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「一燈を提げて、暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。ただ一燈を頼め」言志晩録

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「北海道警官舎爆破事件」と過激派グループ

犯人は卑劣な黙秘
 
 

日本赤軍の隠れ場所は北海道だ!

 
 
北海道と大阪高槻とピースボートは何らかのつながりがあるのか?

北海道では過去に大規模な爆弾事件が発生した時期があった。1975年7月19日に発生した「北海道警察本部爆破事件」。そして翌年(1976年)3月2日に発生した「北海道庁爆破事件」である

<札幌ボンベ爆発>容疑者宅からカタカナ定規

5月2日(金)15時0分配信
 札幌市北区の北海道警官舎でガスボンベが爆発した事件で、激発物破裂容疑で逮捕された名須川(なすかわ)早苗容疑者(51)=同区屯田6の3=の自宅から、カタカナの型抜き定規が見つかっていたことが2日、捜査関係者への取材で分かった。

 官舎事件後、地元テレビ局に同様の定規を使って作成した事件への関与をほのめかす文書が届いており、道警札幌北署捜査本部は名須川容疑者が文書も作成したとみている。

 文書は5日後の同8日、北海道文化放送(UHB)に届いた。型抜き定規を使い、全てカタカナで爆発事件への関与や次の事件を予告する内容が書かれていた。文字数は5000字に上り、札幌北署で受けた事情聴取などへの強い不満や恨みとともに、謝罪を求める趣旨の文言もあった。同区内で4件相次いだ別の事件についても言及し、事件に関与した人物しか知り得ない内容も含まれていた。

 捜査本部は2日、名須川容疑者を激発物破裂容疑で札幌地検に送検した。
 
札幌連続ボンベ爆発 見えてきた女と警察の接点とは
テレビ朝日系(ANN) 5月2日(金)11時46分配信
 札幌市北区のカセットボンベ爆発事件で、逮捕・送検された女が別の事件で少なくとも3回、警察から調べを受けていたことが分かりました。

 
 札幌市北区の名須川早苗容疑者(51)は2日午前8時半すぎ、北海道警察本部から札幌地検へ身柄を送られました。名須川容疑者は先月、警察官舎でカセットボンベを爆発させて窓ガラスなどを壊した疑いが持たれていますが、容疑を一貫して否認しています。捜査関係者によりますと、名須川容疑者は別の事件で、去年12月から1月にかけて少なくとも3回、札幌北警察署で調べを受けていたことが新たに分かりました。捜査本部は、こうしたことが犯行の動機につながった可能性があるとして調べを進めています。また、自宅の捜索で、事件で使われたカセットボンベのメーカーが書かれたメモが見つかっていたことが分かりました。自宅からは犯行声明文に使われた可能性があるアルファベットのゴム印やカタカナの型抜き定規も押収されていて、捜査本部が裏付けを進めています。

<札幌連続爆発>容疑者自宅からボンベ 道警が購入目的捜査

毎日新聞 5月1日(木)15時0分配信
 札幌市北区の北海道警官舎でカセットこんろ用ガスボンベが爆発した事件で、激発物破裂容疑で逮捕された名須川(なすかわ)早苗容疑者(51)=札幌市北区屯田6=の自宅から、同様のカセットこんろ用のボンベが見つかっていたことが1日、捜査関係者への取材で分かった。一般家庭にも通常あることから、道警札幌北署は、購入目的などを慎重に調べている。

 捜査本部は、26日などに同容疑で名須川容疑者宅を家宅捜索していた。同日から5日連続で任意で事情聴取したが、名須川容疑者は「現場には行ったことがない。事件は知らない」などと一貫して否認していた。

 捜査本部は、官舎での事件が発生した4月3日深夜から4日未明にかけ、現場付近のコンビニの防犯カメラや、通りかかったタクシーのドライブレコーダーなどを入手し、映像を解析。名須川容疑者の乗用車とみられる不審な車両が映っていた。

 また、札幌北署などに届いた事件へのかかわりや同署への恨みをつづった手紙4通を分析。文中に登場する人物と名字が同じ警察官や同署で扱った案件などからも名須川容疑者が浮上したという。名須川容疑者と事件を直接結びつける証拠がなく、名須川容疑者が事件との関与を否定していることから、同署は状況証拠を丹念に積み重ねる捜査を続けている。【酒井祥宏、三股智子、日下部元美】

 

 

北海道警官舎爆破事件 マレーシア航空MH370便・北朝鮮・クリミアとつながる「点と線」とは?

