パスターハリーの「説教」と「信仰随想」

今年はいのしし年ですね。右にも曲がらず左にもそれず、まっすぐに、進みましょう!

説教 フィリピ書 講解

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《吉川礼拝》「キリストの恩寵と共に2017,07,30                  
フィリピ4:21―23    ー 神の絶対恩寵!ー       深谷 牧師
 
 今年は宗教改革500年の記念すべき年です。
昨年のうちの教会のクリスマス祝会で、クイズが出ました。ここ数年、壮年会の出し物は「クイズ」が多くなっているのですが、担当者の村岡兄が、真面目なお顔で皆さんに問いかけました。「皆さん。来年は宗教改革500年の年になりますが、さて、そこで質問です。宗教改革の三大原理とは何でしょうか?」
「イエス様の生まれたのはどこでしょう?宮殿、馬小屋・・・?」等の優しいクイズを予想していた方々に、一瞬、緊張が走りましたね。
神学生か、どなたかがお答えになりました。
「聖書のみ、信仰のみ、恩寵のみ です」。ピンポーン!
 
 15171031日に、マルチン・ルッターが、ヴィッテンベルクの城教会に「95か条の提題」をかかげて、贖宥状(免罪符)を売りさばいていた当時の歪んだ形となってしまっていたカトリック教会に、聖書の信仰に立つようにという主張でした。それは「聖書のみ」という信仰です。特に、福音全体がまとめられている「ローマ信徒への手紙」に立ち返るように呼びかけました。その中でも、ルターが修道院時代から悩み苦しんだ、罪ある人間がどのようにして神の救いを受けるかという信仰義認のメッセージを掲げました。それはロマ1:17やロマ3:21〜26で語られた、イエス・キリストの十字架の贖いを信じる信仰によって、人は救いを得るのだ。それは「信仰のみ」という内容でした。そして、この信仰は、神の深い愛により頼むということを指し示し、人間の救いは、人間の努力や修行によって与えられるのではなく、神の一方的な愛、すなわち、「恩寵(=恵み)のみ」によって与えられる、という内容でした。
 
 この「フィリピ信徒への手紙」の講解説教を、201576日にはじめまして、本日、2017730日を持って終了することになりました。いの数えてみましたら31回にわたって説教したことになります。第一回の説教は「恵みと平和に生きる」という題がついていて、パウロの喜びの手紙と言われるこのフィリピ書は、「神とリストからの恵み」に始まり、「キリストの恵み」で終わるのだと改めて思わされました。
 
【 今日の聖書箇所の概略】 
  さて、今日の聖書箇所は、新共同訳聖書では「結びの言葉」という表題がついています。パウロ先生の、手紙の最後の挨拶です。しかし、ここからも、様々な内容を学ぶことができます。
 
【メッセージのポイント】
1)21 キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たちに、よろしく伝えてください。わたしと一緒にいる兄弟たちも、あなたがたによろしくと言っています。  21節)
⇒ キリストにあるすべての聖徒たちに!        
ここではパウロ先生の「キリスト・イエスに結ばれている・・・」と記されますが、「結ばれる」は意訳に近い言葉です。直訳は、「キリストにある」です。「エン クリストー」の信仰内容を心に留めておきたいと思います。パウロ先生は、フィリピ教会の方々を、「キリストにある全ての聖徒たちへ」と記しています。
「キリストにある(エン クリストー)」は、フィリピ書の鍵の句であると言われます。この「主にある」あるいは「キリストにある」生涯がわたしたちの生涯なのです。フィリピ信徒への手紙を最後となったのですがここで確認しておきましょう。
フィリピ書は、使徒パウロの牢獄からの手紙です。獄中書簡と言われます。しかしその手紙の内容は「喜びの手紙」です。今まで見てまいりました。「喜び」が15回も記されというのです。 
1:4の「喜びをもって祈る」から「喜び、喜べ」が続きます。どんな試練の時に「喜ぶ」パウロの信仰は、15回も「喜ぶ」が使用されるこのフィリピ書です。が、更に16回使用される言葉が「主にあって」ないしは「キリストにあって」という内容だそうです。
先日、吉川の牧師の朝祷会で「ホザナキリスト教会」の鄭ダビデ先生から、鄭家の信仰の歴史を伺いました。先生の祖母は熱心なクリスチャンだったそうです。このおばあちゃんは癒しの賜物があり、村中の方が、癒しを求めて朝早くから家の前に行列ができたそうです。でも、1950年に朝鮮戦争が勃発。70才のおばあちゃんは、逃げるにも限界があり、共産軍がやってきても、逃げないで、自分の家にとどまったそうです。そしたら北朝鮮の軍隊が来て、一方的な人民裁判にかけられ、殺されてしまった。戦争が終わって3年たった。そしてその人民裁判をされたその土地に教会が建った。神様は祈りに答えられた。韓国には殉教者の熱い祈りがある。また、父の家系は相当のお金持ちでした。竹が有名なタニャンの街。おじいちゃんの時代にその広大な土地の名義がでてきて、呼び出されたそうです。でもおじいちゃんの土地と言われたところに既に教会が建っていた。未信者だったが、祖父はその土地が有効に活用されるならと捧げたそうです。そしてその後、祖父は救われクリスチャンになった。その家から12名が牧師となりました。親族はすべてクリスチャン。久しぶりに韓国に帰って、多くの人に会った。祖父が捧げたものを主は喜ばれ、30倍、60倍、100倍に祝されました。
 6月に父が亡くなり、弟と二人で行ったら、教会が新しくなっていた。新会堂の一階は喫茶店となってその地域に良き証をしておられた。そこで深く教えられた。①人間の世界には永遠のものはない。福音のみが永遠。②祈りは聴かれる。神様は必ずその歴史を通して働かれる。③祝福の生涯。恵まれ、神様に捧げて歩みましょう。主は3060100倍の実を結んでくださる。
 
