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今日は節分ということで各地でまめまきが行われています。「鬼は外、福は内」となごやかな風景が見られます。これは日本の大切な文化なのでしょう。ちょっと考えを深めてみますと、鬼は外って、そんな悪いことだけを排除してしまっていいものなのか、ということが思い浮かびます。そんな勝手な願いを大声で叫んでしまっていいのだろうかと思われます。「鬼は内、福は内」というのが、すべてを受け止めていく立派な姿勢ではなかろうかと。これはしかしもっと考えを深めていくと、「鬼」とは何か、という問題に突き当たります。「鬼」が、自分にとって都合の悪いものだけだとしたら、やはり「鬼は外」は考え直さなければならないのかもしれません。しかし、「鬼」というものが、自分の中にありながら自分にどうにもできない「魔」のようなものだとするなら、それを乗り越えていくことは重要な課題になります。でもこの場合でも外に排除ではなく、受容という過程を通るのでしょう。 |

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隠された意味があるのではないか?と・・・節分→豆をまく→散らかる→玄関掃除、もしかしたら無くなった物が見つかったり・・・家の中の隅々まで・・・以外に上手く出来てることって多いんじゃないでしょうか。そう考えると色々楽しくなります。MACパパ
2009/2/3(火) 午後 2:14 [ mac一家 ]
そういうとらえ方で節分の行事を行うと楽しいかもしれませんね。MACパパさん、ありがとうございました。
2009/2/3(火) 午後 7:30 [ yoshikuni97 ]
泣いた青鬼 という童話がありますね。何を以って鬼というか、ですが、妬み、意地悪、嘘つき、内なる鬼はやはり出て行ってもらいたい。
大きな声で鬼は外というのは気が引けて、そっと豆を撒きます。すずめさんが食べやすいところに。
年に一度、鬼は何?と考える行事かな?節分は。
2009/2/3(火) 午後 8:21
深いですね〜鬼も福ももともと自分の気持ちの中なのかもしれないなあ〜とか思います。
同じことがあっても悪いことにしかとれない人と 何かしら学び取る人とは雲泥の差があると思います・・心の中の鬼ならサッサと削除したいものですね☆
2009/2/3(火) 午後 10:27
内なる自分自身の鬼ですよね。どうにもできない魔ですよね。アジカンさん、ありがとうございました。
2009/2/3(火) 午後 10:41 [ yoshikuni97 ]
鬼、逆境をどう受け止めるかですよね。逃げてばかり追っ払ってばかりでは進歩はないのかもしれません。あやなっぴさん、ありがとうございました。
2009/2/3(火) 午後 10:43 [ yoshikuni97 ]
悪いものだけを排除できたら生きていくのは楽でしょうね〜
立ち向かうことも必要なんでしょうね・・・
ちなみにうちは 豆まきはしないんです(^_^;)
2009/2/3(火) 午後 11:27 [ - ]
こんにちは。履歴から入りました。「節分に考える」を読んで感じたのは、心の大きさ(広さ)と、鬼に対しての解釈が一律ではないという事を教えていただきました。人生の生き方はまっすぐではなく、松の木のように曲がりまっすぐであると教えてくれた先輩の言葉を重ね合わせました。ポチ
2009/2/4(水) 午後 2:07 [ 文学の散歩道 ]
立ち向かわなければ、不安でしょうがなくなるような気がします。あきさん、ありがとうございました。
2009/2/4(水) 午後 7:03 [ yoshikuni97 ]
いろんなものが変わっていくのが人生ですね。とらえ方や考え方も変わっていきますね。文学の散歩道さん、ありがとうございました。
2009/2/4(水) 午後 7:06 [ yoshikuni97 ]
人間性がよく表れている行事ですよね。
「鬼は外、福は内」……人として、そう願うことはある意味自然なのでしょうけど、その一方で、自己中心的な考えに陥る危険がありますね。
しかし、「豆まき」はまだしも、「恵方巻」には胡散臭さを感じます。。。
2009/2/7(土) 午前 11:07