1974年8月30日に発生した「三菱重工爆破事件」(出典:警察庁HP)
 
 
 

ナゾの「北海道警官舎爆破事件」は外事マター

3日午後11時45分過ぎ、札幌市北区にある北海道警官舎において爆発が発生した。幸いケガ人こそ出なかったが、現場からはカセットコンロが5本、そして釘が2000本も飛散しているのが発見され、耳目を集めている。また、付近では今年の1月以来、民間施設における連続不審火が発生し、警戒されていた最中の出来事であるだけに、衝撃をよんでいる。
この手の明らかに意図的な「爆発事件」「爆弾事件」というと真っ先に疑われるのが国内の左翼過激派組織である。今回も北海道警の施設である「官舎」に対する攻撃である可能性が高いだけに、イデオロギー的に怨恨を持つそうした国内過激派による犯行のように見えなくもない。
もっともこうした国内治安対策に精通する行政サイドの関係者からは「今回の爆破事件で用いられた爆弾は、これまで『中核派』が用いてきた爆弾のタイプとは異なるもの。その意味で公安警察は外事のラインで事実関係を精査している可能性がある」との声も聞こえてきている。しかし国内、しかも北海道においてそうした「外事マター」、すなわち国外のテロ組織によるテロが発生する可能性など本当にあるものなのだろうか。

北海道は過去にもターゲットになった

今では余りに語られることが無くなってしまったが、実は北海道では過去に大規模な爆弾事件が発生した時期があった1975年7月19日に発生した「北海道警察本部爆破事件」。そして翌年(1976年)3月2日に発生した「北海道庁爆破事件」である。前者では4名が負傷し、後者では2名が死亡する惨事となった。特に後者については公安警察などではない、一般の行政組織に対する白昼のテロ攻撃であっただけに、地方自治関係者の間では忘れられない教訓となっている。
これらはいずれも当時の大学生らによる過激派組織である「中核派」に淵源がある「東アジア反日武装戦線」が関与する形で発生したと考えられていたが、必ずしも詳細が詳らかにされているわけではない。また「原始共産制であるアイヌ民族こそ、抑圧された民族として共産革命の担い手であるべきだ」などと述べる太田竜らの「アイヌ革命論」に触発されて発生した事件であるとも考えられている点に特徴がある。だがいずれも真相は闇の中である点にまずは留意しておかなければならない。

西側インテリジェンス機関からの「特殊情報」

実は今回の爆破事件に先立ち、事件の1か月前である3月3日の段階で私の下に西側インテリジェンス機関関係者よりこんな特殊情報が舞い込んできていた
●これから西側インテリジェンス機関が非公然活動(covert action)の一環としてテロ事件を日本国内で発生させることになっている
●対象は日本の「北部」にある地方にある大規模施設となる見込みである
私はこの特殊情報に接し、すぐさま過去の歴史を紐解き、前後の因果関係から考えて「ターゲットは北海道」と暫定的に結論を出した。そしてその旨を周囲の関係者には連絡し、警戒を呼び掛けていた次第である。―――そして今回の「爆破事件」が発生したというわけなのである。

