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特別企画 熱田の縁采女-1より続き 現代文です(一部会話など文語)
程なく葭原の在所に着いてあるじの夫婦、縁采女(えんねめ)を得て喜ぶこと限り無しであった。まずは、その祭りの日までは、いたわり、色々な珍しい物を与え縁采女をもてなしました。縁采女は心に思うことは、「我はほどなく消えなん身なれば」と、返事の間も惜しいと、昼はずっとお経(仏さまの教え)を読み、夜はずっと念仏(仏さまを念ずること)を申しあげて、二親に回向(死者の成仏を祈って供養を行うこと)し、又自身の後世も祈り続けました。
あるじの夫婦も、親の追善のため身を売った人と聞いて、その志を感じて哀れんで、常々、慰めの言葉を掛けるのであった。そうしてはいても、羊の歩み(死が近づいてくることの例え)の如く月日はかさなり、はや六月十四日になりました。明日は例の所のお祭りだと、あっちこっちで賑わい騒ぎながら、夫婦の家にも「牲(にえ)のご用意をしてください」と、里々より使いが来て確認する。女房も涙を流しながら、縁采女に向かいその由を伝えれば、縁采女は思い切り身ながら、さすがに胸が塞がれる思いして、心ならずも泣き崩れた。
今宵一夜の露の如くの命の儚さに、思いをはせる。なお父母を思い出すのは、あの折りもホトトギスが啼いていた、
〽時鳥(ほととぎす) なれも冥土の 鳥ならば 我がかぞいろ(父母)の ありか教えよ
短い夜の月も、たいへん明るく、つくづくと眺めながら、
〽あふぎなれし この世のみかげ 後の世の 闇をも照らせ 有明の月
と詠じて涙を流してうつ伏せる。あるじの女房も心ある人で、この哥を聞きながら「さても哀れな哥や、いたはしの心や、このほど馴れ参らせ、心のほどをもひき見せしに、ただ人の姫とも覚えず。何事に付けても、愚かなる事も負わせぬ人を、かゝる憂き目にあわせ、失はん事の哀れさよ」と、言って共に涙を流した。
縁采女は女房に言うには「このほどの御心ざし返す/\も有難ふ侍る也。我むなしくなるならば、一遍の御念仏の回向にもあづかり候はゞ、後の世までのご芳志にて候べし。この身、命は父母のためすてをき候へば、大蛇の餌食とならん事、露、塵ほども惜しからず。ただ後生こそ悲しく侍る」など、細々と言い語れば、漸う/\月も入りがたになって、鶏の声(八声の鳥)が聞こえる。
東雲の雲も心細く引き別れる折りし時、野寺の鐘の音、すごく生滅々(生ずると滅びること)と告げ知らせる。「あれ!聞き給へ。こや(此れや)(祇園精舎の)無常院の鐘の音の、我を誘える声ならん」と言って、縁采女、
〽響きくる 無常の鐘の 声聞けば 露の命の 程ぞ悲しき
あるじの女も泣きながら
〽誰とても 遁れやはせん わたり川 遅れ先立 道ぞ悲しき
大変しみじみと言い交わしながらしていると、郷人多く来て「牲の娘を、疾く出したて給へ」と言う声を、遠くから聞けば、あるじの女房も胸打ち騒がれ、よろ/\と立ち上がり、祭りの儀式の支度をするのであった。
縁采女もこの声を聞き「此れやゑんわう(閻魔大王)の使ひに獄卒共の来たれるにこそ」と思い、心も心ならず。しかしながら、思い決めたことなので、今更驚くこともないだろうと心を変えて、最後の旅立ちの支度をして庭にでてみれば、里人、立ち寄り四方輿に縁采女を乗せ、あの淵の際に連れてきた。祭りのおりであるので、人々あまた御幣を持って、姫を床の上に据え置いて、供物を供え苞(つと・土地の産物、贈り物)をあげ、神事をなして日が暮れれば、皆、里々へ帰って行った。
さて縁采女は、ただ夢のように生きた心地もないのだけれども、気持ちを取り直して、肌の守りよりお経を取り出し左に持ち、右の手には水晶の数珠をつまぐり、西に向かい目を閉じ、「南無帰命頂礼(仏神の名の前に置いていう言葉)三世の諸仏、十方の菩薩(じっぽう・四方、四隅、上下の菩薩)、梵天帝釈(仏法護持の神)、四大天王(天に住む仏教における4人の守護神、東方持国天・南方増長天・西方広目天・北方多聞天)、とくには氏神熱田の大明神、三十番神(交替で国や民などを守護する30柱の神々)、十羅刹女(天における10人の女性の鬼神)も我をあはれみまし/\て浄土へ導きおはしませ」と、一心に渇仰しながら待っていた。
そうしながらその夜の子の刻じぶんに、川波、にわかに振動してしきりに逆巻く水の底より、とても恐ろしい大蛇の姿が現れた。長さは百丈(300m)もあり、両目は日月のように光り輝き、皮膚のひれは剣の刃を植え列べたように見え、頭には枯れ木のような角を振り立てて、縁采女がいる床の上に頭をさし上げ、真っ赤な舌を振り立てて飲まんとする時、これが最後と念仏し、あのお経を額に押し当てて「わくぐあくらせつ どくりうしよきとう ねんひくはんをんりき(或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力・観音経)」と、唱えれば、お経から光が出て縁采女を照らし始めた。その光は大蛇から見れば、八尺の剣を振るように見えた。それゆえ縁采女を飲み込むことが出来ず、あたりから去ると見えたが、しかし、大蛇は大いに腹を立て、怒りを為して雲霧を起こし、大風を吹かし、尾で水面を叩けば淵の波は震動して、上へ下へと波打つ。
