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新時代到来へコロニアの声=平成に感謝! 令和に期待!=ご来伯や思い出を振り返る ニッケイ新聞WEB版より

熟年クラブの樫原暉子さん、藤永ローザさん、中村テルさん
熟年クラブの樫原暉子さん、藤永ローザさん、中村テルさん
 4月30日をもって、平成の天皇陛下がご退位された。上皇上皇后両陛下は1967年、78年、97年と3回にわたりご来伯され、ブラジルの日本人移住者とその子弟にお心を寄せられてきた。また「令和」時代の新天皇陛下は、皇太子殿下時代の82年、08年、更に昨年に私的ご旅行でご来伯され、移民とその子弟の熱烈な歓迎を受けた。当地の移住者と子弟による上皇上皇后両陛下に対する感謝の思いと、新天皇陛下への期待を込めた声を集めた。

 ブラジル日系熟年クラブ連合会(上野美佐雄会長)で、友人と楽しくお喋りをしていた中村テルさん(92、北海道)。8歳で伯国に移住した中村さんは、当地在住84年を数える。父親が健在の幼い頃、正月には昭和天皇の写真が額縁に飾られていたという。
 「父から天皇陛下は尊く人々の中心にいる方だと教えられ、写真を拝んでいました。正月には家の神棚に供え物をして、おごそかに新年の祝賀儀式をしたものです」と中村さんは振り返る。現在は写真を飾ってはいないものの、NHKで新年一般参賀等の皇室に関する番組はよく観ている。
 平和で穏やかな平成時代の上皇陛下は、国民に対し思いやりのある方だと感じたという中村さん。第2次世界大戦の戦没者を慰霊するため沖縄県を何度も訪問していたのを番組を観て知り、「上皇陛下は尊い方だなぁと関心を持っているんですよね」と語る。
 新しい「令和」時代はどうなるか想像がつかないとしつつ、平和が続くと確信し「国民も戦争がなくて一安心でしょうね」としみじみ語る。改元後も皇室の番組を楽しみにしていると微笑んだ。


美智子上皇后陛下と写真撮影、家宝として保管

 中村さんと友人の藤永ローザさん(78、二世)は、父親が「らぷらた丸」でパラナ州カンバラ市のバルボーザ耕地に入り、自身はパラナ州ジョアキンタボラ市で生まれた二世。「だからこそ皇室に関心があるんですよ」と胸の内を語る。
 藤永さんは、幼い頃に伯父が聖市に行く際買ってもらった本や、愛読していたサンパウロ新聞に載った皇室の話を読み耽ったという。
 その時に藤永さんは「昭和の天皇陛下は、国民が食べ物が無いので自分も麦飯を食べたそうで」と驚いた話を披露。「偉い人だなぁと感動しました」と関心を持ち、新聞で皇室の記事が出た時には勿体無いと切り抜いて集めていた。
 藤永さんは、美知子上皇后陛下と一度だけお会いしたことがあるという。09年に「歩こう会」で訪日し、皇居内の清掃奉仕に参加した時だ。上皇后陛下がお越しになる際、ブラジルと書かれた旗と帽子を身に付けていた藤永さんは、列の一番前に並んだ。「美知子様は気づかれて、あっという顔をされたのよ」と藤永さんは嬉々として語る。
 上皇后陛下は伯国の日本人移民を非常に気にかけており、温かく接されたという。藤永さんは写真も撮影させてもらい、家で大切に保管している。「美知子上皇后陛下は非常に上品な方。あの時に行って良かったです。私は運がいい」と微笑む。
 また、藤永さんは08年の移民百周年祭で当時の皇太子徳仁親王殿下がご来伯された時に、ガルボン・ブエノ街や、サンボードロでのパレードも一目お姿を見に行った。
 「やはり皇太子殿下も普通の人と違って、とても品が良いと思いました。きっと新天皇陛下として立派に務めを果たされるはず」と新時代への期待を口にし、近い将来雅子新皇后陛下と共に再びご来伯することを願った。


□関連コラム□ 大耳小耳

 藤永ローザさんに取材した際に、「実は私が嫁いだ家に美知子様の写真が飾ってあったんですよね」という驚きの逸話を披露した。どうやら、義理の父親が飾っていたのだとか。「実は美知子様に憧れていたのでしょうか」と冗談めかして笑う藤永さん。そんな藤永さんは、美智子様が皇室初めての民間出身であることから「尊敬も親しみも覚えて良かったと思う」と語る。一時期は批判にさらされ想像を絶する苦労をしたが、強い心を持って務めを果たし続けた美知子様。ご退位後は、上皇陛下と共にゆっくりと過ごされてほしいものだ。

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