br /&gt;
中国の学生達に早速確認したところ、しっかり見られるそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということで、今後はgooブログで継続して参ります。&lt;br /&gt;
アドレスは以下のとおりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://blog.goo.ne.jp/mimutatsu1008&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blog.goo.ne.jp/mimutatsu1008&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今後はさらに広い視野から現代の中国を伝えていけたらと思っています。&lt;br /&gt;
どうか今後とも皆様よろしくお願い致します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｍ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/29145554.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Jul 2011 23:52:50 +0900</pubDate>
			<category>埼玉県</category>
		</item>
		<item>
			<title>二年半勤めた大学を去り、今度は上海へ！</title>
			<description>皆様、お久しぶりです・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今年2月の更新以来ですね。&lt;br /&gt;
その後、ずっと中国安徽省ではyahooブログにアクセスが出来ぬまま、時間だけが過ぎました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、こんなことや、あんなことが沢山過ぎていくなかであっという間に契約終了日を迎えました（苦笑）&lt;br /&gt;
それが昨日のことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今は日本の自宅に戻ったために、ブログの更新が出来ているというわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国の安徽省阜陽市にある大学に勤務してから、二年半近くの歳月が経ちました。&lt;br /&gt;
その間、色々とありましたが、毎日の生活の中心にあったのは二つでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一つは、自身の研究活動。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、もう一つは主に大学生達との交流でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は外教として、学生達の交流を何より重視してきたつもりです。&lt;br /&gt;
学生達とだけでなく、先生方や町の人々とも可能な限り交流をしてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのためか、みんなはそれぞれ私のことを覚えてくれ、親切にしてくれました。&lt;br /&gt;
生活だけでなく、研究に対する支援もしてくれた人も少なくありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一年を過ぎる頃になると、日本語科以外の先生方も簡単な日本語の挨拶をしてくれるようになりました。&lt;br /&gt;
それから、日本語科以外の学生達も同様に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それらは一つ一つが大切な記憶、思い出として私のなかに刻まれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
阜陽を離れるにあたり、各学年の学生達や学科、また、それ以外のグループの送別会が立て続けにありました。&lt;br /&gt;
学生達をはじめ、先生方も送別の品を段ボールに入りきらないくらい沢山くれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どれも心がこもっていて、手作りのものも多かったです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
送別会の席で、学部長が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私はMさんにあって、日本や日本人に対する以前の見方を変えました。もし、機会があれば、また我が校で仕事をしてほしいです。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、中国語で私に言ってくださいました。&lt;br /&gt;
その言葉は、日本人の外教としては、何よりのほめ言葉であったように感じられました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が阜陽を離れる日、28日夕方の上海行きの汽車に乗りました。&lt;br /&gt;
その日、日本語科の主任を始め、外事オフィスの先生が駅まで見送ってくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
駅に着くと、100人弱の日本語科の学生達が待っていて、彼らと汽車が出発するまで最後の交流をしました。&lt;br /&gt;
（試験期間中で忙しいはずなのに、自主的に学生同士で相談して駅で見送ろうと決めたそうです）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･･･でも、何を話したかあまり記憶にありません。&lt;br /&gt;
既に目を赤くしている学生達を見て、自分の目頭が熱くなるのを抑えるのに必死だったからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、最後は見送りに来てくれた学生一人一人に声をかけ、握手したのははっきり覚えています。&lt;br /&gt;
彼らはそれぞれ、私にとって記憶にずっと残る学生になると思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今は日本へ帰り、また、大学院生としての立場に戻りました。&lt;br /&gt;
この夏は、博論の総仕上げのための研究活動を進める予定です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それと、最後にもう一点おしらせが・・・&lt;br /&gt;
私の中国での大学教師としての仕事は、2011年6月30日で終わる予定でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、その後、縁あって上海の某国立大学より声をかけていただくことになりました。&lt;br /&gt;
