『私たちの50年!!』関連ブログ

『私たちの40年!!』関連BLOGを再開しました。

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12月15日(土)サンパウロを7時過ぎに出発、途中FRANGO ASSADOで一度休憩しCUNHAの町に入りCUNHAの町を工芸の町として育て上げた功労者とも言える末永公子さんのアトリエに10時には到着しました。狭いアクセスを大型バスで入り込み最初に出会ったのが産業開発青年隊員の一人北田隆夫さんです。北田さんは12月4日にサンパウロを発ち何と219キロのCUNHAまでの道程をお遍路さん宜しく歩いて到着していました。糖尿病退治、体重調整、自分との戦いをキーワードに途中ピンダの町で1日休養?したそうですが9日間掛けて歩き通したそうです。一日平均25キロが限度で東海道中や四国のお遍路さんのように1日40キロはとてもではないが歩けるものではないとのことでした。特にブラジルで一番交通量の多いリオーサンパウロのヅットラー街道に沿って歩くのは安心感はあるが車に跳ねられる可能性もあり道路より出来るだけ離れた場所を歩くのには苦労したそうです。その苦労を証明するかのように足風呂で見せた貰った足には大きなタコが幾つも出来ておりました。腕の日焼けは不通で無く黒いと言うより斑になった皮膚が皮がむけて汚くなっていました。イタリア製のスキーの時に使うような杖を2本携帯しており疲れるとこれにぶら下がるようにして歩いたそうです。
農場内での散策の際に2本は必要ないだろうと一本彼から取上げて使用してみましたが、グラスファイバーで出来た3脚と同じように長さが調整できるもので急な坂等には役に立つものだと証明され年末のMACHU PICCHU行きには購入して行く積りにしていましたが、行けなくなり購入を果たせませんでした。
あるぜんちな丸の船内新聞の仲間で彼の健筆に助けられましたがその後のブラジルでの彼の生活は、40年の集い前後まで全く接点が無く一度ゆっくり話を聞いてみたいと思っています。
写真は、CUNHAで元気に我々を出迎えて呉れた北田君です。

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みなさま方はほんとうにいいお顔をされていますね!
同船者のみなさまの友情の絆は硬いですね。ちょっぴり
うらやましいTomokoです。

2007/12/25(火) 午前 11:31 [ maiko ] 返信する

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同船者というのは同級生とも違う僅か僅40数日の船の中での共同生活ですが、移住と云う一つの人生の選択を下し目的地に向う空白の時間を共有したものだけが感じられる変わった感情かも知れませんね。
あるぜんちな丸第12次航は、681名と云う大家族でしたので幸せでした。

2007/12/25(火) 午後 0:38 [ yoshijiwada ] 返信する

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山田さんのコメントです。

なんと言うすごいお話ですね。皆さんお元気で何よりです。

屈託の無い笑いが 移民後のご苦労も吹っ飛ぶような幸せを感じさせていただきました。

2007/12/26(水) 午後 10:21 [ yoshijiwada ] 返信する

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9日間掛けて集合場所まで220km歩き通した北田君は、大阪出身の67歳です。少しメタボ気味で血糖値が高いそうですが今回の巡礼?で体調がよくなったとの事ですが、ビールを浴びるほど飲んでいたのでまた逆めぐり?それでも岩風呂で鼻歌を歌っていたので調子が良さそうでした。

2007/12/26(水) 午後 10:22 [ yoshijiwada ] 返信する

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ああ云い忘れました。帰路は、さすが歩いては帰れないとの事で我々と同じバスでサンパウロまで戻りました。私も血糖値管理の為によく歩いていますが、長距離お遍路は遣ったことがありません。一度歩いて見たいです。

2007/12/26(水) 午後 10:26 [ yoshijiwada ] 返信する

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