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「一燈を提げて、暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。ただ一燈を頼め」言志晩録

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金正恩(キムジョンウン)の母の高英姫(コ・ヨンヒ)氏(故人)とは?
 
高英姫(コ・ヨンヒ)氏は、在日です。
 
高英姫さんは、大阪の生野区で生まれ、
 
生野区北鶴橋小学校に通っていました。
 
高一族は百済王の血が入っている

北朝鮮が金正恩氏の生母に一切沈黙 その理由は

聯合ニュース 12月22日(木)14時0分配信
 【ソウル聯合ニュース】北朝鮮の新指導者となる金正恩(ジョンウン)氏の生母、高英姫(コ・ヨンヒ)氏はどのような人物なのか。
 金正日(キム・ジョンイル)総書記死去を受け、正恩氏は新指導者として存在感を強めているが、母親の高氏に対する北朝鮮当局の偶像化や賛美は見当たらない。
 金総書記が後継者に決まった直後から、金総書記の生母の金正淑(キム・ジョンスク)氏が「白頭の女将軍」として仰がれたこととは対照的だ。
 これまで指導者の偶像化で、生母の身分、経歴は権力の正当性の宣伝に不可欠な要素だった。
 金日成(キム・イルソン)主席の独裁体制が固まった1960年代後半は金主席の父母や祖父母、曽祖父まで動員され、「革命家の一族」を強調した。金総書記も母親の抗日パルチザン活動などを過剰に美化し、住民に宣伝してきた。
 しかし、まだ北朝鮮内部で正恩氏の母親に対する偶像化は行われていない。高氏の身分や経歴を宣伝に利用するのは難しいと判断しているようだ。
 ◇元在日の悲哀   
 高氏は日本で生まれ、1960年代に在日朝鮮人の帰還事業で北朝鮮入りした。万寿台芸術団の舞踊家だった1970年代半ばから金総書記と同棲し、2004年にがんで死亡するまで金総書記と暮らした。
 北朝鮮当局からみると、高氏は1980年代初めまで北朝鮮住民に「日本のスパイ」「資本主義に染まった不純分子」のレッテルが張られていた在日朝鮮人の娘で、舞踊家にすぎない。「尊敬する指導者」の母親の身分とは程遠い。
 1980年代後半から北朝鮮を襲った外貨獲得ブームで、北朝鮮に戻った在日朝鮮人は富の象徴とされたが、政治権力にはなれなかった。
 北朝鮮軍部が1999年ごろ、金総書記の許可を取らず、高氏の長子の正哲(ジョンチョル)氏か正恩氏を後継者にするため、高氏の偶像化を進めた際も、経歴については一切言及しなかったという。
 正恩氏の後継体制が安定する場合、高氏に対する偶像化は形が変わるにしても進める可能性が高いとみられる。
 

高 英姫(コ・ヨンヒ)
 
 
同国の最高指導者である金正日の夫人の一人で、
 
金正日からは日本風に「あゆみ(아유미)」と呼ばれ、
 
最も寵愛を受けていたとされる。金正哲金正恩金ヨジュンの実母。
 
本名は高春幸(コ・チュンヘン、고춘행)。本貫済州高氏
 
 金正日総書記の4番目の妻、高英姫(コ・ヨンヒ)は夫人のなかでも、もっとも寵愛を受けていたとされる。
 
後継者となった。三男の金正雲(キム・ジョンウン )の御母さんである。
 
2004年の夏に癌で死亡したという報道が韓国側よりあり金正日は泣き崩れたといわれている。

高英姫(コ・ヨンヒ)は9才まで大阪に住み韓国から帰化した和田アキ子さんとは幼なじみで和田アキ子さんに随分可愛がられていたそうだ。その事もあってか、高英姫(コ・ヨンヒ)の息子達全員、親日派(チニルバ)だそうだ。

その息子達のなかの一人で三男の金正雲(キム・ジョンウン )が後継者になった。

9才の頃、北朝鮮に渡った高英姫(コ・ヨンヒ)は大人になって。そして金正日が見初めた。それは彼女が済州島の貴族の娘だったからかもしれないと引用先で書かれている。

金正日総書記は高英姫を執拗に口説き側室に迎え、金正哲が誕生する。これで北朝鮮の【金王朝】 には古代・百済国の王族の “血” が注入された。

そして、
 
高英姫(コ・ヨンヒ)の三男、金正雲(キム・ジョンウン )の家庭教師兼オモニ役に、あの、横田めぐみさんがなっていたという。オモニ役とは、お母さん役という意味。

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高 英姫(コ・ヨンヒ)の謎?