ブログが更新出来ない間に、その大学と契約を行い、今年8月より、上海で働かせて頂くことになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
yahooブログは続けたいのですが、どうも中国では難しいと思います･･･&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、今後は別の方法で日記をつけようと計画中です。&lt;br /&gt;
もし、決まったら、こちらのブログでお伝えしたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
というわけで、長らくこのブログを続けてきましたが、ここで一度幕を閉じることと致します。&lt;br /&gt;
皆さん、長い間このブログをお読み頂きまして、誠にありがとうございました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
M</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/29075403.html</link>
			<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 19:51:24 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>中国の大学教師(若手)が暮らす住宅</title>
			<description>&amp;lt;昨日、大学一年生らと一緒に近所の韓国料理店へ。まだ、彼らの会話はほぼ中国語でした…(苦笑)&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、私の授業が午前中、新校舎でありました。&lt;br /&gt;
隣の教室で英語学科のＧ先生も授業をしていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は30代半ばの男性で、上海の某大学院を修了した後、この大学へ来ました。&lt;br /&gt;
これまで、私とはほぼ面識はなく、すれ違うと挨拶をする程度でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
授業が終わり、校舎を出ようとすると、後ろからＧ先生が声をかけてくれました。&lt;br /&gt;
話してみると、非常に気さくで、なかなか好感の持てる良い先生でした。&lt;br /&gt;
意気投合してきたので、自宅の場所を聞くと、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『新校舎のすぐ近くにアパートを買い、そこに住んでいる。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とのこと。&lt;br /&gt;
そして、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『少し自宅に寄って行かないか？一緒に食事をしましょう。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と誘ってもらいました&lt;br /&gt;
日本では、あまり面識のない人から誘われることはほぼないですが、中国ではあります。&lt;br /&gt;
自分の中国語会話がどこまで持つか、結構心配しましたが、お邪魔してきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｇ先生のアパートは、最近出来た集合住宅が集まる一角にありました。&lt;br /&gt;
アパートは、リビングダイニングとキッチンがくっ付いたつくりで、日本とほぼ同じでした。&lt;br /&gt;
ただ、リビングは広めで、恐らく、20畳近くあったと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、奥には、個室が二つ、洗面所とシャワールームが一緒の部屋もありました。&lt;br /&gt;
それに、なかなか日当たりの良いベランダもあって、とても快適でした。&lt;br /&gt;
つくり全体としては、大変綺麗で、床は大理石風の白を貴重とした石のタイルでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本で同じ住宅を購入すれば、非常に高額になることは間違いありません。&lt;br /&gt;
(もっとも、購入する地域にもよるのですが…)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここ、阜陽では、こうしたアパートが60万元位(約720万円)で購入できるそうです！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな大きくて、綺麗なアパートに、奥様と2人で一緒にお住いでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
突然、押しかけたのにも関わらず、奥様は手料理の餃子などを振舞ってくれました。&lt;br /&gt;
特に、韮餃子はなかなかパンチがあって、印象深い味でしたね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、午後授業がないＧ先生はワインを飲み、私にもすすめてくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
午後授業のある私も、御好意に甘え、ついつい少し飲んでしまいました…(笑)&lt;br /&gt;
(もともと、昼から飲むことなどは皆無なのですが・・・)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の食べている皿が空くと、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『Ｍさん、どんどん食べてよ。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、別の餃子をどんどん持ってきてくれました。&lt;br /&gt;
私が快適に過ごせるようにと、お2人は席を立ったり座ったりと忙しそうでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一時間半ほどお邪魔していたのですが、お陰で楽しい昼休みを過ごしたＭでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本人にも類似した習慣はありますが、中国人は客人を本当に大切にもてなそうとします。&lt;br /&gt;
今回のケースもその一例で、そのことを改めて感じたＭでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｇ先生、招待してもらい、どうもありがとうございました！&lt;br /&gt;
