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学移連南米関係慰霊祭 来年の創立60周年を控えて 14/09/30  サンパウロ新聞WEB版より
 
          

 
日本の訪伯団合わせ50人が出席
 日本学生海外移住連盟(学移連)ブラジルOB会(日比野亘代表世話人)主催の南米関係慰霊祭が28日、サンパウロ市ピケリー区の南米浄土宗別院日伯寺で執り行われた。慰霊法要には、日本から学移連訪伯慰霊団(吉永正義代表)9人が来伯して出席したほか、ブラジル及びパラグアイの関係者合わせて約50人が一堂に会した。法要後はグアルーリョス墓地に眠るかつての指導顧問だった故・杉野忠夫氏の墓参も行われ、来年学移連創立60周年の節目の年を迎えるにあたり、意義ある行事となった。
 午前9時から日伯寺で執り行われた慰霊法要では、同寺の櫻井聡祐導師の読経の合間に富田博義祭典委員長が追悼の辞を述べ、農業拓殖による食料増産が世界平和につながるという杉野氏の考えを基に、自己の人間形成を目的に南米大陸に移住してきた学移連の意義を改めて振り返った。さらに、病気や事故などで志半ばで亡くなった仲間たちの御霊(みたま)に哀悼の意を表した。
 参加者全員による焼香の後、日本からの訪伯慰霊団代表の吉永氏があいさつし、「多方面で社会発展に寄与された仲間たちの活躍は、我らの大きな誇り。本日の慰霊祭を通じて御霊の平安を祈り、それらの思いを次世代に継承していきたい」と述べた。

 
 一行は同寺での記念撮影後、大型バスや乗用車でグアルーリョス墓地へ移動。午前11時から同墓地に眠る杉野氏の墓参を行った。伯国東京農大会の沖 眞一会長が参加者一行に対して謝辞を述べ、1973年に農大会総務理事の川辺幹男氏が中心になって墓を建立した経緯を説明。杉野氏が学移連第2次団を見 送った当時のエピソードで、「船が小さくなるまで手を振っていたことが今も脳裏によみがえる」とし、「杉野先生も今回の皆様の墓参を喜んでおられることで しょう」と述べた。
 墓参後、一行は聖市リベルダーデ区の宮城県人会館に移動し、親睦会を開いた。須貝(すがい)吉彦さん(75、群馬、東京農大)による乾杯の音頭で杯を掲げ、その後、出身大学ごとに自己紹介が行われた。
  第6次団として、65年から4カ月をリオ・グランデ・ド・スル州の鉱山と残りの4カ月をボリビアの鉱山で働いた経験を持つ柳原國臣さん(72、秋田、秋田 大)は、今回約50年ぶりにブラジルを夫婦で訪問。当時の6次団のメンバー4人と顔を合わせ、「非常に懐かしく、日本に帰国したら今回ブラジルで見たこと を伝えたい」と話していた。
 同じく第6次団で唯一、パラグアイのイグアスー移住地から参加した横田善則さん(71、愛媛、東京農大)は柳原さんが来伯すると伝え聞いて、駆け付けたという。「(柳原さんとは)大学を卒業して以来会っていなかったが、顔を見てすぐに分かったよ」と笑顔を見せていた。
  北九州大学OBの安藤明さん(70、宮崎)と一緒に初来伯した同大ラテンアメリカ研究会会長の峯渚都喜(みね・なつき)さん(21、外国語学部)と部員の 牟田(むた)恵一さん(19、法学部)は、鹿児島大学で中南米研究を行う鈴木正明氏の依頼で子供用絵本14冊をブラジル日本文化福祉協会図書館に寄贈した という。
 2人は初来伯の印象について、日本とは違ったブラジルの治安設備を目の当たりにしながらも「ブラジルの人は温かみがあり、いい人が多いと感じた」と話していた。

2014年9月30日付
 
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