伊勢物語と仁勢物語

パロディーと諧謔の、仮名草子。

熱田の縁采女

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熱田の縁采女-1

特別企画                 現代文です(一部会話など文語)

熱田の縁采女(あつた の えんねめ) (仮名草子・大倭二十四孝 第十三)

 昔、尾張の国、熱田と言う所に、名高い人の縁の末裔が、細々と住んでいましたが、その夫婦に一人の娘がいました。名前は縁采女(えんねめ)と言います。この娘は容姿・心映え人に優れているようで、両親は限りなくいとおしみ育てゝいましたが、有為無常の倣い、今に始まったことでは無いが、程なく相次いで父母は亡くなってしまいました。

 縁采女は、叔母に養われ年月を送っていましたが、早くも十五歳に成りました。その年は父は七回忌、母は三回忌にあたっていました。その間、縁采女は、どうしても孝養のため供養をしたいと思ってはいましたが、自分自身も叔母に養われてる身分、法要を営むすべもありません。

 その頃、駿河の国、葭原と言う所に、不思議なお祭りが有りました。その由来を尋ねると、彼の在所のあたりに、大きな淵があり、この淵に大蛇が住んでいて、年毎に卯月・皐月の頃には、洪水を起こし田畑を損ない、人の命を奪い取ること限りなしであったそうです。里人はこれを、悲しんでいました。その頃、冨士の裾野に貴い上人がいて、時々あの淵の辺りに出かけることがあり、お経を読んで、大蛇を宥めていてくださっていた。

 ある時かの大蛇、女の姿となって上人の元へ参って申するに、「我はこの川に住む大蛇なるが、御僧の尊くいませば結縁(けちえん)のために参りたり。又我、年毎に大水を出し人々を悩ますこと限りなし。我が心をなだめんと思はゞ、毎年六月十五日に神事をなして我を慰め、みめ良き娘の十五歳におよぶを生贄にそなふるものならば、洪水を出すこと有るまじ。上人この事を郷人に告げ知らせ給へや」と、言い捨てゝ、また大蛇になって淵に入っていきました。

 この事は隠れのないことなので、大蛇の言った言葉の通り、それ以来、毎年あの淵の上に床を敷き、供物を供え幣帛を立て、生贄を供え神事をすることが久しく続いていました。それで、この人身御供になる女子は、葭原あたりの里々にては、いかなる人の娘であろうとも、十五歳になれば牲(にえ)の役をしなければなりませんでした。

 そのような在所に大変有徳な人がいましたが、一人娘を持っていました。もうじき十五歳になるとき、やがて牲の役に差し出す番が回ってきて恐れおののき「いかがすべき」と、悲しんでいたが、ふと思いつき「代物はいかほどにてもあれかし、十五歳の女子を買い取りて、我が娘の身代わりに立たせばや」と、言って多くの人に数限りない宝を持たせ国中を探しに行かせました。しかし十五歳の女は沢山いましたが「牲の為」と、聞けば売ろうという者はいませんでした。

 仕方なく他国にも足を伸ばし尋ね行き、熱田に至ってここかしこ、密かに問い巡っていたとき、縁采女(えんねめ)は、是を聴き「我かくて憂き世にありとても、二親の御為に孝養すべき力もなし。あはれこの身を売りて父母の孝養せばや」と、思う。しかし、または「このまゝ姿を替え、尼僧となり食を乞いながら野宿などして、各地を巡り歩いて修行(頭陀)を行い、諸国を巡り、霊仏霊社をお詣りして両親の菩提を弔いをしようか」と、心を一つに定められず、寂しく窓際の脇息(おしまづき)に寄りかかり、むなしく空をながめ、しばらく目を閉じ、仇なる浮世に思いをめぐらせば、梢の露、元の雫の儚い見本。嘆いてもなお、余りある愛する者との別れの苦しみ(愛別離苦)と悲しさで満ち溢れるのであった。

 誰か会う者は、必ず離れる運命にある(会者定離)ことを、免れるだろうか。恐れても恐るべきは、この世(娑婆)の妄執。苦しみの絶えない人間界の煩悩は、火に焼かれる家(三界無安猶如火宅)のようだ、と法華経は説いているように、栄耀栄華も身の仇になるでしょう。たまたま一時の栄えを楽しむ人であっても、稲妻の光や朝の露(電光朝露)のように夢の戯ぶれ、または命は蜉蝣(ふゆう・カゲロウ)の如く、朝に生まれ夕べに死ぬ運命にあります。身体は、芭蕉が風になびいて破れやすいのと少しも違いが無い。松の木の千年の緑も、最後は朝顔(槿花)の、一日の影を待つのに似ている。それは朝には紅顔であっても、世渡りの道(世路)に誇ることがあっても、夕べには白骨になって野原に朽ちてしまう。宵には澄みわたった月(朗月)を愛でても、暁には別れの雲に隠されてしまう。

 このように拙い露のような身でありながら、諸国を巡って永らえて行くならば、人間の心は花の色の移ろいにならい、押すに押されぬ仇びとの思わぬ事に出会って、来世に悟りをひらく(後生菩提)妨げとなるのも、浮世の業であろうから、そのような心変わりに至って後悔するとも構わないと、成り行きに任せて生きて、何処かの里へ一人留まるべきであろうか。でも、しかし、生を代え極楽世界に生まれて、父母一族諸共に、一つの蓮の縁になるのが一番であろうと思いを定めて、縁采女(えんねめ)は、密かに人買い人の宿に行きました。人買い人と話をする姿は、傍目から見て誠に哀れに見えました。