2)22 すべての聖なる者たちから、特に皇帝の家の人たちからよろしくとのことです。22節)
⇒ 皇帝(カイザル)の家の人たちからよろしく。 
 ここで、パウロ先生は、「皇帝(カイザル)の家の人たちからよろしく」という挨拶をしています。W・バークレーの解説によるとこうです。
 
 これはカイザル自身の家族の人々とか、カイザルの親類縁戚の者の事ではない。カイザルの家とは、イギリス人が大英帝国文官と呼んでいるような意味である。だから、世界中にカイザルの家の者たちがいた。宮殿内の執務官、秘書、帝国内の税務を取り扱う人、わたしたちが現在、「公務員」と呼んでいる莫大な数の係官とそれを取りまく業務員というカイザルの家の者がいた。
 これほど、初期の時代でさえ、まさにキリスト教がローマ政府の心臓部に入り込んでいたことは興味深い。ローマ帝国を統治し、管理する立場の人々の中にさえキリスト者がいたのであった。・・・キリスト教が
帝国となるにはまだ、300年を経なければならなかったが、既にキリストの決定的な勝利を示す最初のしるしが見られていたのである。
 
 3)23 主イエス・キリストの恵みがあなたがたの霊と共にあるように。  ⇒ 主イエスキリストの恩寵!           23節)
パウロ先生の最後の挨拶は、祈りであり、祝祷でした。キリストの恵みがみちあふれるように。これは、「恩寵のみ」の世界です。
今年の「第49回日本伝道の幻を語る会」は、「宗教改革500年」−信仰の原点に立てーという主題のもと、豊かな学びと祈りの時を持ちました。開会礼拝は会長の森稔先生がエフェソ1:8を中心に、宗教改革の意義を、ルターの「塔の体験」とウェスレーの「アルダスゲートの体験」からを語られました。ファミリー・アワーでは今回の特別講師の一人、山口陽一先生(東京基督教大学キリスト教史)が、キリスト教会の2000年の歴史、プロテスタント500年の歴史、日本のプロテスタント教会の170年の歴史を振り返り、日本宣教の可能性を語って下さいました。深い学識に裏付けられたこれからの日本の教会への真に示唆に富む講演でした。出席者一同、大きな励ましを受けました。
2日目の早天は松浦剛師の詩編71編からの熱のこもった講解説教、「義の発見」から一日が始まりました。続いての講演は特別講師の神代真砂実師(東京神学大学組織神学)の「マルチンルターの信仰の意味」。ルターの信仰の理解は「神の絶対恩寵の深み」であると話されました。聖書を貫き、パウロに、アウグスチヌスに、ルターにとつながるキリスト教信仰は、この「神の驚くべき恵み(=恩寵)」にあることを再確信する時となりました。そして最後の出発礼拝では、私深谷がイザヤ53:1112から、神からの罪の赦しを受けて義とされた人々が運命の逆転を受けて、やがて全世界へと広がるリバイバルについて語りました。
 
26日の「ラブソナ」という韓国オンヌリ教会の主催する集会でも、アントニオ古賀さんと言いう著名なギタリストが昨年のクリスマスに教会に出席し、このイースターに奥様とお子様と家族が洗礼を受けられたことが証しされました。まさに「アメイジング・グレースの生涯」が始まっていることが語り告げられました。「驚くべき恵み」の生涯を!歩みましょう。

 そういえば、ある先生の証し集が今、発刊の準備中ですが書名の候補は「恩寵あふるる記」。そういえば、昭和17年の札幌での過酷な弾圧経験の文章を伊藤馨先生は「恩寵あふるる記」として書いておられ、山根芳枝師のものも「恩寵無限」、西海静雄先生のものも「恩寵無限」でしたね。天路歴程のジョン・バンヤンの証しも「恩寵あふるる記」でしたね。恩寵あふるる一週間を!ハレルヤ

【 祈り】
恵みの主よ。今日はフィリピ信徒への手紙の最後の学びをしました。「キリストの恩寵と共に歩む生涯」を学びました。いつもあなたの救いの恵みの中を、あなたの臨在の祝福」に歩ませて下さい。「神様の恩寵満ち満てる生涯」が全うできますように。主イエスの御名によって。アーメン。
《TBS吉川礼拝》 「御自身の栄光の富2017,07,23                   
フィリピ4:18―20                     深谷 牧師
 
 「日野原重明先生、105歳で召天」     深谷牧師
◇多くの方々に希望を与え続けた日野原重明先生が718日天に召された。105歳の恵み溢れる生涯だった。テレビなどでもしばしば登場され、生涯現役の素晴しい歩みを証しされた。ホ群首都圏夏期聖会に行く途中、車の中でそのニュースを聞いた。◇日野原重明先生は、メソジスト教会の牧師、日野原善輔先生の御子息。日野原善輔先生は神戸栄光教会の牧師として良き働きをされ、晩年、日野原記念上尾栄光教会の開拓伝道をされた。上尾栄光教会の献堂の時には、横山義孝先生が起工式の司式、シカゴのレーキサイド教会の方々が献金で応援された。現在はホーリネスの群の教会となっており、一年に数回、教会で、日野原重明先生が講演をする特別伝道会が開催されていた。その時には百数十名の方が集われた。◇1970年3月31日、74歳の時、聖ルカ病院内科部長で福岡で行われる日本内科学会総会へ出席のために搭乗した旅客機にてよど号ハイジャック事件に遭遇し、人質となる。日本初のハイジャック事件ということもあり、「この飛行機は我々がハイジャックした」という犯行声明に対し、「ハイジャック」の意味を知らなかった日本人乗客の為に自ら手を挙げ、「ハイジャックとは飛行機を乗っ取って乗客を人質にすることです」と機内で説明された。韓国の金浦空港で下ろされ解放された。ハイジャック中に犯人グループから人質へ本が提供されたが、応じたのは日野原だけで、「カラマーゾフの兄弟」を借りたという。4日間拘束され死も覚悟したが、解放される。◇人生の危機をチャンスとして生きた。
 
