『私たちの50年!!』関連ブログ

『私たちの40年!!』関連BLOGを再開しました。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

日本から訪問団(三十八人)の団長を務める吉永正義さん(68、拓大)はあいさつで、開催に携わった関係者に感謝の言葉を述べ、「日本に残った人、ブラジルに渡った人も『世界は一つ』という気持ちでこれからやっていきたい」と一致団結を呼びかけた。(ニッケイ新聞記載)

私たちの40年!! メーリングリストに下記書き込みをしていますが、45年振りに吉永団長と再会しました。吉永団長の写真を貼り付けて置きます。

既報の通り11月5日(水)に『学移連』の創立50周年記念式典がサンパウロで開催されることになっていますが、今回の式典に日本から参加される皆さんの団長として来伯される拓殖大学卒の吉永正義さんから今朝ご子息の吉永拓哉(サンパウロ新聞記者)の著作本、関係記事、昔の懐かしい週刊誌の切り抜き等各種資料を集めたEMCの880gの封筒が届きました。
私もTAMのマイレージを使用した切符が取れているので5日の午前中のフライトでサンパウロに飛び午後1時からの記念映写会映画『北辰斜めにさすところ』(神山征二郎監督)の上映会に参加、夜のセレモニーにも参加さする予定です。
吉永さんからの手紙に北伯トメアスー移住地で彼と会った日のことが日記に残っていたとの事で送ってくれましたが、本当に几帳面な記録を残している事に感心しました。下記転載して置きます。
1963年1月16日(水)晴
【新井先輩の農場で和田君も交えてカッサー(狩猟)に行った。原始林の中の水溜りに亀がいたので捕らえたが臭くてしようがなく逃がしてやった。しばらくするとひょろ長いヘビに出くわした。和田君が銃にバラ玉をつめカベッサ(頭)に二発打ち込んだがなかなかくたばらなかった】懐かしいですね。四十五年振りの再会を今から楽しみにしています。ファミリーの皆様の健康とご多幸を祈ります。

全く覚えていない事実で果たして私が散弾銃を2発もぶっ放すことが有り得るか疑問ですが今もヘビは余り好きでない事を考えると当時の吉永さんの日記に記載されているのでだから事実だったのでしょう。若き学生時代の忘れていた出来事に驚いています。

来週の水曜日には、1泊2日で仕事と関係なく映画鑑賞とセレモニー参加の為に一人でサンパウロに出向きます。

閉じる コメント(1)

顔アイコン

丸木で〜す

吉永団長いい老け方されてますね。昭和41年の暮、神戸港を出航したブラジル丸船上の僕宛にに激励の電報が届いたのは吉永さんからでした。顧みれば吉永さんはじめ学移連一行の帰朝報告会を拝聴し、カナダに行こうかブラジルに行こうか迷っていた僕にブラジル移住を決断させたのが吉永団長の熱血溢れるスピーチでした。吉永さんが谷さんを壇上に紹介するのに「サンバを習って帰ってきた谷君」と申されたら踊りながら出てきたひょうきん者の谷さん、今もお変わりなくムラータと一緒にご満悦なによりです。文協会長になれなくてもサンバさえ踊れれば、この世は春ですよね。
ブラジルはいいなぁ!雪のちらつくカナダにて・・・

2008/11/10(月) 午前 3:32 [ yoshijiwada ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(1)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事