パスターハリーの「説教」と「信仰随想」

今年はいのしし年ですね。右にも曲がらず左にもそれず、まっすぐに、進みましょう!

ミカちゃんの部屋

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石川弘司牧師のお葬儀に参加して。
                                                    深谷美歌子
 
526日(月)赤羽で、25年ほど共に宣教のために労した、石川弘司先生(70歳)を送るために、福島市、黒岩という所に向かいました。
 具合が相当悪いと伺い、お見舞いに行こうという計画の日でした。
 奥様にどんな言葉がかけられるのだろうと、会うのが怖い思いでした。
 初めての場所でしたが、迷うことなく、目的の黒岩斎場に着きました。
 斎場の事務室で、お葬儀のあることを確かめ、その部屋に向かうと、すぐ
 静子先生が、わたしを見つけ、「びっくりしたでしょ。」と笑顔で迎えてくれました。「?大丈夫?」「もちろん。ここに留まりますとも。ここで、同盟の教師が必要なの、英会話で働く場があるのよ。」聞かないことまで答えて、次々とくる参列者に「びっくりしたでしょ?」と声をかけておられました。  
会場入り口で、やはり30年間共に労した、松下先生が「今なら棺があいています。お会いしてきたら。」と声をかけてくださいました。開始までまだ少し時間がありましたので、そっとお棺に近付き、お顔を拝見させていただきました。美しいお顔でした。ただ、いつも静かな笑顔を浮かべて「ふふふ」とお話をしていた、石川先生はもうおられませんでした。悲しい思いがこみあげました。参列者皆がそんな思いであったと思います。
5年ぶりでお会いする同労の、身体の不自由な増田先生、奥様、一人娘でお嫁に行った真喜子先生も来ておられました。25年ぶりくらいにお会いする兄弟とその一人娘、時間がワープするのを覚えました。亀井早紀姉のお母様、みんな悲しい思いと再会の喜びが入り混じりました。
 司式の先生が説教の中で、「先週お会いし、ハグして、祈り合ったばかり、後を石川先生に任せようと思っていた。」と戸惑いの言葉でした。
 静かにごあいさつに立たれた、静子先生。お婿さんが、先生の最後のようすを語ってくださいました。「主よ感謝します。」と何度か繰り返された。「説教しなくちゃマイクを」と最後まで恵まれておられた様子を伺い、その前の週くらいに、自分の召された後のことを、家族や、松下先生にお話しになっておられたことを伺いました。
 人の計画は神様の計画とは違うことが多いと思います。同じ週、関東教区の総会で、召天者の記念の式がもたれ、村田元先生が「残された者にはなぜとの思いがあるが、召された方々は、天で、その理由がなるほどと分かっている。」と語られて、人間が何ほどのことを知り得るものではないことを納得致しました。
 確かに見たことは、この出来事によっても、うちしおれないで、恵まれている静子先生がおられるということでした。生ける神が支え守られる。
栄光在主
素直ないい作品でしょう?
これは、教会副牧師の作品です。
 
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退院しました!

「退院しました。

お祈り感謝します!」            深谷美歌子 
   
 去る319日、三郷健和病院を退院いたしました。 
 
 お祈りとお支えを心から感謝いたします。こんな小さな者のために身の縮む思いでした。愛の注ぎをいただきました。祈りを神様が良しとしてくださり、回復が与えられてきました。
 ある方が「先生のこの経験はこれからの生活にきっと益になると思います。」とお手紙を書いてくださいました。確かにそうだと思います。
 
 病院では祈りと御言葉や個人的な便りができました、ある方に冗談で「ここに居たほうが御業が進んだりして。」と書きました。これまで祈りの要請があったときは覚えて祈りましたが、皆様のような愛をもって祈っっていたか?と反省して、恥ずかしく思います。
 
絆ということが昨年から叫ばれて、家族を大切に。ということがいわれていますが、身をもって味わいました。教会の愛兄姉や、赤○教会の愛兄姉が、また群の教会の皆様が、KGKはてはケズィク・コンベンションに集まった皆様まで、祈り、お便り、何通寄せ書きを頂いたかしれません。わるびれがちな私ですが、素直に愛をいただき、感謝したいと思います。お医者様の言葉ですと、元のように回復するのは半年くらいかかるでしょう。とのことですが、今、何が必要ですかと、神様に聴きながら、従って、真実に生きたいと思っています。感謝を込めてご報告いたします。
みかちゃん先生の週報のコラム「ナーハルトーブの里から」の転載です。
先生は去る2月19日に大怪我をされ、入院されていますが、車椅子で
の礼拝出席でした。感激の礼拝になりました!
 