【 今日の聖書箇所の概略】 
  さて、ここ数回学びましたように、フィリピ410-20節は、フィリピ教会からパウロになされた贈り物への感謝の手紙です。この箇所は従来、「感謝なき感謝」と呼ばれた有名な個所です。直接的な、「献金ありがとう」ではなく、あなた方の献金は、主の宣教の御業への献げものであり、非常に尊い働きなのですと語っています。
1O:パウロのフィリピ教会の献金への感謝。美しい「芽生える」表現。
11:物ほしさではない。わたしは置かれた境遇に足ることを学んだ。
12:貧しさの中でも、豊かさの中でも、対処する秘訣を心得ている。
13:その秘訣は主への信仰にある。強くして下さる方により万事可能。
14:苦しみを共有する兄弟姉妹への感謝。「美しい行い」とある。
15節:パウロの宣教活動に初めから参加したのはフィリピ教会だけ。
16節:フィリピ教会はパウロの窮乏を救おうと、何度も応援された。
17節:贈り物を求めているのでなく、豊かな実=魂の救いを望む。
今日は、18節〜20節を中心に見て行きたい。
 
【メッセージのポイント】
1)18 わたしはあらゆるものを受けており、豊かになっています。そちらからの贈り物をエパフロディトから受け取って満ち足りています。それは香ばしい香りであり、神が喜んで受けてくださるいけにえです。
⇒ 献金は香ばしい香りです!          18節)
ここではパウロ先生は、とても丁寧なこころからの感謝を述べています。松本卓夫先生の解説によりますと「このように真実を込めた感謝の言葉を述べている例は多くはない」と言われております。確かに、15節では「フィリピの人たちよ」と心からの愛情をこめて呼びかけています。ここには「牧者と教会員との真実な愛情あふるる関係」を見ることができると思います。パウロはここでは、金銭と言わずに、「贈り物」と表現して「送られた者の精神」を高く評価し、感謝をささげているのだと言われています。
献金はまた、神へのささげものであって、神様への喜ばしい礼拝の姿であると語っています。「香ばしい香り」「喜んで受けてくださるいけにえ」という言葉は、神様が喜ばれる礼拝を指す決まり文句でした。創世記8:12やレビ記1:9、13などに記されます。
わたしも東京聖書学校吉川教会の牧師としてお招きを受けて今年ではや9年目を迎えました。本当に多くの主にある祈りと真実を受けてきた喜びの9年間だったと思います。ただ、わたしには、不十分な牧会だったな、という反省点も多くあります。破れの多い伝道牧会でした。それは、神学校舎監という仕事と一緒であったので、やむを得ないという面も多くありました。わたしにとって、こころ残りのことは、なかなか言えない所があったということです。それはもっと、はっきりと語っておいたほうがよかったかな・・・と反省しているところのものです。その一番のことは、実はパウロ先生がここで言われているとことと同じ内容なのです。
ある時、教会の兄弟姉妹からこのように言われました。「深谷先生。いつも素晴らしい説教ありがとうございます。先生のお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」「ええ、いいですよ」と答えると、その方は静かに語られました。「先生、もう少し、献金のことについてお話し下さいませんでしょうか?」。わたしは、とても、びっくりして、あとは何と答えたかわかりませんでした。
しかし皆さん。「献金についての説教」は難しいですね。わたしは、心の中ではこのように答えていたと思います。
「ありがとうございます。これはとても大切なお願いですね。じつはわたしも、献金についての内容は大切と考えています。信仰生涯はロマ12:1、2にあるように、主イエスの献身に応答して、自分の身を捧げることだからです。でも、献金は、自分の生活に関することなので、生活の余裕のない人や、本当に困っている人にとって肩身の狭いことを感じさせる問題なのでもあります。それに、それは牧者が模範を示さねばならなことなので、そのためには10年ぐらいは黙々と捧げて、信頼関係ができていないと、とても危険なことになってしまうのではないしょうか。もう少し、時間をくださいね・・・」という思いでした。
その話があった数週間前に、島校長先生が何かの時に話されました。「札幌の教会には年老いた兄弟姉妹がたくさんいて、耳も遠くなって最後は、説教の内容もよく分からなくなっている方々がおりましたが、礼拝の最後、献金の時になると、俄然、身を乗り出して、にこにこして、うやうやしく、神様に献金を捧げていた姿が印象的でした。」
先日も、ある先生が話されました。「わたしが神学生の頃に、舎監の横山静子先生は何度も生活の管理のことを話されました。特別に神様から収入を頂いたら、10分の1はまず神様に献金として聖別し、10分の1は貯蓄し、10分の8で生活と活動をしてゆくのですよ。祈りつつ、神様に従う生活は神様がすべて守って下さいます。」
でも、献金は決して強制ではありません。また、決して、肩身の狭い思いをさせるものではありませんので、つまずかないでくださいね。
 
