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陸上のブルータス・ハミルトン招待は23日、米カリフォルニア州バークリーで行われ、男子1万メートルで佐藤悠基(日清食品グループ)が28分27秒93で優勝した。
男子5000メートルでは竹沢健介(エスビー食品)が13分47秒30で3位、女子3000メートルでも小林祐梨子(豊田自動織機)が9分1秒39で3位に入った。 |
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2010年04月24日
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青木真也がギルバート・メレンデスに完敗を喫した4.17『STRIKEFORCE』ナッシュビル大会は、日本ではインターネットでライブ配信された。告知は大会直前だったが、視聴者数は予想を上回る約4万人。青木が所属するDREAMのオフィシャルサイトに設けられたBBSには、日本でのビッグマッチに匹敵する数の書き込みがあった。
反響の大きさは当然のことだった。この一戦は、単なる“日本人選手の海外挑戦”ではなかったのだ。
青木vs.メレンデス戦は、DREAMとSTRIKEFORCEの提携関係から実現したものだった。青木はDREAM王者として“敵地”に乗り込んだのだ。まして彼は、J.Z.カルバンやエディ・アルバレスといった海外の強豪に勝利し、昨年大晦日にはライバル団体であるSRCの王者・廣田瑞人にも完勝している。
日本では図抜けた存在であり、日本の団体に所属するファイターの中で最も世界に通用する存在だと思われてきたのが青木なのだ。また、青木は海外で行なわれる試合を分析し、最先端の技術を取り入れ、常に“世界”を意識して闘ってきた選手でもある。
ルール論争と“世界の中の日本”。 そんな青木が、実際に“世界の舞台”で闘ってみると何もできなかった。メレンデスの打撃に圧され、タックルは見切られ、パンチを浴びて腫れ上がった顔を涙で濡らしてケージ(金網の試合場)を降りることになったのだ。その姿に何も感じなかった者などいないだろう。
青木を擁護するにせよ批判するにせよ、多くのファンが言及していたのがルールである。PRIDEの流れをくむDREAMでは試合がリングで行なわれるが、アメリカではケージが主流だ。またアメリカでは道衣やロングスパッツの着用が禁止され、試合時間もDREAMが1ラウンド10分・2ラウンド5分なのに対し、5分3ラウンド(タイトルマッチは5ラウンド)制になっている。
「DREAMで闘ったら青木が勝つんじゃないか」と希望を語る者がいれば「ロングスパッツを脱いだら青木は弱かった」と実力そのものを疑う者もいる(ロングスパッツは寝技の際の“滑り止め”になると言われている)。「世界基準で勝つためには、DREAMもケージを導入してルール変更すべき」という“開国派”がいる一方で、「それでは日本独自の魅力が薄れてしまう」とする “攘夷論”もある。
様々な意見がある中で、共通しているのは“世界の中の日本”、“アメリカと対峙する日本”を濃厚に意識しているということだ。
PRIDEの“残り香”が消え去った先にあるもの。 以前は、そうではなかった。日本にはPRIDEという世界最大にして最高峰の総合格闘技イベントがあり、ファンはそこで行なわれる闘いだけを意識していればよかった。アメリカはあくまでも“ローカル”だったのである。だが、いまや立場は完全に逆転した。すでに格闘技の“首都”がアメリカであることを疑う者はいない。史上最大のMMAブームに沸くかの地には世界中から強豪が集結し、格闘技熱が冷え込んだ“かつての首都”における最高の実力者は完敗を喫してしまった。
「僕が負けたらDREAMは終わる」。青木はそう言ってアメリカでの闘いに臨んだ。そして彼が敗れた今、DREAMが象徴する日本だけの“時代区分”は確かに終わったのだと言える。DREAMにPRIDEの“残り香”を探し、日本を中心とした“天動説”で格闘技界を見る時代は、2010年4月18日(あえて日本時間で記す)で終焉を迎えたのだ。
だが、それは決して悲しむべきことではない。青木の敗北と引き換えに、日本の格闘技ファンはサッカーファンやラグビーファンが当たり前に持っているもの、すなわち世界規模でジャンルを捉える視野を獲得したのだ。
世界の舞台で勝つために、日本は何をすべきか。日本格闘技の新たな時代は、スポーツとしての根源的かつ真っ当な課題に取り組むことから始まる。
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