今こそ「ゾルゲ事件」を思い出すべき

それでもなお「この爆破事件は単発のものであり、しかも国内左翼過激派によるものであろう」と考えている向きは大勢いるのではないかと思う。だがことインテリジェンス機関の世界で言うならば、「北海道」は実のところかねてより特殊な地域なのである。北海道が抱えるそうした「構造」の存在ゆえに、あの米軍(GHQ)すら手こずることになった有名な例としては「ゾルゲ事件」がある。
この「ゾルゲ事件」そのものは、1940年代にドイツの有名新聞社特派員を装いつつ、実際には当時のソ連共産党員であったリヒァルト・ゾルゲがその協力者として第二次世界大戦前に検挙された事件である。そして首謀者であるリヒャルト・ゾルゲは死刑を宣告され、1944年11月7日に執行された。
ところがこの事件には戦後に余韻があったのである。ゾルゲ一味として逮捕・収監されていた無線技士マックス・クラウゼンは戦後、釈放されるが、米軍がその身柄を拘束する直前にソ連側の手配によって逃亡したのである。マッカーサー元帥の右腕であり、GHQの諜報部隊「G-2」のリーダーであったウィロビー少将は部下たちに対して血眼になってクラウゼンを探すよう命ずるが、結局、北海道に行ったところで足取りが絶えてしまうのである。そしてその後、マックス・クラウゼンはウラジオストックに渡り、1979年に旧東ベルリンで亡くなるまで余生を全うすることになる。
このようにあのGHQであっても手出しが全く出来なかったのが北海道にある「構造」「ネットワーク」だったのである。そしてその中には例えばゾルゲ事件の当時、評論家の「矢部周」という人物から情報を入手し、ゾルゲらに渡していたことで知られている田口右源太がいた。実質的にはソ連共産党の下部組織であった「国際共産党(コミンテルン)」の一員として戦前は活動していたと考えられている田口右源太はゾルゲ事件に連座したとして特別高等警察に逮捕され、収監されるが、戦後にGHQによって釈放されると、今後は北海道で活動を展開したのである。帯広や十勝で一時は日本共産党の地区委員長を務める一方、帯広では生協運動に関わっていたが、そうした状況を米軍は1946年から徹底的に調べ上げ始めていた。この辺の事実関係について学術的な調査を行った加藤哲郎・一橋大学名誉教授は次のように述べている:
例えば1953年1月21日付で、「帯広からどこかに転居したようだが、転居先を教えよ」と指令が出ています。日本はサンフランシスコ講和条約に調印して独立しますが、独立後も日本に駐留している米軍基地の中には、対敵諜報部隊(CIC)が残って、共産主義者等を監視していました。現在でも基地がありますから、沖縄で反戦・平和運動をやっている人たちは、みんなこの監視の対象でした。田口(註:右源太)はゾルゲ事件元被告として監視されましたが、戦後はソ連の諜報員ではなかったと判定されたようです。
出典:加藤哲郎「新発掘資料から見たゾルゲ事件の実相」

焦点は「国境を越えるネットワーク」ではないのか

実はこの時、米軍が躍起になって「ゾルゲ事件」について再調査を行った背景には戦前、上海を中心に形成された国籍を跨ぐ共産主義者たちのネットワークこそ問題の本質であるという認識があった。リヒァルト・ゾルゲ以外にも、その中心的な人物として毛沢東とも親交があった「女傑」アグネス・スメドレーらを徹底して調べ上げていた。そうした国際的なネットワークの中に「北海道人脈」は確実に組み込まれていたというわけなのである。
話を現代に戻す。―――今回の爆破事件のような事案を前にすると、私たち日本人は「これは国内で完結する事案」としてついついまずは考えがちだ。またせいぜいのところ、1990年代の後半から急に騒がれるようになったイスラム系武装組織「アル・カーイダ」が思いつくのが関の山であろう(ちなみに我が国でも2004年に「アル・カーイダ」の構成員らが検挙されたことがある)。
しかしそもそも国境を跨いで物事を動かすという意味では我が国の「北海道」をも巻き込む広大なネットワーク、しかも米欧人らが主体となったネットワークがかつて明らかに存在していたのである。そしてその中心は「国際共産党(コミンテルン)」であり、実質的にはそれを取り仕切っていたソ連、すなわち現在のロシアだったのである。

