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《 礼拝説教 》 「祝福された生涯へのリセット」 2017・2・26
イザヤ55:6−13 深谷 牧師
神の言葉は生きています。生きて働いています。日本でも、米国でも、韓国でも、アフリカでも、全世界どこででも、神の言葉は生きて働いています。そして神を信じる者の人生にこの神の活ける御言葉が入ると、その中で30倍60倍100倍の実を結ぶのです。わたしどもの生涯にすばらしい御霊の実をつけてくださるのです。
【テキストの解説と概略】
今朝、開かれました聖書箇所、イザヤ55章は大変重要な箇所です。中沢洽樹師による【第二、第三イザヤ年表】を参照に致しましょう。
587BC エルサレム陥落・第二回バビロニア捕囚
539 クロス王のバビロン征服 の活動
538−520 捕囚の帰還
500ころ 祭司法典の成立 の活動
衆知のように第二イザヤの背景は、イスラエルの歴史の中では最も苦しい時代でした。紀元前586年、小国イスラエルはバビロン軍によって滅ぼされてしまいました。エルサレムは焼かれ、神殿は崩壊し、人々は虐殺され、生き残った人々は奴隷として売られ、おもだった人々は遠くバビロンの捕囚となったのです。これは国の崩壊の悲劇の時代の物語です。しかし、神は失意のどん底にいる神の民に預言者を通して語られました。その言葉は「救いと解放を告げる神の言葉」でした。それは天の甘露のように、人々を励まし命によみがえらせてくださいました。その預言の言葉は、時代や民族を超えて、すべての人々に、救いと命をあたえ、その人生を潤し、豊かにしてきました。
第二イザヤ(40−55章)の主題は「救贖」です。そして、第二イザヤは「第五福音書」とも呼ばれ、旧約聖書中最も大事な書物のひとつです。今日の箇所は新共同訳では「御言葉の力」と表題がつけられています。
【メッセージのポイント】
1)6 主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。
呼び求めよ、近くにいますうちに。
7 神に逆らう者はその道を離れ
悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。
主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる。
わたしたちの神に立ち帰るならば
豊かに赦してくださる。(6、7節)
⇒ 主に立ち帰れ!
今日の55章は第二イザヤ(40−55章)のしめくくりになっています。前回も触れましたが、第二イザヤの中心主題は「苦難のしもべ」(53章)です。すべての人類の身代わりになって死んで、罪をあがなうひとりの人物の預言です。
今日の聖書箇所では「主に帰るならば」という言葉が二回くりかえされています。わたしどものすべての罪をあがなってくれたお方がいます。今、神に立ち帰り、新しい人生を歩めと主は語られます。新約の時代に生きるわたしどもにはそれが主イエスの十字架であり、復活であることが明瞭に示されます。「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの日である」(Ⅱコリ6:2)。しかし、6節には「主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。」と、恵みの門が閉じる日も示唆されています。緊張感をもって今日、この日に、この時に主イエスに帰りましょう。
「主に立ち帰れ!」これが旧約聖書の響きであり、第二イザヤの響きであり、新約聖書の響きであり、2000年間のキリスト教会のメッセージです。「神の御許に帰れ。主は豊かに赦してくださる」。ハレルヤ
2)8 わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり
わたしの道はあなたたちの道と異なると
主は言われる。
9 天が地を高く超えているように
わたしの道は、あなたたちの道を
わたしの思いは
あなたたちの思いを、高く超えている。
⇒ 神ご自身の思いの異質性と超越性。
ここには限界を持つ人間性への言及があります。地上に生きるわたしどもは神ご自身の深みを知りません。神ご自身の大きさもその愛と恵みの驚くべきご性質も知りません。神は天におられ、人は地にいるのです。そこには質的な差異があるのです。次元が違うのです。神ご自身の真実と清さ。それは到底、罪の中にある人間、チリによって創造され、徹底的に有限である人間には知ることのできない異質性と超越性を持っていることを教えているのです。
3)10 雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
11 そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとに戻らない。
それはわたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。(8−11節)
⇒神のみ言葉は生きている!
さて、この箇所10節では「神の言葉はむなしくはない。雨や雪でさえも、大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、豊かな収穫によってパンや種を与えることになる。み言葉も同じである」と語られます。そうです。神の言葉はちょうど天から降る雨のようです。雨が大地を潤し、土地を柔らかにします。そして、麦や様々な穀物を実らせるように、かならず豊かな実を結ぶことが語られています。ユダヤ人のかつて住んでいたパレスチナは北は豊穣の地ですが、南は厳しい砂漠地帯です。雨がなく、作物の実らないことが、どんなに恐ろしい事であったかは聖書の至る所から見ることができます。神の言葉は「甘露」であり、「慈雨」です。人生の砂漠を恵みの泉のあふれるところとするのです。ハレルヤ!
