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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十一段
参考1
おなし右京のかみ=故右京の大夫、源宗于(むねゆき)、30段参照
監の命婦=げんのみょうぶ、監は近衛府の将監、命婦は中ろうの女房、10段参照
よそなから・・・=余所から遠く見て、恋していたときよりも、
真夏の夜の夢のような短い逢瀬が、より一層切なく、心細くなってしまいました。
参考2
この哥の出典は、後撰和歌集です。
そこには参考になる詞書があります。
後撰集 171
あひ知りてはべりける中の、かれもこれも心
ざしはありながら、つつむことありて、え逢
はざりければ
よみ人しらず
よそながら 思ひしよりも 夏の夜の
見はてぬ夢ぞ はかなかりける
詞書には、知り合ってから、お互いに逢いたいという気持ちが有りながら、
包み隠す事情があって、なかなか逢えないので・・・
と、ありますね。
恋って邪魔者がいたり、
事情があったりして逢えない。
そうすると、そっと見ていた時よりも、
よけいに心配で苦しい。
とても短い段ですけれど、深いですね〜。
布施明さんの歌、平尾昌晃さん作詞作曲
「恋」を、どうぞ〜!
♪逢うたびにうれしくて、逢えばまた切なくて
逢えなけりゃ悲しくて、逢わずにいられない♫
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人妻はより一層よく見えるものです。
自分の女房だって他人から見れば、恋の対象になっているかもしれません。(怖)
2013/1/7(月) 午前 10:32 [ カルボ ]
カルボさん、おはようございます。
恋とは心配なモノです。やっかいなモノでもあります。
そして素晴らしいモノでもありますね。
古典の中で、「女房」は、皇族や貴顕の人々に仕えた奥向きの側仕えの女性で、
自分用の部屋を与えられたので、女房と言います。
今で言うと、「重役や社長の美人秘書」みたいなものです。
その女房に逢うのためには、
そこの主人の目を気にしなければなりませんでした。
2013/1/7(月) 午前 10:57
となりの芝生は青いもの
隣の奥さんは・・げげげっ
僕が青くなった
2013/1/7(月) 午後 2:04
あぶさん、こんばんは。
隣の青い芝生よりも、自分の所を大事にしなかったから、
じぶんが青くなったんだよ。
全国の皆さん、妻は大事にしましょう。
でも、大和物語の女房とは、違うんだけど。
2013/1/7(月) 午後 5:36
逢いたい。。。



そのひとことで 胸が きゅん
なんて ロマンチック
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜あぁ
さみし
2013/1/7(月) 午後 10:43
ろあちん、こんばんは
お互いの心を知ってからより一層、逢っていたいのに、
事情が逢ってなかなか逢えないと、もどかしいね。
心配で心配で堪らないかもね。
ここの話の女房は、女性秘書みたいな役職で、
人の奥さんではありませんよ。
2013/1/7(月) 午後 10:49
昔、長男の弾くピアノを聞いていたときのことです。
「なんだか恋をしたくなるような・・・」という私に、
「母さんはもう終わったが・・・・・」と次男。
その次男、今、音楽の教師です。(笑)
2013/1/8(火) 午後 7:02 [ 桂 黒猫 ]
桂さん、こんばんは。
山の神は、子供が小さいとき、
自宅で小学生などに、ピアノやエレクトーンを教えていました。
もちろん息子2人にも教えていましたが、
モノにはならなかったみたいです。
長男は、ドラムに行きパンクロックを・・・。
いろいろありました。
2013/1/8(火) 午後 9:06