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 「年をとれば取るほど、若い頃の情熱が蘇ってくるね」。半数以上は顔見知りという会場を見渡すのは、宮本修さん(65、鹿大)。
 六四年から一年間、南麻州や聖州アンドラジーナ近郊で実習、今回七回目の来伯。山口県山口市経営する食品工場では、多くのブラジル人労働者を雇用している。(ニッケイ新聞記載)

訪伯7回目と云う宮本修さんのことに付いては下記の通り寄稿集に紹介しています。

世話になった伯国への恩返し 蟶擇硫屐仝騎悵槝■錬村卍垢共生図る サンパウロ新聞WEB版より。

http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=991

元日本学生海外移住連盟の第5次団員としてブラジルに1年間研修されていた鹿児島大学の宮本 修さんは、現在山口県で弁当製造工場を経営しておられ、その後も盛和塾の塾生としても何度もブラジルに来ておられます。今回サンパウロ新聞福岡支局長の吉永 拓哉記者が宮本さんの紹介記事を書いておられます。若い頃に過ごしたブラジルとの繋がりを生かし50人以上の日系ブラジル人を雇用しておられ日伯交流を実践しておられます。最近は、若い学生を受け入れる制度が日本ブラジル交流協会の研修生制度も頓挫、現在では鹿児島県の研修生受け入れ事業程度しか見あたりません。人生の選択として移住の道が査証問題等で実現出来ないのは残念です。
写真もサンパウロ新聞からお借りしました。

今回は、直接宮本さんともお会いできお話しすることができました。お元気そうで何よりです。
吉永団長が30回目、高原さんが8回目、宮本さんが7回目3人合わせて日本とブラジルを45往復しておられますが、軸足を日本においておられ移住という若い頃の夢を叶えることができず残念ですとブラジル在住組に謝る場面もありましたがどこに住んでいても学移連、移住研の思いは一つを確認しあった。ブラジルからの出稼ぎの皆さんを親身になって世話をして呉れている宮本さんには頭が下がる。

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