4)12 あなたたちは喜び祝いながら出で立ち
平和のうちに導かれて行く。
山と丘はあなたたちを迎え
歓声をあげて喜び歌い
野の木々も、手をたたく。
13 茨に代わって糸杉が
おどろに代わってミルトスが生える。
これは、主に対する記念となり、しるしとなる。
それはとこしえに消し去られることがない。(12、13節)
⇒ しめくくりは主への賛美! さらにこの第二イザヤの終曲は賛美で終わります。「山と丘はあなたたちを迎え、歓声をあげて喜び歌い、野の木々も、手をたたく」。さながら大自然、山が、丘が熱狂的なリバイバル集会の参加者のようです。この神様の救いと解放と恵みの業を体験した預言者にとっては、丘も山も、樹木の皆、手をたたいて賛美しているように思えたのです。さらに良質の糸すぎがいばらに代わって生え、立派なミルトスの木はおどろに代わって生えてゆくことを彼は実感して歌っているのです。全自然、全被造物が救いの喜びを歌い、神の恵みを喜び歌うのです。われらの生涯もまた、この主の恵みを心いっぱい歌う生涯なのです。
週報のコラム「ナーハルトーブの里から」に今回の恵みを載せました。
「ケズィック・ヘリテージ」 深谷牧師
◇去る21〜23日、第56回日本ケズイック・コンベンションが開催されました。箱根で55回も続いたこの聖会が、小涌園の改修工事のためとはいえ、埼玉県の森林公園の「四季の湯、ホテル・ヘリテージ」にと会場変更が余儀なくされました。思い出の多い箱根から、埼玉県の森林公園に代わって参加は大丈夫だろうかと危ぶまれました。◇しかし、結果として豊かな祝福を受けました。今回の主題は「祝福された生涯へのリセット」。集会は500名弱の方々が集い、献金も祝され、霊調あふるる集会でした。◇講師のカンビル先生は申命記から「振り返り、見上げ、前進せよ」とメッセージ。ブレディ先生は1テサロニケ4章、5章から「潔き生涯、再臨、教会」の説教。日本の講師の小菅剛先生は「あなたの足から履物を脱げ」との万軍の主の到来の前でのヨシュアへのメッセージを取り次がれました。ユーモアを交えたユニークな語りで、「明け渡し」という聖別メッセージが語られました。わたしも早天聖会で「げに汝、我と共にいます」と詩編23編を語らせていただきました。◇今回ちょっとした話題はホテルの名「ヘリテージ(heritage)」についてでした。「遺産」とか「伝統」の意味で、world heritageは「世界遺産」となります。更にこの言葉は「嗣業」という言葉で聖書用語(詩編16:5,6等 Jerusalem Bible などは Yahweh my heritage )。ケズイック・ヘリテージ(御言葉への傾聴、聖き生活、福音宣教への献身)を受けて更に祝福の高嶺を歩み続けたい。
「しめくくりは主への賛美」。われらの人生は、主イエスの愛にあがなわれ、復活の命に生きるものとされたのです。心の奥底から、魂の実存の深みから、主をほめたたえるのです。ハレルヤ
ムラサキスポーツの金山良雄さんの証しを読んだことがあります。彼は事業に成功し、有頂天になり、酒と遊びにおぼれて、廃人寸前になっていました。しかしひとりの牧師先生が彼を訪ねて主イエスの福音を語ってくれたのです。主イエスを受け入れて彼は全く変えられました。棚にあった山のような洋酒のビンが今は聖書に変わり、聖歌賛美歌に変わりました。ダンスに朝まで興じていたのが、今は聖書の言葉と賛美と祈りに満たされています。奥様に振るった暴力とイライラが、神様への感謝と静かな信頼に変わりました。
この一週間、聖霊充満のすばらしい一週間と致しましょう!主の御名を讃美します。ハレルヤ!
【祈祷】恵みの主よ、感謝します。はや、2月の最後の主日となりました。あわただしい日々ですが、いつも主日礼拝の時を守れるように導いてください。祝福の生涯へとわたしたちの歩みをリセットしてください。今日は「神に立ち返る恵みの日」です。「神様の想像を超えた聖さを心に留める日」。「神の生ける言葉に信頼する日」。「心から主をほめたたえる日」です。祝福の主、イエスキリスト御名によって。アーメン
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