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7月に神戸で行われるアジア選手権、並びに8月の世界選手権(韓国・大邱)の代表選考会を兼ねた第95回日本選手権が10日、埼玉・熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開幕。初日の最終種目となった男子1万メートル決勝で、佐藤悠基(日清食品グループ)が28分10秒87で日本選手権初優勝を果たした。また2位には村澤明伸(東海大)が28分15秒63、3位には宇賀地強(コニカミノルタ)が28分20秒40で入った。
■淡々と進んだレース 佐藤、村澤、宇賀地の争い
17時時点の気温は27度、湿度55パーセントという蒸し暑さの中で始まったレース。まずはオープン参加のポール・クイラ(コニカミノルタ)が先頭に立つ。その後ろに宇賀地、高林祐介(トヨタ自動車)、深津卓也(旭化成)と昨年までそろって駒大に所属していた3人がつき、村澤、柏原竜二(東洋大)の学生選手、佐藤と続く。
1000メートルの通過は2分45秒、2000メートルの通過は5分32秒とクイラは速いペースを刻む。後方の隊列は宇賀地を先頭に大きな変動がなく進んだ。
まず誰が動くのか。レースの興味がそこに集まった序盤、木原真佐人(カネボウ)が5000メートルを過ぎて、クイラをかわし前に出た。しかしそれもつかの間、すぐにクイラが前に出て、再度、安定したペースで走りだす。6000メートルを前にクイラがレースをやめた後も、すでにマラソンで世界選手権代表の座を決めている尾田賢典(トヨタ自動車)が一時先頭を引っ張ったが、大きな変化はなくレースは淡々と進んだ。
レースが本格的に動いたのは7000メートルを通過する瞬間だった。それまで先頭に近い位置で機をうかがっていた村澤がペースを上げ、逃げ始める。それに宇賀地と佐藤が反応した。ほかの選手はついていけず、3人との差が徐々に広がっていく。
「給水でほかの選手が、外のコースに出たタイミングで仕掛けました」(村澤)。
しかし、村澤は抜け出すことができず、後ろを走る宇賀地、佐藤に吸収されてしまう。ここから3人のつばぜり合いが始まる。列はまたしても宇賀地を先頭に、村澤、佐藤の順。この3人が表彰台に上る可能性はほぼ間違いない展開。しかし常にトップの位置で引っ張る宇賀地、機を見て仕掛ける村澤、じっと後方で身をひそめる佐藤とこの時点で勝負の行方はまだ分からない。
残り600メートルで村澤が2度目のスパートを見せた。佐藤はすぐさま反応するが、宇賀地は少しずつ離されていく。そしてマッチレースになった後、逃げ切れない村澤にカウンターを浴びせるように、佐藤は残り300メートルからラストスパート。その差は一気に広がった。
最後の直線、思わずガッツポーツが出た。これまでその高い能力を認められながらも、日本選手権のタイトルとは縁のなかった佐藤の初勝利の瞬間だった。
■“ライバル”佐藤に完敗した村澤、悔しさを隠せず
「最後まで(力を)ためて、前のペースに惑わされないようにしたんです。ラスト300メートルでいくのは決めていました」とレース後に佐藤は振り返る。
佐藤は清水南中(静岡)時代には3000メートル、佐久長聖高(長野)時代には1万メートルでそれぞれの年代の日本記録を樹立。東海大では箱根駅伝で1年生から3年連続して区間新記録を打ち立てるなど、早くからその才能を発揮していた佐藤だが、これまで日本選手権では結果を残していなかった。しかしこの日は序盤の速い展開でリズムに乗りながらも、余力を残していたことで、ラストの勝負に持ち込むことに成功。「今日はすべてかちっとハマった感じ。内容は完ぺきだった」とかつてない満足げな表情を浮かべた。
村澤は日本選手権初出場での2位。結果は見事だが、勝負を仕掛けながら勝ち切れなかっただけに悔しさを隠さない。
「佐藤さんとの力の差を見せつけられました。特にラスト300メートルからのスパートは戦意を喪失させられるほどでした。その差を埋めていくためには何が必要か。これからしっかりと反省し、練習に取り組んでいきます」と振り返る。村澤にとって佐藤は佐久長聖高、東海大の先輩にあたる。すでに「あこがれの存在」から、「ライバル」へと意識は変わっているが、この日は白旗を上げざるを得なかった。
世界選手権のB標準記録をきっている佐藤はこれで世界選手権の代表にほぼ当確。「やっと世界のスタートラインに立てた」と喜ぶと同時に「まだ世界と戦うには力不足。もっと総合的に自分の力を上げないといけない」と結果に満足することなく、先の世界を目指す。
速さだけでなく、強さを見せたこの日の佐藤。さらなる飛躍のきっかけをつかんだ夜だった。
初日その他結果
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/athletic/event/japan2011/index01.html
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