「隠れ里のひみ子さん」

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文学の広場

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第1部 狂歌大観を読む
 第2部 狂歌大観33人集
 第3部 狂歌年表
 第4部 付論(歌の未来図のために)
  1 私の五句三十一音詩史
  2 文語と口語
  3 歌の円寂するとき
  4 句またがりの来歴
  5 字余りの鳥瞰図〜土屋文明『山谷集』〜
  6 夫木和歌抄と狂歌
  7 短冊短歌と応募原稿
   あとがき
 
 
興味深く拝読させていただいた。
面白かったが、びっくりもした。
 
この作者も知人であるが、
 
わたしはこの人の博学を、あまりにも知らなさすぎた。
 
こんな難しいことを絶えず考えている人なのである。
 
付録が、また凄い。
 
そこには、この作者の短歌論がびっしり書かれてある。
 
付録だけで一冊になりそうな、論である。
 
 
何が不思議と言って、
 
わたしが本を編む時は、
読者を想定して、いかに多くの人に読んでもらえるかとか、
どういう編集にすればいろんな層の読者に伝わるか、理解が届くか、
そんなことばかり考えて編集している。
 
ところがこの本は、そんな読者のことなど、おいてきぼりである。
びっしり、作者の考えを、ひたすら、詰め込むだけ詰め込んである。
 
だから、どう引用すればいいのか困るので、引用は止めた。
どちらかと言うと、学術専門書的であると、ひみ子は勝手に決めた。
 
だが、奥付を見ても、学歴欄は何もない。歌歴欄があるだけである。
その潔さは好感が持てる。
 
しかし、
狂歌を研究したい人には、いい参考書になるに違いない。
 
これから、この作者に軽々しく物を言ってはいけないなと、今までの自分を、深く反省した。
 
しかし、でも、
 
うっかり親しげに物を言うかもしれない。
だって、この作者も徳島出身なのである。

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歌集紹介コーナー

最近送られてきた歌集が、溜まりにたまって、不義理していますので、
                                 とりあえず、知人の分の作品紹介だけですが
 
 
 
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牧 雄彦歌集『地の砂』(ながらみ書房)
・水墨画展人無き画廊の入口に立ちて夕暮れを見ていき画家は
・海峡のはげしき波に揉まれつついか釣り船かいま帰り来る
・雪と風渦巻く岬に村はあり戸を閉ざしゐて人影見えず
・透きとほる泉の底を横切れるちひさき魚のかげ見失ふ
・遠雷のとろとろと鳴る夜の更けの闇を見てゐき熱持つわれは
・法師蝉しき鳴くゆふべ子の胸に揺らるる壺の中なる君は
・かのときもかく荒れゐしと暮れなづむ海を見てゐき宿の玻璃戸に
 
 
 
 
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藤本晋吾歌集『青い空から叱られて』(角川書店)
・痛いところがあればすぐ手をあてるのにむねのおくへとのばす手がない
・関わりのなければ黙って隣席の人立ちゆける電車は寒し
・すすき野の丘に憩えばなにかこう操縦席(コックピット)に空ゆくような
・笑っていては生きてゆけぬと言うように真顔一途に魚の泳ぐ
・まっ白いドレス ふわりと座ったら少女はショートケーキになった
・トラックに犇めく豚の短足のそれでも脚を踏みしめて立つ
・ここに居るいつでもいるよいうようにいずこゆけども青空(そら)のひろがり
 
 
 
 
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神谷佳子歌集『原型』
・瞬けば十年は直ぐ 錆色の面(めん)滑らかにマイン河動く
・もの乞はぬ物乞ひにして偉丈夫のあぐらゐの前気押され通る
・ベルリンの壁崩壊のうた読むに若き二人は抱擁を解く
・言葉 言の葉 言葉は人と沁むる国 辛口(トロッケン)ワイン濁音を研ぐ
・七百年の樹齢と書かれ楠(くす)四本木末(こぬれ)かたみに若葉噴きあぐ
・句碑石碑歩けば出会ふ 山躑躅のつぼみじっとり蜜を滲ます
・声に出し何いふとなきひと日なれ己が読みたる言の葉に満つ
 