また、美味しい餃子をご馳走様でした！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28185452.html</link>
			<pubDate>Sun, 27 Feb 2011 18:01:55 +0900</pubDate>
			<category>住居</category>
		</item>
		<item>
			<title>残り半年の中国安徽省での生活が始まっています</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/1007601/23/28165223/img_0?1298561519&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;後学期が始まってから、自宅から講義のある新校舎まで自転車で移動しています。これは途中の一枚&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約一週間ぶりの更新です。&lt;br /&gt;
どうもＭです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国には無事に戻っていたのですが、何故か中国からヤフーブログにアクセス出来ませんでした。&lt;br /&gt;
(というか、今は何とかアクセス出来ていますが、今後どうなるかも微妙です…)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今週月曜日から、大学では後学期が始まっています。&lt;br /&gt;
今学期は、週四日講義があり、三日が休みとなりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の博士論文を書けるように、大学側が配慮して、私の講義日程を調整してくれました。&lt;br /&gt;
今学期は、学科の先生方が少ないため、こうした調整は難しかったはずです。&lt;br /&gt;
にもかかわらず、快く応じてくれた大学には感謝しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
去年と比べ、大学のある安徽省阜陽市は暖かい陽気です。&lt;br /&gt;
何だか、気持ちがのびのびとし、解き放たれる感覚がしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生達は、相変わらず明るく、元気です。&lt;br /&gt;
面白い時はよく笑い、逆に、疲れてきた時は、そうした表情を直に見せてくれます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした点は日本と大きく違うので、何だか中国に戻ってきたことを実感させてくれます。&lt;br /&gt;
個人的には、のっぺらぼうの学生よりも、こちらの方が親しみが湧くのですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日の講義の後、ある学生が、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私達(大学二年)は今学期、もっと先生と交流して、日本語の聴解レベルを上げたいんです。先生、協力して頂けませんか？』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と言ってきました。&lt;br /&gt;
私は迷わず、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『いいよ。それなら、君達の都合のつく時間帯を教えて。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と返答しました。&lt;br /&gt;
彼らは、学年全体の学生達と相談し、なるべく多くの学生が参加できる時間帯を考えるそうです。&lt;br /&gt;
こうした自主的な学生達からの動きには、無理してでも力を貸してやろうと思うから不思議です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、私がこの大学にいるのは、あと半年です。&lt;br /&gt;
それ以上は、博論の都合でこの大学で研究を続けるのは不可能と判断したからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですから、それまでの間に出来る限りのことは彼らにやってやりたいと考えています。&lt;br /&gt;
ま、未熟な教師なので、出来ることは少ないのですが…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、私の博士課程の大半は、この大学で過ごしています。&lt;br /&gt;
そして、何とか博論を出すまで、あと一歩(？)のところまでくることが出来ました。&lt;br /&gt;
そうした研究環境を整えてくれたのは、この大学であり、教師の方達でした。&lt;br /&gt;
また、学生達が日々、私の研究生活を励まし続けてくれたことも見逃せません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですから、今度は、私の方が大学や学生達に何か恩返しをしたいと本気で考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とにかく、あと半年、この短い期間で何かＭなりの「恩返し」をしたいです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28165223.html</link>
			<pubDate>Fri, 25 Feb 2011 00:31:59 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>私の歴史研究の入り口(明日は中国へ)</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/989329/65/28095865/img_0?1297788188&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
〈今日は、中国へ戻る前に、向こうの方々へのお土産を買いに浦和パルコへ行きました。〉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
唐突ですが、私は、もともと経済学部の学生でした。&lt;br /&gt;
しかし、学部時代の様々な環境に満たされなくなり、三年次編入試験を受け、現在の大学へ入学しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その試験の際、１5000字程度の論文(歴史に関するそれ)を提出しています。&lt;br /&gt;
(当時のテーマは「歴史の中の経済史」でした。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もうすっかり、その存在のことを忘れていたのですが、今日偶々その原稿が出てきました。&lt;br /&gt;
