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特にお正月になると、多くの人たちが神社へと行き、願い事をお祈りしてくる。これは、日本に伝承される、静かな叙情的な文化なのだけど、その神社の中枢は、その事態(願い事をお祈りすること)をどう思っているのだろうか。その神社が、そうした人々の賽銭で生活を成り立たせているある意味宗教ではない神社の場合はそれでいいのかもしれないが、宗教という立場に立つとき、絶対的本尊は、そんな個人的なお願いをそのまま叶えてくれるはずもない。いったい神社を中心とする宗教は何を我々に望んでいるのか、そこのところを把握しないと、いくら願い事を丁重にしてみても、それは単なる文化的年中行事でしかなくなってしまう。 |

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よしくにさ〜んこんばんは!ほんとそうですよね。。納得です。
私はお祈りをする時いったい何に誰にお祈りしてるのかな。。ふとそんなことを考えてしまいました。。
2009/1/16(金) 午後 10:12
本当に、誰に何をお祈りしているのか、まじめに考えた方がいいと思います。yocchi34さん、ありがとうございました。
2009/1/16(金) 午後 10:33 [ yoshikuni97 ]
そうですよね、日本人が神と崇めてている相手は誰でしょう。
天地を創りたもう方でしょうか?八百万の神って誰でしょう?
天照大神は願いを叶える力を持った方でしょうか?
私はよくわからないのでここ数十年お賽銭も上げず、お参りもしてないのです。
みんな自分が安心するためにお参りをしているだけで、本気で叶えてくれると思ってる人は少ないのではないでしょうか。
日本中が正月の文化に参加しているのですね。
2009/1/17(土) 午前 0:13
納得!
2009/1/17(土) 午前 7:40 [ - ]
誰に願い事をしているのか、文化的行事と言ってもあまりにも皆が真剣ですよね。アジカンさん、ありがとうございました。
2009/1/17(土) 午前 9:42 [ yoshikuni97 ]
ありがとうございました、くららさん。
2009/1/17(土) 午前 9:42 [ yoshikuni97 ]
私が住んでいた街に由緒ある神社がありました。神主さんは自分にも他人にも厳しい方で有名でした。が、その息子は勉強も出来なく引き篭もりでした。父である神主さんは、ますます厳しくしたそうです。結果、息子は父を刺しました。
私が子供の頃の話で随分と古い話ですが、新聞に載るほどの事件だったと母から訊いています。
人々が願いを託す神社の境内でそんな事件が起きるなんて何たること、と思うのですが…神社を守る神主さんも「人」きっと毎朝息子のことを願っていたに違いないと思うのですが、現実は甘くないと思い知らされました。
それ以来、ご神仏の前でお祈りするとき「自分に言い聞かす」ようなキモチでやっています。
2009/1/17(土) 午前 10:04
本当に、自己責任が基本のような気がします。文化的なものは心安らぐので守っていかなくてはならないと思いますが、現実はあくまでも自己責任かな、なんて思います。むささびんさん、ありがとうございました。
2009/1/17(土) 午前 10:30 [ yoshikuni97 ]
よしくにさんこんにちは!
今年は初詣に行けなかったのですが、、昨日考えて思ったこと、、
祈は私の望みであって誰かに叶えてもらおうとはきっと思ってないのだと。。最近祈るときは自分のことを祈ることはほとんどないなあと思いました。。
2009/1/17(土) 午後 1:16
最高の祈りの形ですね。yocchi34さん、ありがとうございました。
2009/1/17(土) 午後 3:45 [ yoshikuni97 ]