 
 
 
 
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村山美恵子歌集『嫩江』
・小浜への道てふ聞けば小浜まで行きたくなりぬ助手席にゐて
・切り取られ三度の凌霄花さへ花咲く十年 夫戻り来ず
・歯の痛みは目の痛みとなりすべからく弱きへ弱きより押し寄せ来
・床を踏む音を鼓に合はさむと足あげて待つ魔物の間合い
・囃子方の音を聞く耳の他はすべて黒色尉(こくしきじょう)に貸して鈴振る
・山茱萸の花つける枝とつかざると等しく春の日をうけながら
・跨線橋の下を電車は通りたり人の頭上に吾は立ちゐて
 
 
 
 
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大西公哉歌集『片舷停止』(短歌新聞社)
・会一つ解散の総会に出でんとし電車を三度乗り継ぎて行く
・歌人クラブの賞受くる妻を撮しおりその末弟のやや上気して
・院長も来り診察す担当医と相談し居り我に聞かせず
・肺炎は癒えたりと退院を急かされぬ常に満床の救急病院
・動けないようになったら殺してと妻のいいしは入院の前
・意識なきまま七日目を迎えたり癒ゆる、癒えざる、朝よりの雨
・夢の中は二人連れ立ち歩み居りぬ見知らぬ土地を語らいながら

 
 
 
ちょっと、溜まりすぎていて、礼状も出せず、でも、読みたいので読破はしていて、
それなのに、多忙で机には向かうわけにいかず、とりあえずやむを得ず、もったいないので、
貴重な歌集の中から、7首ずつ、抜き出し、紹介だけさせていただきます。

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みなさん、
体調管理は大事ですね。
いかがですか?

花粉症も増えてきましたね。
わたしまで仲間入りしたいわけでもないのに、朝からくしゃみの連発で、
鼻のうがいをして、室内でマスクをしています。(変なの?)
すると、くしゃみが納まりました。
ああ、なにをかいわんや!!

そのうえ、最近
体調を大幅に崩しているので、
原稿が全くはかどりませんでした。
開くと眠くなり、思考力も働かず、言語が浮かばず、参りましたね。
でも、やっと、本日仕上げました。

今から送稿します。

それで、少しは楽になるかと言えば、
そうは問屋がおろしてくれません。
22日は、大阪歌人クラブの吟行会の正式な下見に行ってきます。
と言っても、
家まで車が迎えに来てくれます。助手席に座っているだけですが…。
でも、資料を整えたりしなければなりませんが。

こうして、
毎日退屈もせず過ごせることを感謝しなければと思っています。
何にもなくて、病気のことだけ考えていたら、わたしのことだから、
おっちょこちょいなので、何かしようとして、自殺してしまうでしょう。

忙しさよ、ありがとうございます。!!

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「FM」14日午前1時00分から14日午前5時00分(放送時間240分間). ラジオ深夜便; 柴田祐規子
こころの時代 「戦争と平和、アインシュタインと祖父の友情」 エッセイスト…比企寿美子


さ、寝ようと決心?したら、歯を磨いて、顔を洗って、パジャマに着替えて電気を消して、ベッドへ転がり込んで、ラジオのイヤホンを耳につけて、音楽とか、聞えていたのかどうかわからないうちに、寝ついてしまいます。

ところが、トーク番組だと悲惨。
とにかく、終わるまで、フムフム!わたしもそういうことわかる、なんて、聞いてしまうのです。
昨夜というか、今朝と言うか、長い時間帯が、そうでしたね。
四時間、ずっと聞いていました。
どうしても、途中で、OFFに出来なかったのです。
エッセイスト比企寿美子の話術が凄いのか、聞きだすアナが凄いのか?