2)19 わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。
⇒ 御自分の栄光の富に応じて         19節)
 ここで、パウロ先生は、「わたしの神」という表現をしています。これは、非常に親しく神様と接し、神との深い交わりをなし続けたところからくる、恵みの表現なのではないかと思います。
さらに「御自分の栄光の富の中から」という表現が出てきます。パウロ先生の信仰の豊かな広がりはこの辺りにあるのではないでしょうか?神様は「栄光の富」をお持ちになっておられるというのです。エフェソ3:8には「無尽蔵の富」(口語訳)という言葉がありました。これはどちらとも、神様の無限の力を指し示した文章です。
 小林和夫先生の書物の中に「栄光の富」という三巻本があります。これは神様の恵みの世界を組織神学的に表した説教集です。魂の救いということでも神様は御自身の栄光の中で、万物を創造され、罪に堕ちた人間を御子の十字架の血潮によって救い出して下さり、聖霊なる神の内側からくる確証をもって導いてくださるのです。そして、わたしどもの魂の必要を霊的な祝福を持って満たし、わたしどものこの世での生活の物質面での必要も満たして下さるお方なのです。
 以前、勝浦教会で伝道牧会をしておられた中込己一郎先生が説教で語ってくださいました。「わたしたちがいろんなことで行きづまったり、困窮したりすることもありますが、ある先生は、「大丈夫だ!エフェソ419」と電報を打ったという話をしてくださいました。
 
3)20 わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。                  20節)
  ⇒ 神に栄光を帰する献身の生涯を!
献金の精神は、献身の精神です。主イエス様の尊い贖いの血潮で買い取られた、神の聖徒として招かれたわたしどもです。いつでも父なる神に栄光をお返しして行く生涯を全う致しましょう。わたしどもの生涯は限りある生涯です。いつでも神様の恵みの中を、栄光の富の中を、その無尽蔵の恵みの世界を証しする生涯でありたいですね。ハレルヤ
  
【 祈り】
恵みの主よ。今日はパウロ先生の生き方とフィリピ教会の方々の献金の姿を学びました。「献金は香ばしい香り」であり、「神の栄光の富の中から」主は必要なものを満たして下さり、「栄光が代々限りなく神にあるように!」との究極的な信仰姿勢を学びました。どうぞ、わたしどもを導き、あなた御自身の栄光の富を証しする生涯へとなさしめください。あなたの摂理の御手の中で整えられ、豊かな恵みを経験し、捧げつつ歩む信仰者としてらせて下さい。主イエスの御名によって。アーメン。
 
《TBS吉川礼拝》      「豊かな実を望む」             2017,05,07                   
フィリピ4:15―17                     深谷 牧師
 
 ゴールデン・ウイークが過ぎました。皆さん、良き時をお過ごしになられたでしょうか?わたしは53日は白河の方に行ってまいりました。日帰りでしたが、三人の姉たちに久しぶりに会って、懐かしい時をもちました。車はものすごい渋滞で、いつもなら2時間半ぐらいで行けるところを5時間もかかってしまいましたが、それでもとても良い時でした。それのこの日は39回目の結婚記念日でもありましたので、深い恵みの時となりました。一番上の姉には、曾孫(ひまご)が生まれており、とても良いひと時でした。その男の子の名前を聞いてびっくりしてしまいました。「みなとくん」というのです。思わず、「みなとくんですか?うちにむすこはよなとというのですね。うちの母などは、与那人という名前を覚えるのがむずかしくて、『なおと』とか『ミナト』とか呼んでました」と言ったら楽しい笑いの渦が起こりました。息子にそのことを書いたら、息子からメールがありました。「あんなのクラスに、『まなと』くんっていう子もいます。CSの高校生で、『よりと』くんも。みんな、親近感があります(笑)」とか書いてありました。
 
【 今日の聖書箇所の概略】 
  さて、ここ数回学びましたように、フィリピ410-20節は、フィリピ教会からパウロになされた贈り物への感謝の手紙です。この箇所は従来、しばしば「感謝なき感謝」と呼ばれてきました。直接的な、「献金ありがとう」ではなく、あなた方の献金は、主の宣教の御業への献げものであり、非常に尊い働きなのですと語っています。今日は、「祈りのファミリ―」があります。そこで、献金等についても話してみると良いかもしれませんね。パウロ先生によれば献金の理解は以下のような内容でした。
1O:パウロのフィリピ教会の献金への感謝。美しい「芽生える」表現。
11:物ほしさではない。わたしは置かれた境遇に足ることを学んだ。
12:貧しさの中でも、豊かさの中でも、対処する秘訣を心得ている。
13:その秘訣は主への信仰にある。強くして下さる方により万事可能。
14:苦しみを共有する兄弟姉妹への感謝。「美しい行い」とある。
15節:パウロの宣教活動に初めから参加したのはフィリピ教会だけ。
16節:パウロの窮乏を救おうと、何度も応援した。
17節:贈り物を求めているのでなく、豊かな実=魂の救いを望む。
今日は、15節〜17節を中心に見て行きたい。
 
