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(これは、うちの教会の月報4月号に最初の文章です。)
「はじめまして!」
「人生は出会いできまる」というユダヤの哲学者マルチン・ブーバーの言葉でまず、ご挨拶をしたいと思
います。わたしは今年の二月で五九才になりました。二月には還暦同級会というのがあり、いよいよ、わ
たしも還暦かと不思議な感慨を感じております。この五九年の生涯を振りかえって感じるのはすばらしい
人と人との出会いの恵みです。高校生のころに現代国語の時間に先生が、「誰かこの字が読めるか?」と
いって、黒板に『邂逅』と書きました。永山というわたしの友人が手を上げて「『かいこう』と読みま
す」と答えました。「どういう意味か解るか?」と聞かれると「人生途上における人格と人格との出会い
です」とはっきり答えたので感心したのを覚えています。後で、亀井勝一郎の「人生における邂逅につい
て」とか倉田百三の「愛と認識との出発」などを読んで人生の出会いに憧れを持っておりました。今、人
生を振り返ると感謝と感激でいっぱいです。わたしの人生の宝物はすばらしい人々との出会いの体験で
す。
はじめに両親と出会いました。特に母親のやさしい笑顔と無条件の愛は幼いわたしの心、いわば無地の
キャンバスにばら色の素地を作ってくれました。父のごつごつした愛と正義感も信頼と夢を与えてくれま
した。八人兄弟の末子に生まれたので兄たちや姉たちの愛に支えられて生きてきました。小学校の時にも
すばらしい先生に会い、特に中学生の時に担任になっていただいた渡辺先生との出会いは人生をまったく
変えてしまうような大げさに言えば運命的な出会いでした。この先生がクリスチャンで内村鑑三はじめ多
くの書物や人生に対する考えを教えてくださいました。高校生のときには美術部にはいり、図書室で倉田
百三や太宰治やロマンロランの小説を読み、人生の骨格が作られていたように思います。そして十八歳で
教会に通いだし、十九歳で洗礼を受けて、主イエスさまに出会いました。二二歳で神学校に入学して、二
八歳で運命的出会い、結婚(!)をして現在の「愛する妻」M子さんに出会いました。A教会で三一年の牧
会をし、多くの愛兄姉に出会いました。三八歳から東京聖書学校の働きに参与して来ましたが、このた
び、東京聖書学校吉川教会の牧師となりました。いよいよ、吉川教会の皆様との出会いが始まりました。
主イエスによる豊かさと輝きをもった人生最高の業が始まると期待しています。 ハレルヤ
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