空襲の時のお話で、
逃げなければ危険、死んでしまうという瀬戸際に、
おばあさんが、年よりはトイレが近いんだからトイレへ行きます、あなたたちは先に逃げなさいとおっしゃったそうな。
そして、おじいさんとおばあさんが、後から逃げるから、先に逃げろと言ったので、
お父様は子供を連れて先に逃げて、命からがら、家族が人波に押され、ばらばらになり、探しては、やっと巡り合い、そして、家まで帰ると、おじいさんとおばあさんが家の防空壕で黒焦げだったなんてお話、寝てられないではありませんかねぇ!
延々、朝、5時まで聞きましたね。

詳しいお話は、
「戦争と平和、アインシュタインと祖父の友情」
に、書かれているそうです。
その無くなったおじい様と、アインシュタインの友情にまでおよび、おじい様の墓には、アインシュタインの銘が刻まれているとか。
墓は徳島だそうです。
って、わたしが書いても、分かりにくいですね。
なにしろ、4時間のお話を、縮めるのは、わたしには土台無理なお話です。
でも、
ますます、わたしのなかで、戦争は、いけないことだということだけは、どんどん増殖していきました。
平和を守りましょうね。(涙)平和がいいです。痛切にそう思うのです。



追伸
この写真のウオークマンは、大変古いです。
わたしが、目が見えなくなって、テレビの画像が見られない時、ラジオなら聞けるだろうと、
息子が買ってくれたのです。
もうかれこれ20年くらい前のお話です。
テレビもラジオも聞くことができ、テープも聞けて、
その時代では、患者みなさんがうらやむ高級品でした。

その息子の心が、ありがたくて、今もって使用しています。
故障したら修理に出し、(新しいのを買ったほうが機能もよくなって、おまけに修理代より安い、と言われながら……)
イヤホンが聞こえなくなると、今や別注で、注文して取り寄せ、
大事にしているわたしの宝物の一つです。








《資料》
アルベルト・アインシュタインと日本
2005年02月28日(月)  中澤英雄(東京大学教授・ドイツ文学)
 アインシュタインは日本と深い縁がある。E=mc2という公式で有名な特殊相対性理論は、物質がエネルギーに変換されうることを示した。言うまでもなく、広島・長崎に投下された原爆は、この公式の現実化であった。
 原爆開発のきっかけを作ったのもアインシュタイン自身であった。1939年8月、彼は数名の科学者たちの代表として、アメリカ大統領ルーズヴェルトに原爆の製造を進言した。ドイツ系ユダヤ人である彼は、ヒトラーが政権を取った1933年にナチス・ドイツを逃れてアメリカに移住していたが、ユダヤ人迫害を進めるドイツが原爆開発に着手したとの情報に接し、強い危機感をいだいたのである。
■来日
 アインシュタインは、雑誌・改造社が企画した日本講演旅行を承諾し、1922年10月8日、妻のエルザとともにマルセーユで日本郵船の北野丸に乗船した。彼がまだ香港から上海に向かう船上にいた11月10日、1921年度のノーベル物理学賞が彼に授与された。このニュースは、相対性理論という神秘的な学説を樹立した世紀の天才物理学者に対する日本人の熱狂的崇拝をいやが上にも高めた。
 11月17日に神戸に上陸したその瞬間から、日本中、彼が行くところ、アインシュタイン・フィーバーが巻き起こった。それは、最近のベッカム様人気やヨン様ブームどころの規模ではなかった。物珍しいものに熱狂する日本人の国民性は、昔も今もあまり変わっていないようだ。あまりの騒動に最初は驚きあきれ、時には殺人的なスケジュールに閉口していたアインシュタインであったが、その背後に日本人の純粋な敬愛の念があることを知って、彼は日本と日本人を心から愛するようになった。
http://www.yorozubp.com/0502/050228.htm

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村の樹に棲む魚

夏林人さんが本を出されるそうです。



↓で、詳しいことはどうぞ。
http://www.taiyo-g.com/shousai90n.html

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