中国に戻る前に、随分たまってきた、自分の本を整理していたからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原稿用紙に下書き、その後、パソコンで打ち直したものもあり、そこにも手直しが入っていました。&lt;br /&gt;
当時は、大学二年生で指導教官と呼べる先生もいなかった為、悪戦苦闘したのを良く覚えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その際、父の知人であったH先生には本当にお世話になり、その縁は今でも続いています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原稿は、参考文献にかなり依拠しながら、新しいことはほぼ言えないまま書きあげていました。&lt;br /&gt;
要は、論文としてはまだまだ未熟で、決して評価されるものではなかったと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですが、今、改めて読み返してみると、一つ気づいたことがありました、&lt;br /&gt;
それは、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「大きなテーマに、怖いもの知らずで、果敢に挑戦しようという姿勢がはっきりと確認できた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、いうことでした。&lt;br /&gt;
当時は、読書量も少なく、知識も、論文を書く技術もありませんでした。&lt;br /&gt;
ですから、細かいことを言えば、問題の多い論文であることは事実でしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、上記のような研究姿勢は、現在も持ち続けているか、と問われると疑問です。&lt;br /&gt;
現在の研究テーマは、以前と比べれば、徐々に明確になり、かつ、細かくなってきています。&lt;br /&gt;
しかし、その過程で、そのような姿勢はどこかに忘れてきてしまったような気が・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
論文の細かい作法などに縛られて、その研究に寄せる強い問題意識がやや置き去りになってしまったのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約8年前に書いた自身の論文を読み返すことで、重要な点を指摘された気がしたMでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
振り返れば、その論文を持って、入試試験をした際、面接をされていた史学科の先生方は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「君は大学院へ進学するつもりなんですか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とか、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「今後はどんな研究をしていくつもりですか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などと、まるで私が研究者の道に進むことを前提にして、質問をされた記憶があります。&lt;br /&gt;
(論文に対して、厳しい御意見を頂いたのも勿論ですが・・・)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時は、中学か高校の教師にでもなろうと考えていましたから、何か違和感を感じたのを覚えています。&lt;br /&gt;
しかし、今読み返すと、まさに、学者の道に進もうという人が書く論文であると感じます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは、論文の質が良いというのではなく、問題意識が強く、研究意欲が感じられるからです。&lt;br /&gt;
そういう点では、多少は輝きもあったのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
随分、古くに書いた論文を読みながら、これがきっかけになって、今の方向へ進んのだと再認識したMでした。&lt;br /&gt;
同時に、小さくまとまろうとせず、以前のような強い問題意識を持ちながら研究をする必要性も、改めて感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の歴史研究へのきっかけを開いた懐かしい論文と久々に出会い、当時のことを懐かしく感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さ、明日は中国へ戻ります。&lt;br /&gt;
上海で一泊、翌日、大学のある阜陽へ戻ります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二年が過ぎ、残り半年となった中国安徽省阜陽市での生活が、もうすぐ始まろうとしています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28095865.html</link>
			<pubDate>Wed, 16 Feb 2011 01:43:08 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>大学院の研究会にて報告をしてきました(博論関連)</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/989329/46/28087146/img_0?1297700320&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/989329/46/28087146/img_1?1297700320&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
〈日本を離れる前、日本食を食べようと考え、大学近くの店へK先生と。食事後、自宅最寄り駅についた頃には大雪でした。〉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日は、朝早めに起き、大学院へ向かいました。&lt;br /&gt;
というのも、本日は大学院にて、自身の研究発表会があったからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の所属する大学院博士課程の学生は、この研究会で3回の報告が義務となっています。&lt;br /&gt;
(これが終わらないと、博士論文を提出することができないのです)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、本日の報告が3回目で、ようやく、その課題を終えたということになります。&lt;br /&gt;