【メッセージのポイント】
1)15 フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。15節)
⇒わたしの働きに参加した教会は、あなた方以外一つもなかった!
パウロ先生の世界宣教の働きは実りの多いものでしたが、また労苦の多いものでした。パウロ先生の宣教の働きに賛同し、その働きを祈りや献金をもって支えるのは、設立間もない教会にとってかなり負担で、そんなに多くの教会ではなかったようです。
フィリピ教会を設立の経緯は、使徒言行録16章にあります。フィリピは、マケドニアの中心的な都市でした。そこにヨーロッパ最初の宣教のことが書いてあります。時は紀元50年前後。主イエスの十字架と復活に出会った弟子たちが、聖霊の力を受けて地中海地方で活発な伝道を繰り広げていた頃です。場所は小アジア地方、今のトルコの一角です。パウロとシラスという聖霊に燃えた伝道者、そして、父親のギリシャ人のテモテがリストラでリクルートされます。さらに医者のルカが加わったようです。彼らの所属の教会はアンティオキア教会。彼らは陸路を選び、シリアからキリキアの峡門と言われる険しい地域を通って行きました。途中で、聖霊なる神がアジア州で御言葉を語ることを禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。更にビテニア州に入ろうとしたらそれも許されず、彼らはヨーロッパとの境目、トロアスの地までやってきた。そこで、パウロが「マケドニア人の幻」を見ることとなりました。パウロははじめは、小アジアかインド、中国の方面に伝道に行きたいと願っていたようですが、許されませんでした。多くの学者はこれはパウロの病気に原因している、あるいは当時教会にいた預言者がそう語ったのかもしれないと見ています。詳細は推察の域を出ませんが、彼は行場を失い、ふらふらとアジアのはずれトロアスにまで来てしまったのです。失意の中で暗いヘレスポントの海峡を見上げたその夜に、彼は素晴らしい幻を見た。一人のマケドニア人が立って「マケドニアに渡って、わたしたちを助けて下さい」と手招きをした。聖書はパウロは「夜」、幻を見たと書いている。これは実に象徴的である。パウロは行きづまりに神を見上げた。人は自分の力に失望し、天を見上げる時から新しい人生に向かいます。
 使徒1610節から「われら資料」と言われる記事が始まります。これは使徒行伝を書いたルカがパウロ一行に加わった事を意味します。パウロの見た幻に従って行動を共にする者達が起こされ、ついに福音はアジアからヨ−ロッパに伝わった。クレニデス(春の町)と呼ばれたフィリピに福音が伝えられ、偶像と混沌の世界に春がやってきました。わずかにパウロ、シラス、テモテ、ルカの4人を載せた小さな小船の出発がヨ−ロッパ2000年のキリスト教歴史の初めだと誰が知りえたでありましょうか?幻を共有し、実行に移せ。神からの幻が、新しい時代を作る。ヘレスポント海峡の荒波に、木の葉のように揉まれながら進み行く4人の人々。彼らの小さな出発が営々2000年のキリスト教ヨーロッパの歴史の初めでした。神から与えられる幻は新しい歴史を作る。神の愛と命に満ちる歴史を作るのです。
このパウロの伝道の初めに協力したフィリピの教会のように、人々の言葉ではなく、神様の御業を見上げつつ、自分を捧げるところに、献身と献金の精神があると思います。
 
2)16 また、テサロニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました。16節)
⇒ わたしの窮乏を救おうと捧げた!
 伝道者パウロとフィリピの教会の兄弟姉妹との交わり。これはすばらしいものです。伝道者と求道者、牧師と教会員の愛と祈りに支えられた関係はすばらしいものです。今回の55日に持たれた「関東こころの友伝道講習会」は、横浜の清水ヶ丘教会という教会が会場でした。講師の須藤繁先生は、愛と祈りに支えられた教会の素晴しさを語られました。教会の祈り会で、教会員のご家庭で、牧師のために祈り、牧師館で教会員のために祈りあることが大切と語られました。祈られてゆくとそこに信頼と尊敬が生まれる。祈りの中に作られる尊敬しあい、信頼し合う関係は、まさに神の国の姿です。こころの友も教会もそこに深い愛と慰めが形成されます。
清水ヶ丘教会も、南太田駅からよく見える山の中腹にあります。山一つが教会です。教会案内にはこう記されています。「清水ヶ丘教会は、70年の歴史を持ち、信徒数は約700名で、毎週日曜日の礼拝は、200名を越える出席者によって捧げられてるプロテスタント教会です。横浜市内を一望する広い敷地内には教会堂、横浜ミッションホール、教育館(付属幼稚園)、小礼拝堂、牧師館などが点在しています。特に坂をのぼりきった丘の上には教会墓苑もあり、四季折々に咲く草花、小鳥も群れ集まる自然におおわれています。京浜急行「南太田駅」に近く、高い塔から集会毎に美しい鐘の音が鳴り響き、街の人々をお招きしています。 
 吉川の教会も深い愛と祈りの絆で結ばれて歩みましょう。
 