 
「天国での再会のような礼拝」                                    
  34日礼拝に参加しました。礼拝は子供のころから守るものとして63年間歩んできました。小原安喜子先生が、東大の受験日が聖日に当たり、礼拝の方を選んで受験を見送ったという事を聞き、昔のクリスチャンが命がけで礼拝を捧げたことを思わされておりました。愛する兄姉が本心から心配し、無理して礼拝に出席するな、時が来れば守れるからと言ってくださいました。身に余る愛を感じました。しかし、外出許可が出ているのに、礼拝に行かない方が良いのか?答えは「行く」でした。兄姉にご無理をかけました。でも、着くなり手を取って会堂へ連れて行ってくださいました。子どもたちの顔を見て喜びがあふれました。礼拝前に、校長室でK姉のご長男に会いました。召されたK姉にお会いできたように思いました。先週、転入会式をされた姉妹とも握手し、多くの兄姉と握手を交わしました。天国での再会のようでした。一週間の旅路を終えて教会で共に礼拝を捧げ交わるのは地上の天国ですね。でも、気になるのは姿の見えない兄姉のことでした。礼拝後は、強引に帰らされました。ここにも愛を感じ、素直に帰りました。帰って横になり、二時間ぐらいぐっすり眠りました。説教は「ナルドの香油」。全世界が敵意を向ける中で、イエス様をなぐさめる罪の女が、全部を捧げる姿。わたしも何もありませんが、全部あなたのものです、と祈りました。

「母の日に寄せて」

 今年も母の日を迎えます。母の思い出は懐かしい田舎の風景と共にあります。戦時中、横浜から父の故郷長野に疎開して、そのまま暮らすようになりました。父はすでに、伝道者でした。天竜川を挟んだ飯田市からある牧師が来て家庭集会をしていたのですが、それを継承して欲しいと頼まれ、開拓伝道を始めました。生活の糧に、献身以前に身に付けた、人形つくりの技術で、お雛様や鯉のぼりの床飾りなど造って、母が売り歩いたそうです。戦後の物のない時代で、買ってくれる人もいたそうです。
やがて隣村で季節保育所を頼まれ、お寺の施設を借りて始めました。私の記憶はこの辺りからです。まだ舗装もない県道をバスが通っていましたが、「歩いて千代紙を買ってもらうのと、バスに乗るのとどちらがいい?」と選択をゆだねられて、よく山沿いの旧道を歩いて通いました。早春の梅の花や水仙、タンポポ、スミレ、ふきのとうなど、人通りも少ない山道で見つけては心ふるえる興奮を覚えたものです。冷たくなった手を母が包んで暖めてくれたことなどが、喜びの記憶です。
母の生き方が、私の生き方に影響を与えたと思います。祈祷会の証などで「買い物をしたとき、包装紙をもらいたくて、頼んで『買われたものを包まれるんですね?』と言われて『はい』と言ってしまった。悔い改めてあやまりにいった」等聞き、真実に生きることを学びました。
欠けだらけの私が「献身する」と言ったとき、一番喜んでくれたのは母でした。私が母だったら、「大丈夫か?」と心配するでしょうに。そのようなことは少しも思わず、信頼してくれていました。
いつでも母がいることは安心でした。しかし最大の恵みは、信仰に導いてくれたことです。両親が召された時、「これから信仰の試される時」と思いました。今、生ける主を確信して伝えられるのは、この信仰のお蔭です。主と両親に感謝です。ハレルヤ!

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