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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(135)ニッケイ新聞WEB版より
201987

 「臣道聯盟」の創立についてはいろいろな説がある。
 サンパウロ中央警察保護局のアルフレッド・アシース局長によると、「臣道聯盟」の前身は「謡同好会」で、この会は吉川退役中佐の案で1946年2月11日に発足した。「臣道聯盟」の創立者のひとりで、徳島県出身、サンパウロ市カラムル街1069番在住、当時64歳の根来良太郎氏によると1945年7月22日に発足したということで、この説の方が正しいと思われる。同氏によると、会の発起人は佐藤正信、渡真利成一、川島さくぞう、青木かんじ、根来良太郎、山内清雄、久保とおる、吉川順治(当時、獄中)となっている。マリリアで行われた創立記念会には80人ほどが出席した。その後、本部はサンパウロの根来氏と渡真利氏宅に二分されている。
 創立記念日には会の趣旨が書かれた覚書が渡された。「臣道聯盟の綱領」と題して以下のことが書かれてあった。
 
「1.我等ハ大日本帝国人民ナリ。我等在伯同胞ハ帝国人民トシテ矜ヲ堅持シ、日本精神ノ対涵養ニ力ムベシ。而コレガ実現ノ道ハ祖先ヨリ継続セン左ノ美徳ヲ発揮スルヲ要ス。則才徳義ヲ重ンジ、勤勉努力、隠忍自重ヲ以テ義勇奉公ノ実ヲ挙グルニアル。
 1.我等ハ大東亜建設ノ翼賛ヲ期ス。我等在伯同胞ヲシテ帝国ノ大東亜建設ノ翼賛スルノ道ハ先ズコレニ即応スル教育ヲ実行セザルベカラズ。則チ敬神崇祖ノ念ヲ高楊シ、身体ヲ練磨シ、我等子弟ヲ皇国民トシテ煉成センガタメ、日本語教育ニ努力シ、特に成人ノ精神教育ニ力ムベシ。
 昭和二十年七月二十二日(1945年)」

 総括的なこの綱領は1944年10月、吉川が獄中で書き上げたものと思われる。この文章は「吉川精神」の中核として、世に知られるようになった。移民については彼を含む日本人がブラジルにきたのは「国民の異常な増加を緩和するためにとられた国策」で、これは一時的なものと解釈していた。(日本の勝利により)世界情勢混乱が収まり、今、日本は大東亜建設を推し進める必要がある。
「戦後の状況は自分たちが移住してきたときとはまったく異なり、我々の義務は日本の抜本的政策にあわせ、それを果たすために、立ち上がるべきではないか?」と、問いかけながら、即座の答えを求めていた。
 教育については現世代の子弟にとどまらず、「次世代の子弟教育の進展」も考え、「教育を受ける機会を失った人も息子や孫などを教育し、彼らに日本精神を受け継がせる。良き天皇の臣民として国に貢献できる子弟を教育する強い意志をもつべきだ。子弟教育は家庭から始まる。最も重要ことは神聖なる国是を身につけること。そのあと、先祖や年配者が残した業績を讃えるため、先祖を崇拝し、年寄りを尊敬すること。次に、母国の歴史を学ぶこと」につづいて吉川は「子どものときから先祖の墓に墓参し、歴史的建造物を訪れ、それについて勉強することも大切だ」と述べている。
 後に、吉川は同胞たちの間で競争心が生じ、混乱したり、母国に及ぼす影響も省みず個人の利益だけを考える自己主義者の出現があったり、「日本が負けたって、関係ない」とか、「天皇に向けて弓をひく」など陛下を軽んじたりするような発言をする者がでてきたので、「将来に暗いかげが予想される」と語った。


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