『私たちの40年!!』関連BLOG2

あるぜんちな丸からブラジルへそして世界に

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≪思いつくままに(2)≫ 砂古さんからのお便りです。
 
和田さん、みなさん、
和田さんの年始バーチャル終了宣言で、「思いつくままに(2)」を送信します。今回もまだ本題に入り込めない序文めいた雑文で失礼します。
 
1952929日、.羽田より同行の中屋理事官と3人で、リオのガレオン空港に到着。
出迎えにタラップに上がって来られた先発着任の原参事官と4人並んだ寫眞では、私だけが帽子を被ったまま。信任状が入った大使の鞄と自分の手荷物が両手にあり、帽子が取れなかったのです(添付写真)。

ブラジル帰りのオシャレ氏の薦めで、給 費の支度金で購入した白のパナマに、白のスーツは良しとしても、おかしな寫眞です。
両手に2人分の手荷物、カメラや三脚まで体に巻き付けた、体重56キロ身長174でスマートだったがチンドン屋です。 預け荷物は一個20キロまでのプロペラ時代でしたから。
ちなみに、シスコまでのB-29改造機内は螺旋階段を降りると飲み物・タバコがおいてある休憩室で、爆弾の貯蔵庫だったと読みました。長崎県の大村湾に面した川棚の海軍工廠に旧制佐賀中学から学徒動員され、身近に原爆の惨事を感じた僕には、その休憩室は違和感をもたらすモノでした。                 

リオ着は羽田以来一週間目でした。航続距離が少なく、激戦地ミッドウエイ空軍基地に着陸、給油中はお盆をもらって給食に並び、ハ ワイでは総領事歓迎昼食のレストランの傍で見かけた超ショートパンツで真っ白に伸びた2本の脚の娘さんが、まるで路上のビキニ姿のように 目に飛び込んできました。
サンフランシコでは朝チェックインし夜のフライトに備え休憩だけ。  
生まれて初めてのホテルが、名ある Fairmonで、リヴィングを挟
んだ二つの寝室。
NYも総領事公邸で晩餐、二日目はワシントンに出向き元日銀総裁の新木大使を表敬・晩餐。 昼食の後「おみ足をお伸ばし・・・」 と「御」の字3個の高官の夫人のオ言葉、肘を張ってガツガツ食べない、スープをすすらない、外務省の儀典課でもらったマニュアルの実習、すべてが勉強でした。                                                 
NYに戻り一泊フリーの休憩。プエルトリッコのサンフアン、カラカス、ベレンで給油。ズボ ンの裾から熱気がサーっと入り込み、冷たい水を注文すると、ポルトガル語が通じ、ブラジルを
実感しました。

リオで借物の公邸が決まるまでは、2か月程は、ホテルグローリア。
同レストランに入るたびに、ピアノとバイオリンで東洋風の
メロディーでの歓迎演奏。大使がこれは「宮さん、宮さん…」の曲だよと僕に説明。のち、サンパウロで原曲は「ペルシャの市場」と分かり、其の昔、外来曲を「宮さん宮さん」と替え歌にして日本で一時流行ったものと解釈しました。 一生忘れられないメロディーです。
 空軍大臣として有名だったエドワルド・ゴーメスがいつも一人で食事
する姿も記憶に鮮明です。彼の名前は、後にできたアテーロに沿った
新しい往復高速道路に残っています。
 
9階の角の応接間909号室を挟んで911が大使の寝室、私は907 
と繋がっていました。同じころ新任の諸外国大使からの慣例の表敬 訪問はこの909号室でうけ、又反対に他国の官邸に私が表敬のアポイントを取りました。丸木さんが聞いたら呵呵大笑の英語だった
でしょう。
My Wayを歌うとドイツ語と評され、ポルトガル語をしゃべるとスペイン語風と言われ、 O sole mio を歌うとポルトガル語にきこえる・・・?
 これが今も変わらない私の外国語レベルです。(続く)
 
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砂古さん 愈々始まりましたね。貴重な戦後移住史の幕開けです。こうして戦後初代日本大使が着任され日伯外交、移住史が始まったのですね。その第1歩から身近で大使の私設通訳をしておられた砂古さんの回顧録≪思いつくままに≫を連載して頂けるとは大変光栄です。この企画を思いつき上手く砂古さんを引っ張り出した私の手腕も戦後移住史の一部なりとも残して置きたいとの日頃の強い思いのなせる技、砂古さんの今後の書き込みを皆さんとともに楽しみにしていますので無理をせずに≪思いつくまま≫書き続けて頂けると嬉しいです。
第2回を下記BLOGに掲載して置きました。

http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada2/35508627.html

2015/1/13(火) 午後 7:50 [ 和田好司2 ]

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丸木で〜す

まるでフジヤマの飛び魚の一行がハワイに着かれた様な写真ですね。僕等のような舟底移民からみれば夢の様な光景です。僕は仕事を辞めてから英語を使わなくなって最近は頓珍漢な英語を使うようになってます。カリブ海に向かう機中で水を頼んだらビールを持って来ました。ウオーターがコロナと聴こえたそうです。イギリス訛でウオーターなんか云ってもアメリカ人には通じないので、ワラ(藁)と云えば通じるのです。

2015/1/13(火) 午後 7:58 [ 和田好司2 ]


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