 縁采女は、人買い人に向かって「今年十五になり侍るが、幼少にて父母に死に遅れ、みなし子となりて、叔母御の御憐れみにより、今まではかくて過ごす也。しかれば親たちの御跡を弔い申したく候へども、この身貧なれば力なし。今御方々のお尋ねある年にあいまいらせ候こそ、身の幸いにて侍れば、妾が身を売り申すべし。去りながら、父母の孝養のほどは身の暇(いとま)を給わり候へ」とお願いする。

 人買い人この由を聞いて、「さても不憫なる事仰せ候や、志のほどの哀れさよ」と、言って涙を流したが、そうは言っても申しとどめる理由もないので、「さて代物はいかほどまいらすべき」と言う。「三千疋(一疋=10〜30文、一文=10円位)や給らん」と言えば、「安いものだな」と言って、鶏銭三千疋を縁采女に与えました。縁采女、これを頂いて親しき人々を頼んで、御僧達を招き一日中経を書き、塔婆に供えました。

 父母精霊、並びに一門の人々が、速やかに極楽往生すること(頓証菩提)と、回向をお祈り申して、それからさらに、お宮に行き「南無大明神、この年月歩みを運びし御利生(ご利益)に、父母諸共、同じ蓮の縁となしてたび給へ」と、懇ろに祈誓しました。そして、我が家に帰り日頃住み慣れた所を見渡せば、蓬生も、庭(?・えん)の呉竹も一しお懐かしく眺めて、泣きながら哥を詠みました。

 〽今はとて わかれ行く共 袖ふれし 軒のしのぶも 我をわするな

と眺めながら、叔母御の御方へ、ふみを細々と書きしたゝめました。その言葉も、これまでの年月の御情けはなかなか書き尽くすことが出来きません。もう一度、お会いして暇乞いをしたいけれど、思い切って決めたこの身なので、もし叔母様が嘆きの色を見せられたなら、中々後の世の障りになって決心が鈍ってしまうので、お知らせもできませんでした。

 「喩(たと)ひ空しくなりたりとも来世にては必ず参り逢い、ご恩を報じ申すべし。只とにかく御ゆくゑをも見とどけ申さで、かくはかなく成りゆき候へば、さこそゆい甲斐無きものとおぼさるべし。これのみ心にもかかりまいらせ候へ。此の文を我なりと思しめせ」など書きつらねて、

 〽露の身の 消えむ命は 惜しからず 君が心の ほどぞ悲しき

と書いて、唐の鏡に鬢(びん)の髪を少し切って文に添え、涙を拭いながら置きました。又日頃なじみ深い人々にも、とりわけ書きたいと思うのだけれども、自分の心の悲嘆によりうまく書くことが出来ないので、只「御名残り惜しや」とのみ書きました。

 夜が明ければ必ず人買人の手に渡るこの身、今夜一夜のなごりに浸って、夜もすがら泣き明かしていると、初音を告げるホトトギス(時鳥)が、我は顔に「不如帰(帰るにしかず)」と啼くのを聞いて、これは冥土の使いだろうと思って、

 〽あたら夜の 死出の田長の 一声も 我夜道をや 誘いきぬらん

と空を眺めると、まだ東雲の明け切れていないうちに、人買人が来て、「早く支度しろ、早く」と責めたてました。

 縁采女(えんねめ)は、父親から貰った守り仏の観世音を首に掛け、金泥で書かれたお経一巻、水晶で出来た数珠を持って、人買人の男達と連れだって駿河の国へ急ぐのであった。心の内は本当に哀れでした。

続く

閉じる コメント(6)

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こんにちは。
一気に読んでしまいました。やっぱり現代語訳はいいですねェ。
長文でお疲れ様でした。
昔話には大蛇や龍がよく出てきますね。
そして大蛇の化身は女が多い。
このお話は仏教用語も多いのですね。
馴染みある「白骨の御文書」の一部も。

2011/4/25(月) 午後 2:57 あふみ

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あふみ さん、こんにちは。
読んで下さりありがとうございます。
初めて現代文で読みやすくしてみました。多分原文のままでは誰も読まないと思いまして、挑戦してみました。縁采女の話は、あまり出されていないのか検索をかけても、浮世絵の画像ばかりでしたので、是非皆さんに読んで欲しいと2週間ぐらい掛けて準備しました。

2011/4/25(月) 午後 3:36 yoshy

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私も拝読させていただきました!この文に☆ポチですよ!

2011/4/25(月) 午後 9:45 [ 清水太郎の部屋 ]

こんばんは、親孝行と人々の苦しみの為に身を惜しまず生贄になる覚悟をするんですね、消える命よりも父母様...ホトトギスのの声にも気は変わらない...仏の心なのですか?
続きが楽しみです。。

2011/4/25(月) 午後 10:07 miho

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太郎さん、久しぶりです。
ありがとうございます。今回の記事は、仏教語がおおく、単語の検索だけで1週間かかりました。その単語がぜんぶ、仮名だったりして、全く意味不明でしたよ。少し謡本読んでいたから良かった。
また来てくださいね。

2011/4/25(月) 午後 10:22 yoshy

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美穂さん、こんばんは。
「大倭二十四孝」なかなか、おもしろい本です。とくに「熱田の縁采女」は、ハラハラドキドキして面白かったので、是非みんなに読んで欲しかったですよ。

2011/4/25(月) 午後 10:27 yoshy


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