ここに来て「同時多発」した出来事を巡る点と線

一方、目を転じてみるとここに来て国際社会では実に不思議な出来事が次のように「同時多発的」に発生している:
●北朝鮮による弾道ミサイルの発射(及び「日朝局長級協議」の突然の再開
●ロシアによるクリミア半島の「編入」
一見すると関係ないように見えるが、例えばロシアによるクリミア半島に対する動きと同時並行で進んだのがマレーシア航空機の「行方不明」事件であった。他方で北朝鮮はここに来てロシアとの関係を深めている。モンゴルで日本人拉致被害者・横田めぐみさんの娘「ウンギョン」さんと横田めぐみさんの御両親との面会に北朝鮮が応じた背景にも、モンゴルが親露国家であるということが大きな意味合いを持っている。そして再び前者について述べるならば、3月30日になってロシアの国営放送である「ロシアの声」が「不明ボーイング機、米国の指導でディテゴ・ガルシアに着陸?」と題し、事件の核心には米国の影が見え隠れすると大々的に報じ始めたのである。これには米国も参ったはずである。なぜならば、ロシアは元米中央情報局(CIA)職員であり、国家安全保障局(NSA)の極秘文書を大量に持ち出したエドワード・スノーデンを依然として匿っているからである。今後、その「極秘文書に基づく情報」として米国にとって不利な情報を次々に世界に対して発信しかねないのだ。そうである以上、米国(及びそれと連携している西側諸国)には反ロシア・キャンペーンをあらゆる機会をとらえて実施していく強い動機があるのである。

日本人「過激派」たちをかくまったのは一体誰だったのか

「なるほど、そうであるならば今回の爆破事件もそうした文脈でとらえるべきなのか」
そう読者は考えられるかもしれないが、ここでさらに思考をあえてさらに一回転させてもらえればと思う。そのように「米ロ対立」という分かりやすい構図を私たちに刷り込むことによって得をする勢力は本当にいないのであろうか。率直に言うならば「西側インテリジェンス機関」は形の上では属している国家・政府の意思そのものによって動いているわけではないことに注意しておく必要がある。我が国には真正面から対外的な工作活動を行うインテリジェンス機関が存在しないため、そうしたことが全く知られていないが、米欧のインテリジェンス機関は「国家に属しているように見えて、実は国家に属していない」のである。それは国家を越える国際的なネットワークによってコントロールされているのが実態なのであり、民主主義による国家意思とは必ずしも一致しない動きを見せるものなのだ。
1970年代半ばに発生した北海道における2つの大規模な爆弾事件も、結局は真相がうやむやなままである。ちなみにそれらに深く関与していると目されていた「東アジア反日武装戦線」の中心的メンバーであり、1974年8月30日に発生した三菱重工爆破事件で逮捕された佐々木規夫と大乗寺あや子の2名はクアラルンプール事件(1975年)とダッカ日航機ハイジャック事件(1977年)を起こした日本赤軍の要求により、超法規的措置として釈放され、現在もなお国際指名手配中である。ちなみに日本赤軍自体は2001年に「解散」したことになっているが、他方で1972年にイスラエル・ロッド国際空港(現ベングリオン国際空港)で銃を乱射し、大事件となったことでも知られている(テルアビブ空港乱射事件)。また1997年にはよど号犯の「妻」が拉致の実行犯となった日本人拉致被害者・石岡亨さんの偽造旅券を持った「日本赤軍」構成メンバーが逮捕されたこともある。つまりここで北朝鮮とも接点が出て来るというわけなのだ。

「北海道警官舎爆破事件」のこれからに注目すべき

イデオロギーだけで果たしてこれだけの国際的なネットワークを構築し、維持していくことが可能なのであろうか。それともこうした過激派組織はより上部に位置する構造の一部に過ぎないのであって、その「構造」自体は個別の国家とは全く異なる意思を持つのであろうか。仮にそうであるとするならば一体それは何を目指しているというのであろうか。
 
専門家から見て「外事マター可能性あり」と判断される今回の北海道における爆破事件とその前に起きた連続不審火事件。これは国家という枠組みを大きく超える動きの片鱗が現れ始めたと見るべきなのである。
 
 
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宮司様 そのようなことがあったとは・・・。北海道は、広大な土地があり、どこに潜伏していても、部落が地域を守ってきました。しかし、近代化が進んだ札幌は、隣にいる方との交流もなく・・誰が住んでいても解らない状況下にあります。 昭和50年代には、暴力団の発砲事件が頻発しており、道庁爆破についても身近に感じ、恐ろしさを感じたものでした☆ 今の爆破地域は、昔米との戦場になったところでもあり・・私が霊的なものを感じたところです。また昔 山口系の暴力団があり、発砲事件があったとも聞きましたよ・・。 恐ろしいですね☆

2014/5/3(土) 午後 0:08 [ gold ] 返信する

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