3)17 贈り物を当てにして言うわけではありません。むしろ、あなたがたの益となる豊かな実を望んでいるのです。17節)
  ⇒ 豊かな実を望む!
献金の精神は、献身の精神です。主イエス様の尊い贖いの血潮で買い取られた、神の聖徒の出現という「豊かな実を結ぶ」ことです。パウロ先生の献金への感謝は、「神の聖徒の教会の形成」に向かっています。  
清水ヶ丘教会の最初の牧師の紹介がありました。倉持芳雄先生です。
19151020日、東京月島に生れ、日本聖公会月島教会で、宣教師ミス・ヘンテ、日曜学校では梅澤幸太郎教師(後年、横浜岡村教会初代牧師)の教導を受け、1932年、信仰告白をし、クリスチャン・ネームを「ダビデ」と命名されました。1937年献身、神戸の日本伝道隊聖書学舎(澤村五郎校長)に入学、卒業後は日本伝道基督教団川崎教会川崎浜町伝道所伝道師として働き、朝鮮人伝道にも励みました。1941624日、プロテスタント34教派が合同、「日本基督教団」を設立、川崎教会も併合され、倉持牧師も同時に日本基督教団教師として按手礼を受領。 第二次世界大戦後復員、離散した川崎教会信徒を尋ね、吉田義行・アキ夫妻宅を拠点に、「蒲田新生教会」として開拓設立。おりしもエルンスト・ラング宣教師の要請を受け、横浜での医療伝道に協力。その後創立した清水ヶ丘教会牧師として、教区、教団、超教派の宣教活動に責任を負い続けられました。1990年、749ヶ月天に召されました。
【 祈り】
恵みの主よ。今日はパウロ先生の生き方とフィリピ教会の方々の献金の姿を学びました。「成人した霊的な聖徒」となるべく、わたしどもを導き、良き証しをなさしめたまえ。汚れ多きわたしども、あなたにお捧げしますが、あなたの摂理の御手の中で整えられ、豊かな恵みを経験し、捧げつつ歩む信仰者としてらせて下さい。主イエスの御名によって。アーメン。
《TBS吉川礼拝》 「すべてが可能です2017,04,02                   
フィリピ4:12―14                     深谷 牧師
 
 今朝は、新しい2017年度の最初の主日礼拝です。先週、年度末には「善かつ忠なる僕」という説教を頂き、今朝はパウロ先生の素晴しい説教で一年を始めようと思っています。説教の準備をしていましたらある本にこう書いてありました。
 「失望したければ人を見よ。絶望したければ自分を見よ。希望を持ちたければ、主を仰ぎ見よ!」 主を見上げる一年としたいと思います。
 
【 今日の聖書箇所の概略】 
  さて、前回学びましたように、フィリピ410-20節は、フィリピ教会からパウロになされた贈り物への感謝の手紙です。この箇所は従来、しばしば「感謝なき感謝」と呼ばれてきました。直接的な、「献金ありがとう」ではなく、あなた方の献金は、主の宣教の御業への献げものであり、非常に尊い働きなのですと語っています。
1O:パウロのフィリピ教会の献金への感謝。美しい「芽生える」表現。
11:物ほしさではない。わたしは置かれた境遇に足ることを学んだ。
12:貧しさの中でも、豊かさの中でも、対処する秘訣を心得ている。
13:その秘訣は主への信仰にある。強くして下さる方により万事可能。
14:苦しみを共有してくださる兄弟姉妹への感謝。
今日は、11節〜13節を中心に見て行きましょう。
 
【メッセージのポイント】
1)11 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。12貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。(1112節)
⇒ 吾、唯、足ることを 知れり!
使徒パウロは「わたしはどんな境遇にあっても足ることを学んだ」と言っています。この「足る」という言葉はギリシャ語の「アウタルケース」が使われています。これは自給自足ということを意味しています。この言葉は、前回も言いましたが、当時のストア哲学などの用語で、どのような環境にあっても動じない生き方を意味していたようです。そして彼がいうのに「私を強めてくださる御方」これはイエス・キリストを指しています。あの十字架と復活の出来事を通して、わたしたちの罪を贖ってくださり、復活の命に満たして下さる、限りない愛、想像をはるかに超えた主の愛に触れて、自分はすべてから解き放たれた勝利の生涯、自由で、喜びに満ちた人生へと導か

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                 昔、青年宣教大会で教えられた漢字
           吾・唯・足るを・知る 

れたことをパウロは告白します。
「貧に処する道も、冨におる道も知っている」(口語訳)と語ります。キリストにあって受ける深い恵みのゆえに彼は、もう恵みで「充足・満足」しているのです。彼はキリストの愛の中に、こころの平安と最大の価値を発見しました。この大いなる価値はたとい、病気が来て、試練が来ても、死がやってきても取り去られない永遠のものであることを実感しています。彼の心はキリストの愛に充足し、今や、まわりの方々への思いやりと祝福の思いで満ちているのです。
 わたしどもも、パウロ先生のように「あらゆる境遇に対処する秘訣」を学び、常に勝利の道を歩む備えをしたいものです。
満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっているのですから。
 
2)13 わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。(13節)
⇒ すべてが可能です!
 この13節は、All things I can do!という言葉から始まります。「すべてのことがわたしにはできる!」とパウロは語りました!何と強烈な言葉でしょう。ここだけを取り出すと、あまりにも強烈な言葉、傲慢なようにも聞こえます。「すべてのことが可能です!」 しかしこれは大変素晴らしい信仰の告白です。
わたしが牧師になったころ、1979年の頃に、ベストセラーとなった本の一つに「可能性思考」というのがありました。アメリカのロバート・シューラ―先生の本です。できると信じる信仰によって全てのことをなしてゆくというのです。ロバート・シューラ―先生は日本にも来られて、大変、恵まれたお話をしてくださいました。先生はある時、大きな伝道集会をされ、その時のチラシに先生の言葉が載っていました。「美しい夢を見ることができない時、あなたは死んでいるのです!」大変、強烈で、昨日のように覚えています。
確かに、「美しい夢」を見て、それを負い続けることはすばらしいことです。そして、そのように生きることはすばらしいことです。わたしも、28歳ぐらいで、よくお祈りをしていました。「主よ、あなたの全能の力によって、信仰によって、できる!と信じます。」「信じる者にはどんなことでもできる!」。疲れた時には、英語で「I can!」などと叫んでおりました。
 