報告内容は、先日、掲載が決まった論文の概要をメインにしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他は、指導教官に対して博論構想を話す機会もなかったため、それについても報告を少し。&lt;br /&gt;
(博論の題目、そして章立てを紹介し、今後の研究計画を説明しました。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
指導教官M先生、副指導教官O先生以外は、基本的に日本近現代史ゼミのメンバーでした。&lt;br /&gt;
もう一人の副指導教官Y先生は、体調不良のために欠席され、コメントを頂くことはできませんでした。&lt;br /&gt;
また、事前に参加をお願いしていたK先生は会議のため、時間には間に合いませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの先生方から、研究会で直接御意見を頂戴したかったので、やや残念でした。&lt;br /&gt;
(ただ、K先生からは研究会後、研究室にて御意見を伺うことができました。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
報告時間は、30分程度だったように思います。&lt;br /&gt;
それを受けて、多くのコメントを頂くことができたので、研究会をした甲斐があったと思います。&lt;br /&gt;
細かい指摘から、大きい枠組みからの指摘もありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に、自身でも重要だと思ったのは、私の問題意識に関する指摘でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
簡潔に言えば、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「その研究をする究極的な目的は何なのか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
博士論文のように、大きなテーマを設定し、それを論文にしていく際には、上記の点が欠かせないと思います。&lt;br /&gt;
「何だ、そんなことか」などと、それ自体は自明のことと感じる方が多いと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、建築学者西山卯三という個人研究からスタートし、その後、研究方向の微調整をしてきたMにとっては難点でした。&lt;br /&gt;
研究を始めた当初の問題意識を、現在のテーマの中でどのように設定するのかは、今後の課題であると感じました。&lt;br /&gt;
(もう、そんな悠長なことを言っていられなくなってきていますが・・・苦笑)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とはいえ、研究というのは最初から皆が明確な問題意識を持っているとは限らないのも事実です。&lt;br /&gt;
色々と試行錯誤しながら、徐々に自身の問題意識が具体化されていくというのも、別に問題ないと思います。&lt;br /&gt;
研究の過程で、自身の問題意識が変わっていくということもあることですし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
要は、最終的に、確たる問題意識を設定し、それを論証する論文となれば良いのだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなわけで、今日感じた課題は、なるべく早めにではあるものの、もう一度しっかり考えようと思った次第です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日の研究会では、多くの批判的意見が出されたため、私自身も自分の研究を見直す良い機会となりました。&lt;br /&gt;
博論にする前に、修正し、より質の高い論文にしておきたいと思っています。&lt;br /&gt;
ともかく、久々の研究発表でしたし、勉強になる点が多くあった日でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、中国へ戻る日が迫っている為、研究室のデスクを整理し、必要な本は自宅に持って帰ってきました。&lt;br /&gt;
お陰で、この一ヶ月近く使わせて頂いたデスクは何もなくなり、すっきりとしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次、大学院に戻ってくるのは、7月中旬頃になるでしょうか？&lt;br /&gt;
もう三年目の中国生活が目前に迫っています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28087146.html</link>
			<pubDate>Tue, 15 Feb 2011 01:18:40 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>「休暇中」の大学院生活</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/1012107/98/28060698/img_0?1297437402&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
〈先日の木曜日、私用で上野恩賜公園へ行ってきました。公園には桜が！？　その名も「寒桜」だそうです。〉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国へ戻る、今月16日までカウントダウンがはじまりました。&lt;br /&gt;
残りは、自身の博論の一部の研究発表会、それと研究室メインで行っている研究会などが待っています。&lt;br /&gt;
あとは、今取り掛かっている論文を、可能な限り書いておこうと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あとは、研究に使う文献を整理し、箱詰めして中国へ送る作業も大切です。&lt;br /&gt;
それをしないと、向こうでの研究が進みません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなわけで、生活が少しづつ慌しくなってきました。&lt;br /&gt;
時間は有限、これは自明のことですが、今は特に、意識することが多いです。&lt;br /&gt;
逆に言えば、中国に行く前は、時間が無限だと考えていたように思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日は、雪の中、大学院の研究室へ行ってきました。&lt;br /&gt;
博士課程進学時から、始めた研究会の打ち合わせが予定されていたためです。&lt;br /&gt;
この研究会は、実質、私ともう一人の博士課程Tさんが主催者です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メンバーは、私の指導教官M先生、副指導教官O・Y先生、大学院特別研究員Hさんなどがメインです。&lt;br /&gt;