高英姫伝記からの真実

 金正日総書記の3番目の妻と称される、
 
高英姫(コ・ヨンヒ)氏が本名(コ・チュンヘン)で柔道家の父親、
 
高太文の生涯を綴った自叙伝「柔術愛国者」を7月20日に出版しました。
 
全文227ページにわたる伝記は韓国の済州島から渡日した父親が1961年に北朝鮮に一家を連れて、
 
帰国し、生涯を終えるまでの回想で終始していますが、
 
興味深い、新たな事実が判明しました。第一に、正確な年齢がわかったことです。
 
日本では「1953年生」が定説とされていましたが、
 
正確には、1950年生まれでした。
 
「11歳の1961年5月18日に帰国した」と書かれてありました。
 
従って、生年月日は1950年6月16日ということになります。
 
兄弟は、兄と二人の弟がいて、名前まで明記されていましたが、
 
妹については一言も触れられていませんでした。
 
妹夫婦が4〜5年前に米国に亡命したため、彼女の存在を抹消したのかもしれません。
 
 次に経歴もわかりました。
 
高英姫さんは、大阪の生野区で生まれ、
 
生野区北鶴橋小学校に通っていました。
 
 北朝鮮に渡ってからは5年後の1966年(16歳)で平壌芸術大学に入学、
 
70年(20歳)に卒業後、国立民族歌舞団に入団しております。
 
この年、映画「金剛山の処女」に踊り子として出演し、
 
金正日総書記の目にとまったようです。
 
71年には万寿台芸術団に入団、73年に退団し、平壌外国語大学に入学しています。
 
大学卒業後は、朝鮮民俗博物館外国語講師として、
 
また、その後は朝鮮芸術交流協会会員として訪朝する外国の芸術家らとの仕事にあたったとされています。
 
 興味深いのは、万寿台芸術団への抜擢は金総書記の直々の指示でした。
 
71年10月27日、宴会を開いた際に彼女を隣の席に座らし、「自分が万寿台芸術団に呼び寄せた」ことを明らかにしています。
 
また、金総書記は73年1月28日、雪降りしきる深夜、健康を害して、
 
自宅で療養していた高英姫氏を見舞っていました。
 
「健康上、舞踏を断念し、外国語大学で学びたい」との希望を受入れたことをわざわざ伝えるためにです。
 
「困ったことがあったら、直接訪ねて来るように」と言われたと書かれてありますが、
 
どうやら、金総書記のプロポーズだったのかもしれません。
 
それと、もう一つ注目すべきは70年4月8日に普通江区域の食料品商店で現地指導に訪れた金日成主席から偶然、声を掛けられたとのくだりです。
 
「金剛山の処女」の映画に出ていたのを覚えてくれて、
 
金主席から「立派な俳優になるよう」と励まされたと書かれています。
 
ちょい役で出ていたのを覚えているとは、不自然の感じもしますが、
 
これは、金主席からすでに「金正日の愛人」としての「認知」「お墨付き」をもらっていたということなのかもしれません。
 
この他にも、万寿台芸術団当時にシンガポールやイラク等アジアを、フランス、スイス等欧州を訪問、公演したことは書かれていましたが、日本を訪問したことは書かれていません。
 
実際に、日本に来た時は、すでに踊り子を辞めていたわけで、日本公演では万寿台芸術団のマドンナ(主役)として、舞台で踊ったというこれまでの「定説」は誤りでした。

 著書を読み終えて、「彼女はひょっとすると生きているのでは」との疑問が浮かび上がってきました。2年前にフランスの病院で亡くなったというのがこれまた「定説」となっています。
 
しかし、今日まで裏が取れておりません。
 
正確に言うと、いまなお、「未確認情報」のままです。それと言うのも、死亡したとされるフランスの病院も、死亡した時期も今日まで特定されていないからです。彼女が亡くなったことを証明、確認するものが何一つありません。
 