3)13 わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。(13節)
  ⇒ わたしを強くしてくださる方によって!
さて、このようなパウロの自由で大胆な告白は、13節の「わたしを強めてくださる方によって、何事でもすることができる」という徹底した神様への信頼から来ています。この生き方の秘訣は、人として生まれ、この世の苦しみを全身に負って、十字架につけられ、贖いの死を遂げ、新しい生命に復活されて、わたしたちに救いの道を開いてくださったイエス・キリストによるのです。この「何事でもすることが出来る」という言葉はギリシャ語のデユナマイ、つまりダイナマイトという言葉の語源になった言葉が用いられています。あの堅い岩盤を一瞬のうちに吹き飛ばすほどの大きな力がキリストにより与えられているというのであります。これは信仰の力、「人を救う福音の力」(ロマ1:16,17)なのです。この主イエスへの信仰の力のゆえに、どんな逆境でも力強く、勇敢に、エネルギッシュにチャレンジして行くことができるのです。
13節の後半に「わたしを強めてくださる方」とありますがこの「強くする」という言葉は「力を注入する」という意味です。そのような神の力がイエスキリストによって与えられるのです。
「いついかなる場合に対処する秘訣を授かっている」と言っていますが、これは現に、今、わたしパウロが置かれている獄中においてもということです。また、12節の「貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています」と強い響きをこめて言っています。
この一年を、恵みのあふれた一年にしていただきましょう!
 深町正信先生の説教の中で、家庭裁判所の裁判官をしていた森田宗一という方の「人生は思うようにならない」というエッセイのことが引用されておりました。このような文章です。
「今から46年ほど前に、一高の寮生活をしていたときのことである。寮生の一人が自殺するという事件があった。『人生がわからなくなった。人生は思うようにならない。』そのような遺書を残して自殺したのである。われわれは憂鬱であった。あんなに優秀な男が死に、われわれ如きが生きている。それはどういうことか。『そうだ三谷隆正先生のところへ行こう。心が晴れるかもしれない』そう言って、数人で誘い合わせて法律哲学の教官、三谷隆正先生のお宅を訪れた。三谷隆正先生は内村鑑三先生の門下の秀才で、その高潔で、温かな人格において全校生の敬愛の的だった。
いつものように穏やかに快く迎えてくれた三谷先生は、いつものように穏やかに高校時代の大切なことを話してくださった。しかし話が自殺した寮生のことになるや、姿勢を正し、凜とした激しい口調で言われた。『人生とは、人が生きると書く、生きて生きて生きぬいて、おぼろげに次第にわかってくるものだ。人生が判らないというのは不遜というものだ。思うようにならない。というのが人間、思うようになったら大変だと君等は思わないかね。人間は天使と野獣の中間にいるものだ。僕も人間なのだから、朝に晩にいろいろなことを思う。恥ずかしいようなとんでもないことを思う。君等はどうか。もし人間が思うようになっていたら、世の中はひっくりかえる。―――思うようにならない。思うようにならないからこそ、人間を超えた大いなるもの、神の摂理といってもよい、に従順する心も起こるのではないか。それを信ずる心が起こるのである。思うようにならないからこそ安心できるのではないか。人生は自分の思うようにならないことから始めなさい』と語っていました。私はこの三谷隆正先生の言葉に触れたとき、自分の人生に新しい眼を開かれた思いがいたしました。

【 祈り】
  恵みの主よ。今日は新しい年度の初めの主日礼拝です。わたしたちはパウロ先生の生き方から、「足ることを学んだ」という言葉と、「わたしたちを強めてくださるお方によって」強くされ、「すべてのことが可能だ」との御言葉を頂きました。この一年、あなたの摂理の御手を見上げつつ、本当に豊かさを体験しつつ歩む者とならせてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。


《吉川教会礼拝》 「ついに芽生えて   2017,03,19                   


フィリピ4:10―11                     深谷 牧師


 
 今朝は、去る3月12日(日)に天に召されたJT姉と、翌13日(月)天に召されたHI兄のお写真を前に飾っての礼拝になりました。去る12日の日曜日の礼拝で、「終末への備え」という題で、Y神学生からメッセージを頂いたそのことが、深く示される思いです。


 終末への備えは、ふたつです。
まず第一に、主イエスの十字架と復活を信じて救われること。
第二に、愛の中に歩むことです。聖霊の助けによってそれがなしうる。
 


【 今日の聖書箇所の概略】 


  さて、フィリピ410-20節は、フィリピ教会からパウロになされた贈り物への感謝の手紙です。ある人は、これはいわば「献金への領収書」であると言います。しかし、この領収書は、非常に細やかなパウロの信仰と愛情が豊かに表されているすばらしい信仰の告白となっています。この箇所は従来、しばしば「感謝なき感謝」と呼ばれてきました。直接的な、「献金ありがとう」ではなく、あなた方の献金は、主の宣教の御業への献げものであり、非常に尊い働きなのですと語っています。


1O:パウロのフィリピ教会の献金への感謝。美しい「芽生える」表現。


11:物ほしさではない。わたしは置かれた境遇に満足する道を学んだ。


12:貧しさの中でも、豊かさの中でも、対処する秘訣を心得ている。


13:その秘訣は主への信仰にある。強くして下さる方により万事可能。


14:苦しみを共有してくださる兄弟姉妹への感謝。


今日は、10節11節に、焦点を絞りたい。


【メッセージのポイント】


1)10 さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。(10節)


⇒ 今こそ、信仰が芽生え、花開く時!