あとは、博士課程の学生が数人参加していますが、現在の人数は把握していません。&lt;br /&gt;
我々は、これまで取り組んできた研究課題を、来年2月辺りには完成させようと考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのため、私が中国へ戻る前に、その研究計画と各テーマの分担を相談して、決めることになったわけです。&lt;br /&gt;
今日、千葉は大雪となったためか、研究室には人がおらず、静かでした。&lt;br /&gt;
おかげで、じっくりと3時間ほど打ち合わせ、学術的な議論をすることができました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は、特に思うのですが、院生同士や教員との学術的な議論や打ち合わせは貴重な時間です。&lt;br /&gt;
それぞれの研究分野からの発言が、自分にとって新たな知識になるというだけではありません。&lt;br /&gt;
それに加え、同じ研究テーマ(大テーマ)を設定した際、それに対する見方や捉え方が様々で面白いのです、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「なるほど！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と思うことが多いほど、やはり知的刺激が高く、面白いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、一人で研究書に向かって、色々と知識や、歴史への見方や捉え方を学ぶのと同じように意味があります。&lt;br /&gt;
こうした時間は中国へ戻ると、少なくなるのが残念でなりません。&lt;br /&gt;
しかし、それはそれで、自分ひとりで何かをつかむ良い機会になるはずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本での大学院生の生活と、中国での大学教師の生活の中でしか、見えないことがあると思えば、これも結構面白いです。&lt;br /&gt;
明日は、朝一で大学院へ行き、研究会の報告書類を完成させようと思っています。&lt;br /&gt;
そのため、本日は早く眠ります。。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんか、最近は「はやねが良い」と聞く機会が多いので、少し試そうと思っているMです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28060698.html</link>
			<pubDate>Sat, 12 Feb 2011 00:16:42 +0900</pubDate>
			<category>その他学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>「ライバルは特にいない」という生き方</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/1012107/73/28029173/img_0?1297096185&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
〈今取り掛かっている論文と書評論文の校正作業。期限があるため、他の課題は脇に置き、ひとまず仕上げないとです。〉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は珍しく自宅で研究作業を行いました。&lt;br /&gt;
期限が最も迫っている校正作業をはじめ、以前投稿した論文の手直しや、博論に関わる研究史整理などなど。&lt;br /&gt;
また、直接研究には関係ないものの、自分が弱い歴史理論に関する文献を読んだりと忙しかったです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は数日前まで、ある方の大学院入試手伝いもしていて、研究計画書の指導をやる機会がありました。&lt;br /&gt;
(場合によっては、後日、具体的に公表できる日が来るかもしれませんが、今は伏せておきます。)&lt;br /&gt;
それを通じて結構勉強にもなりましたし、同時に、指導の難しさや自身の勉強不足を感じた次第です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もっと、勉強勉強、そして勉強が必要です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さあ、気づけば、残す休暇もあと一週間近くなっています。&lt;br /&gt;
ということは、そろそろ自分の研究発表の準備をしておかないといけません。&lt;br /&gt;
(大学院で博論を出す際に規定された研究報告会です。なんと２月１４日…)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
忙しいとはいえ、仕事もなく、かなり自分の研究に集中できる贅沢な環境です。&lt;br /&gt;
要は、「自分勝手な忙しさ」なので、全く苦にはなりませんね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
むしろ、毎日が大変充実しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜、何だか集中力がきれたので、普段はほぼ見ないテレビをつけました。&lt;br /&gt;
すると、ちょうどNHKの「プロフェッショナル　仕事の流儀」という番組がやっていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
番組HP&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.nhk.or.jp/professional/2011/0207/index.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.nhk.or.jp/professional/2011/0207/index.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回は、マグロ漁師の山倉さんという方が主人公でした。&lt;br /&gt;
途中からみたので、全体の内容は分かりませんでしたが、番組最後で印象的な言葉が耳に残りました。&lt;br /&gt;
それは山倉さんが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『ライバルは特にいない。自分でやれるだけのことをやる。それだけ。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と言った言葉でした。&lt;br /&gt;
マグロ漁師の仕事は、マグロがとれれば天国、そうでないと地獄という極端な世界です。&lt;br /&gt;