脱北者の証言もありません。
 
本の最後のほうで「数年前に私は4月の春の親善芸術祝典の迎接実務代表団の一員としてモスクワを訪れた」と書かれていました。
 
この本の出版は今年の7月です。ということは、
 
乳癌で亡くなったとされる1年前まで、外国に飛び回っていたということになります。
 
普通では考えられません。
 
もちろん、12年前に死亡した金日成主席の自叙伝が今なお本人の名前でシリーズ出版され、
 
何巻も続いていることを考えると、高英姫夫人がすでに亡くなっていたとしても不思議ではありませんが、
 
とにもかくにも、裏が取れないので困りました。
 
 裏が取れないというと、11月19日に放送されたTBS報道特集「北朝鮮政治犯収容所の真実〜父の命を代償」に関して、この放送を見た読者からの投稿がありましたので、以下紹介します。「番組はかなり見ごたえがありました。北朝鮮から韓国に逃れた演出家が舞台を通して政治犯収容所の恐怖を描いていました。
 
政治犯収容所に収監された人々の貴重な証言もありました。
 
ところが、番組の後半で番組内容の信用を一挙に失墜する取材がありました。
 
それは、脱北女性が『収容所で美女応援団を見た』とする証言です。
 
彼女は去年、仁川に派遣された美女応援団のビデオを観ながら、『11月頃同じ収容所にこの娘来た。あの娘も見た。
 
石炭を運んでいた・・・』と証言していました。
 
仁川に派遣された美女応援団は平壌の金星学院の学生です。
 
金星学院は日本のメディアも取材しています。
 
収容所で脱北者が見たとする娘は、テレ朝とフジテレビが昨年末と今年春に放送した番組に写っていました。
 
テレ朝とフジは去年11月と今年の3月に平壌に入って取材しています。
 
金星学院の学生が収容所に送られている時に、日本のメディアの取材を許可することは考えられません。
 
(辺真一氏の記事より引用)
 
 
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旧生野区北鶴橋小学校
 
金正日総書記には4人の妻がいた。1人目は洪一茜(ホン・インチョル)、2人目は成恵琳(ソン・ヘリム)、3人目は高英姫(コ・ヨンヒ)、4人目が金英淑(キム・ヨンスク)だ。成恵琳と高英姫はすでに死亡しており、洪一茜と金英淑は今も健在であると言われている。
 
 
 
 
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百済(ペクチェ)は大昔から日本と交流が深く、日本の兄弟のような古代国と聞いています。
ただ、だから金正恩とその勢力が親日であるとはとても思えません。
1日も早く北朝鮮を瓦解させる必要があります。
朝鮮総連や朝鮮学校も解体、消滅させる必要があると思います。 削除

2011/12/22(木) 午後 10:08 [ TAD ] 返信する

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TADさんまだこれから混乱がおきそうですね、その前に日本は拉致被害者救出のチャンスです

2011/12/22(木) 午後 10:10 吉野の宮司 返信する

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金正恩の実母高英姫には百済王の血が流れている!は眉唾物といえるでしょうね。
百済は大和朝廷の出先政府で有ったとの説が定説に成っており、大和国との縁は香ばしいもので、若し高英姫が百済王の末裔なら日本政府も疎かな扱いはしなかったと思います。
何しろ朝鮮人は「妄想=歴史」と捉え、願望を事実として誇張するきらいがあり、信じる訳には行きません!。

☆傑作!〜

2011/12/23(金) 午前 2:46 [ gre*n*hub*32 ] 返信する

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妄想と言えば、金正日の生まれた場所を白頭山だと宣伝し、信じ込んでいる国民が哀れです。誇大妄想病に罹っているのしょう。

2011/12/24(土) 午前 1:37 [ 琵琶湖研究室 ] 返信する

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gre*n*hub*32さん高英姫が在日であることは北朝鮮では極秘事項でした何故ならば・・北朝鮮としてはまずいからでしょう

2011/12/24(土) 午前 8:42 吉野の宮司 返信する

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琵琶湖研究室さんまあ真実は不明で生れも死んだ場所も日も違う事は北朝鮮ではあたりまえのうそでしょうね

2011/12/24(土) 午前 8:44 吉野の宮司 返信する

金正恩体制万歳、高英姫万歳。

2015/8/23(日) 午後 9:26 [ akb.48.sexinpe. ] 返信する

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