その時、黒雲舞狂い、月の光も埋づもれ、大雨しきりに降りくだり、長夜(じょうや・夜じゅう)の闇になったけれども、「あら!ありがたや」。お経の光はなおも輝き増し、辺りを払って明るく照らし出した。輝ける所に喜見城にいらっしゃる帝釈天大王が、ご叡覧あって「それ下界広しと雖も、かく心ざしの切なる女は無し。いざや諸天、下界に降り大蛇を平らげ縁采女を助くべし」との算段にて、四天王諸共に、刹那(瞬間)が程に天下りまし/\て、かの大蛇を八つ裂きに裂いて投げ捨てた。
そうしてから帝釈天は、縁采女の頭を「善き哉/\」と三度撫でてくださり、「いざや縁采女、かく浅ましきこの下界に住みて何の要や有る。我が都へ具すべし」とて、紫雲に乗せて諸天とともに、囲繞渇仰(ゐねうかつがう・3度仏の周りを巡って礼拝すること)して、喜見城にお帰りになった。孝行深い縁采女は、死ぬことなく生きたまま、とう利天(六欲天の下から二番目の天)の喜見城に昇って、楽しみを極めたとか・・・。
このような奇瑞は上古も今も末代も、例しの無いことのように覚えます。であるから、此の縁采女は熱田の大明神が、あの大蛇を退治し、衆生を助けるためのご方便として、仮の女に姿を替え、孝行深い輩の威徳(威厳と徳望)を現したものであった。その有様の有難さは言葉に尽くせないほどです。
熱田縁采女 終わり
仮名草子・大倭二十四孝 第十三・熱田縁采女事、元禄十一年
古典文庫からyoshyが、現代文にしました。
仏教用語が多く、間違った使い方など気がつきましたら、そっと教えてください。
原文はこちらで見られます。
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熱田の縁采女
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ホトトギスは冥土の鳥とありますが、どんな関連あるんでしょうか。
2011/4/25(月) 午前 11:45 [ 栗の木童子 ]
栗の木童子さん、こんにちは。
漢文の古典に由来に由来してるみたいですね。
「杜宇」と言う人が関係してるみたいです。
とにかく迷信が一杯関係している鳥ですね。
2011/4/25(月) 午後 0:05
こんにちは、縁采女のお話わかりやすく読ませていただきました。
昔は世界中で、生贄の儀式があり、自然の恐怖が、化学の発達してないときはむごいやり方で災害を沈めていたんですね。今も大災害には
なすすべが無い人類ですね。ポチ
2011/4/25(月) 午後 4:34
tabibitobpさん、こんにちは。
初めて現代文で記事アップしました。
アップアップです。(^_^)b
あまり知られていないけど、面白い話で楽しんでいただけましたら、
嬉しいです。ありがとうございます。
2011/4/25(月) 午後 4:54
嬉しこの話に☆ポチですよ、つくづく信心の大切を感じますたよ、この詩に☆ポチですよ!
2011/4/25(月) 午後 11:49 [ 清水太郎の部屋 ]
太郎さん、ありがとうございます。
帝釈天が、縁采女の頭を撫でるところに、ホロッ!と、来ました。
こんないい話が、日本の記憶から無くなりませんように!
2011/4/26(火) 午前 0:03
これだけの文章を現代文にして頂けた事に感謝です。
小学生の時に人形が演ずる映画を見たのですが凄いインパクトが残っていたのにも関わらず何の物語だったか今日まで分からずにいました。
読んでいるうちにこのお話だったのかと・・・これも何かのご縁でしょうか
どちらの文章にも傑作大ポチです。yoshyさんありがとう♪
2011/4/26(火) 午前 0:28
御案内をいただきありがとうございました。
興味深く読ませていただきました。孝行話としてはとてもすぐれていると思います。これだけの文章を現代文にするのは大変なことだと思います。
作られた話でしょうから詮索は無用でしょうが、駿州「葭原」を「吉原」とすれば洪水をひきおこす川となれば富士川ということになるんでしょうか。しかし地元にはそうした伝説は残念ながら伝わってないようです。物言いを付けるつもりはありません。
遠州・桜ヶ池(御前崎市)に竜神(大蛇)伝説があります。秋の彼岸に赤飯を詰めたお櫃を池に沈めて竜神に供える奇祭で知られています。来月に高天神城址とこの池を訪れる予定を立てています。
ご存知でしょうが、熱田といえば宮の宿の旧東海道(東寄り)に裁断橋の擬宝珠(ぎぼし)に掘り込まれた母の文章があります。これは小田原役で戦死した息子への母の悲しみが刻まれて胸を打ちます。
→http://blogs.yahoo.co.jp/seizoh529/33258202.html
アドレスのコピーを載せただけでは入ること出来ないですね。
我がブログの「感動話」97話です。
2011/4/26(火) 午前 5:46
komamaさん、おはようございます。
そうですか、このような人形劇の映画があったんですか。
調べてみたいですね。遠い記憶の話が、「これだ!」ってことありますね。私は「路傍の石」という映画がそれでした。年がわかちゃうなぁー!?
楽しんでいただき嬉しいです。読んでくれてありがとうございます。
2011/4/26(火) 午前 8:45
勢蔵さん、おはようございます。
良かった、勢蔵さんにご案内して。「きっと何か情報が得られるかな」と、思ったからです。各地の龍神伝説や地名から検索したんですが、分かりませんでした。
ただこの話が、消えることなく皆さんの目に留まることを願って書き起こしました。
「裁断橋の擬宝珠の文章」これから読ませてもらいます。
読んでくれてありがとうございます。
2011/4/26(火) 午前 8:46