マグロ漁師といっても、生活できるものとそうでないものがいるわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生活の安定という意味では、非常に不安定な立場にいるのは間違いないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、自分以外のマグロ漁師の成果も全く気にならないとは思えません。&lt;br /&gt;
やはり、相手がとれれば、多少の焦りや不安、他の複雑な思いもあるはずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、山倉さんは『ライバルは特にいない』と言いきるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この言葉は、日々一人で自身の研究課題と向かいあう自分とも重なるような気がしてなりませんでした。&lt;br /&gt;
私はもともと周りを気にして、それにより自分の立ち位置を定めるタイプでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、研究の道を進むようになってからは、そうした思いが徐々に変わってきています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あくまでも周りは周り、自分は自分」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研究を続ける中で、こうした思いが常にあります。&lt;br /&gt;
それは、研究活動は、自身が問題関心を持っているテーマにどれだけ誠実に、本気で向かい合うかが勝負だと思うからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それができれば、おのずと結果もついてくると後は信じ込むようにしています。&lt;br /&gt;
(ま、人それぞれの考え方がおありと思いますが、私はそう考えています。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この道に進み、ライバルを意識する癖が弱まったという経験を持っているためか、山倉さんの言葉は印象に深く残りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「何だか似たような精神状態で、この人も仕事をしてるんだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ま、そんな感じでしょうか。&lt;br /&gt;
(そもそも山倉さんと私とでは次元が違います…(苦笑))&lt;br /&gt;
番組をみた後、気づくと、また集中力が回復していました(笑)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世の中には、色々と良い刺激を与えてくれる人が多いものだと改めて感じたMでした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28029173.html</link>
			<pubDate>Tue, 08 Feb 2011 01:29:45 +0900</pubDate>
			<category>その他職種</category>
		</item>
		<item>
			<title>留学生史の研究会へ参加(in　神奈川大)</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/989329/55/28017055/img_0?1296985245&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
〈昨日の研究会の帰りに、会場の神奈川大学最寄り駅の白楽駅での一枚。その後、別件で渋谷へ。〉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日は、以前からお誘いのあった「日中関係・留学生史研究会」に参加してきました。&lt;br /&gt;
細かい詳細は、以下のとおり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年2月5日（土）　3時～5時&lt;br /&gt;
場所：神奈川大学17号館216室&lt;br /&gt;
報告：&lt;br /&gt;
（１）戦後の中国人留学生ー『中国留日学生報』を素材に&lt;br /&gt;
（２）今後の日程について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はもともと、日中関係史、ひいては、日中の留学生史にほぼ無縁でした。&lt;br /&gt;
しかし、中国に縁を得て以降、色々と研究範囲も中国に引きつけたものも考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その結果として、日中留学生史の研究状況なども知っておこうという事で参加しました。&lt;br /&gt;
発表者は、神奈川大学大学院の院生の方(中国人留学生)でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともと北京外国語大学で学び、修士から神奈川大学へ留学してきたとのこと。&lt;br /&gt;
発表はたくさんの史資料を提示して行われ、多様な研究展開ができるように感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と同時に、研究の問題関心を考察が進むにつれ、もっと絞ると更に良いようにも思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、議論の中で、もともと研究分野が先行研究が皆無の範囲だということも聞きました。&lt;br /&gt;
ですから、何か絞られた問題関心のもとで、研究を進めた結果、確たる成果が上がれば面白いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はこれまで、この分野の研究はほぼ無知だったため、以下の文献だけは読んで参加しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4275008138&amp;bookType=jp&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4275008138&amp;bookType=jp&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://ec2.images-amazon.com/images/I/516MQCHM1XL._SL500_AA300_.jpg&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://ec2.images-amazon.com/images/I/516MQCHM1XL._SL500_AA300_.jpg&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで大まかな議論は頭に入れていましたが、参加の意義は他にもありました。&lt;br /&gt;
