世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」

「一燈を提げて、暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。ただ一燈を頼め」言志晩録

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「憂国祭(三島由紀夫・森田必勝烈士)」の開催


1、「憂国祭」
開催日時 
11月25日午前11時〜12時

2、場所
奈良県吉野郡吉野町吉野山579

世界遺産 「南朝皇居 吉水神社本殿」

3、
「憂国祭 式次第」

開会の辞
国民儀礼

修祓
降神の儀
献饌
祝詞奉上
大祓詞奏上
檄文朗読
辞世朗読
玉串奉典

徹饌
昇神の儀


三島由紀夫烈士辞世
「益荒男がたばさむ太刀の鞘なりに 幾年耐えて今日の初霜」
「散るをいとふ 世にも人にも先駆けて 散るこそ花と吹く小夜嵐」
森田必勝辞世
「今日にかけてかねて誓ひし わが胸の思ひを知るは野分けのみかは」


1970年、三島由紀夫が、自ら主催する「楯の会」のメンバー4人と共に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で総監を人質にとって本館前に自衛官1000人を集合させ、自衛隊の決起を訴える演説を10分間行った。その後総監室で楯の会会員の森田必勝とともに割腹自殺した。




三島由紀夫命・森田必勝命の魂の甦りを祈る。

国を憂い死んでいった「英霊」として、三島・森田先生の御霊に頭を垂れ、祝詞を手向け弔いの言葉を檄
文と共に涙を流し、わが魂に甦らします。

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閉じる コメント(7)

ああ…、私も参加したかったです…。せめて、二十五日の朝は多磨と吉野にご遥拝してから出掛けます。
このお写真、よく撮れてますね。先日御参りした時のことを思い出します。三島森田両烈士とも、凛々しいお姿ですね。私もこうありたいです。

2007/11/21(水) 午前 3:37 くろひつじ 返信する

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くろひつじさん、憂国祭りをすることで三島烈士・森田烈士の壮絶な国を思い後に続区人々を信じて先がけた先人の鎮魂としたいと思います

2007/11/21(水) 午前 9:19 吉野の宮司 返信する

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宮司様、皆様、「憂國祭」いよいよ本日ですね。それにしましても、三島先生、森田烈士の凛とした魂が、お写真にも表れていると感じます。國士の御魂を奉り心より感謝致します。君の為國の為には命を惜しまず、人と交はりては誠を持ちて相親しみ尊きに従ひ貧しきを助け、神州男児成ればかく或りたいと願います。ありがとうございます。 削除

2007/11/25(日) 午前 1:08 [ 雪 風 ] 返信する

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雪風さん憂国祭謹んで斎行いたしました。三島由紀夫烈士の声が聞こえました。

2007/11/25(日) 午後 5:07 吉野の宮司 返信する

憂國祭が無事に挙行されたようで何よりです。
三島先生、森田烈士の忠勇義烈の「精神」を、現在の世に恢弘する事こそ、今の混濁の世に際会した我等の務めかと思います。
どうか、天から我等をおみそなわし下さい・・・。
三島先生の御声が聴こえましたか。
私も今日一日は家に蟄居して、この件に関する本を何度も読み返し、両烈士を偲んで居りました。
どうか、記事をTBさせて下さい。

2007/11/25(日) 午後 7:38 [ 久左衛門 ] 返信する

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久左衛門さん恙無く、憂国祭を斎行いたしました。涙を流しながら祝詞を奏上し、辞世の句を読み上げました。三島先生森田烈士の死を無駄にしないようにします。「死に方用意!」です。これからはいつもどう生きるかではなく、どう死ぬか?何のために死ぬか?を考えて進むに若かずです。

2007/11/25(日) 午後 10:31 吉野の宮司 返信する

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私達も地方で憂国祭を続けています。来年はもう一か所増える予定です。両烈士の死を無駄にはしない。改憲の日まで続けます。

2017/11/24(金) 午前 0:27 [ patriot ] 返信する

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