  伝道者であるパウロは喜びで満ちています。それはフィリピ教会の信徒の信仰と愛が、献金という形で現われたからです。「ついにまたあらわしてくれた」というこの言葉は大変美しい言葉だと言われてきました。ここはむしろ前の口語訳の方が、原文に近いと言われます。口語訳はこうなっておりました。「10 さて、わたしが主にあって大いに喜んでいるのは、わたしを思う心が、あなたがたに今またついに芽ばえてきたことである。」ここに「ついに芽生えて」ということがあります。今回の説教はここから取って「ついに芽生えて」という題です。


もう少し丁寧に言うと、「芽生える」という言葉は「アネサレーテ」という言葉で、枯れていたように見えていた枝に、「芽が吹き出て」「つぼみが開花し始める」という意味の言葉だと言います。山内真先生は「わたしへの思いを開花させた」と訳して、「芽生え」「開花する」ということが、美しく、強調されています。ですからこの一節は「あなた方、フィリピの教会の兄弟姉妹よ、あなた方は、わたしの伝道、主の救いの業の前進のために苦難と犠牲を伴う伝道の業に、協力し献げて行こうという思いが、今、またついに、開花しはじめました。そのことを喜んでいます。もちろん、あなた方はいつでも主のために自分の生涯をささげる信仰を持っていましたが、パウロの投獄と共にその信仰が「美しく芽生え、つぼみが開花したのですね」という意味となります。


 わたしたちは、今日はT姉とI兄の写真を前に礼拝しています。愛する方々の祈りと信仰を思い起こしながら、信仰の先達たちの戦いを覚え、それに学ぼうとしています。


 もしも、皆様の中に「そうだ、愛するお父様の召天を前に、愛するお母様の召天を境に、わたしも主イエスの信仰に与り、新しい恵みの歩みをしよう!」と良き決意を芽生えさせたいですね。
 


2)わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。


  ⇒ わたしは主において非常に喜びました!


 パウロは言います。「わたしは主において非常に喜びました。」ここにはパウロの信仰の姿勢、祈りの生活がにじんでいるように感じます。


「わたしは喜びました」。


「わたしは非常に喜びました。」


「わたしは主において非常に喜びました!」


 フィリピの教会員の信仰が、再び芽生えて、花開くことが喜びなのです! このことを喜ぶとパウロは言います。わたしたちもそうです。


   


3)11 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。(11節)


⇒ 置かれた境遇に「満足すること」を学べ!


  パウロは、キリストにあって受ける深い恵みのゆえに彼は、もう恵みで「充足・満足」しているのです。「足る事」「満足すること」という言葉は、当時のストア哲学などで言われる最高の徳目だったようです。どのような試練や悲劇の中にあっても「事足れりとして満足する」人生の悟りの境地です。もちろんパウロは、それが自分の人生の修練によって得たというのではありません。彼はキリストの愛の中に、信仰によって救いと心の平安を発見しました。この「足る事・満足すること」は、たとい、病気が来て、試練が来ても、死がやってきても取り去られない永遠のものであることを実感していたのです。彼の心はキリストの愛に充足し、今や、まわりの方々への思いやりと祝福の思いで満ちているのです。新しい、神の救いと平安に生きる人生が始まったのでした。


 わたしどもも、パウロ先生のように「キリストの愛のゆえに、わが恵み、汝に足れり」という常に勝利の道を歩む信仰を体得したいものです。


以下の文章は、当教会の「開拓伝道15年史」(2008年11月)に書かれた、HI兄の文章です。


「年齢を重ねてふりかえる」    IH


  昨年末、「わが恵み、汝に足れり」との聖句を示され、新しい年を迎えることができました。神様はわたしのようなものをも憐れみをもって、今日までお守りくださったことを、心から感謝のうちに日々過ごしております。


 戦後、中国から復員して間もなく、鎌倉腰越教会(ホーリネス系独立教会)戸川牧師のもとで教会設立に参画し、その後、宇都宮上町教会で奉仕活動を二年ほどしておりました。キリスト教徒の家庭に育ち、主の恵みを受けていたにもかかわらず、東京都に勤務するようになってからは、上司、同僚との交際、そして地元の小学校PTAや町会とのかかわりを持つようになり、心ならずも教会から離れ、世の誘惑におされて教会にも行かなくなりました。


しかし、神様は見捨てられませんでした。平成15年4月、孫娘の
進学により私を吉川教会に導いてくださいました。なお、西海静雄先生の御執り成しにより。宇都宮上町教会(母教会)から吉川教会に転入会が許され、孫の家族も救われ、神様の摂理の御業に感謝しつつ過ごしております。


「ひとたびはわれも、罪を造りて、迷い行きし身なれども、


今は救われて、主の御手にあり・…」(聖歌485)ハレルヤ。


終りに母の辞世を記し、わたしも主の僕の道を歩みたいと願っております。


山坂を越えにし後を振り返り摂理の聖手のとうとさを知る



 お写真は、JT姉とHI兄の二つを飾りましたが、今回は殆んどI兄のことが多くなりました。お許しください。しかし、IH兄が告白したこの15年記念誌の文章は、彼自身の心からなる告白だったのだと思います。



【 祈り】  恵みの主よ。あなたにあって、今日、心の中に信仰の芽生えを、つぼみから、開花へと導いてください。それはパウロ先生の喜びでしたが、あなた御自身の喜びでもあります。そして、主イエスを信じる信仰からくる平安の中に、置かれた境遇に満足する道を教えてください。先輩たちの生涯に倣って、摂理の御手を見上げつつ、平安の道を歩む者とならせてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。











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