特に、中国での史資料調査の方法を色々と聞く機会となったのは大きかったです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分でも今後、こちらの方向で何か研究成果が出せれば一番良いと思います。&lt;br /&gt;
ま、今は自分の研究をまとめ、そちらで成果を出すことが先ですね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/28017055.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Feb 2011 18:40:45 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>今年も史料収集で奈良へ来ました。</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/989329/08/27999108/img_0?1296782542&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d9-dc/yoshiitem1008/folder/989329/08/27999108/img_1?1296782542&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;泊まった部屋はかなり大きめ。押入れには布団がたくさん！そこに一人で寂しく泊まりました・・・&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう２月に入り、少しは寒くなるかと思いきや、暖かな日本です。&lt;br /&gt;
というより、中国安徽省の気候と比べ、温暖な日本(関東)では寒く感じません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、昨日より例年の恒例行事？となっている史料調査で関西へきました。&lt;br /&gt;
行き先は、「NPO法人西山夘三すまい・まちづくり文庫」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以前も紹介しましたが、また紹介します。&lt;br /&gt;
文庫HP　&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.n-bunko.org/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.n-bunko.org/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文庫の事務局員は去年と同様、京大博士でロシア史を専攻する院生の方でした。&lt;br /&gt;
聞くと、最近は人文社会学系の研究者達が史資料の閲覧にきているそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西山は本来、建築学者です。&lt;br /&gt;
そのため、建築系の研究者が彼の研究成果などを引用したり、学んでいたのが従来の状況でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、最近は社会学者や歴史学者などの西山を引用し、論文や著書の中で触れることが多いようです。&lt;br /&gt;
最近読んだ本で西山を引用していた本では、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
渋谷望『ミドルクラスを問いなおす－格差社会の盲点』&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.47news.jp/EN/201009/EN2010092001000264.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.47news.jp/EN/201009/EN2010092001000264.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
がありました。&lt;br /&gt;
また、昨日、大学院のK先生から教えて頂いた本では、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高岡裕之『総力戦体制と「福祉国家」』&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/2/0283780.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/2/0283780.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などでも、大河内一男と西山との「関わり」にも言及しているとのこと。&lt;br /&gt;
これは、今後しっかり読んでみたいと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらの状況を見ると、建築学者西山以外の側面に焦点をあてた研究が進んでいるのが分かります。&lt;br /&gt;
それは要するに、西山が建築学者としての顔以外にも多様な顔を持っていたからに他なりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、西山に言及する研究が増えている背景には、現代社会のあり方が深く関係しているはずです。&lt;br /&gt;
研究者の持つ問題意識が、建築学者西山が持っていた何らかの顔と共鳴する部分があるのです。&lt;br /&gt;
(西山の持っていた思想、社会的発言、社会的行動などなど)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だからこそ、近年、西山に言及する人文社会学系からの研究が進んでいるのだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はその一部というより、むしろ全部とはいわないまでも、可能な限り広範囲を扱おうという研究です。&lt;br /&gt;
ですから、研究が完成した時、私の成果が人文社会系の学者達が引用するものになれば良いと思います。&lt;br /&gt;
そうであれば、研究する意義もぐっと増すはずですし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ともかく、そうした成果を出すためにも今日もコツコツ収集をしてきます。&lt;br /&gt;
それでは。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yoshiitem1008/27999108.html</link>
			<pubDate>Fri, 04 Feb 2011 10:22:22 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		</channel>
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