女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)
女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下
24段(伊勢や日向の事)
私にとって最も難かしい「女郎花物語」、この段を含めてあと2話しかありません。
そして最大の難関の段です。とにかく長い。先に「梗概(こうがい)」をお知らせします。
源氏物語 湖月抄の作者・北村季吟先生は、「女郎花物語」をうら若い女性のために、
女訓・哥物語として書き集めてきましたが、「伊勢や日向(ひゅうが)」になってしまったと言い、
そして「伊勢や日向」の言葉の語源譚(たん)を説明していきます。
今は「伊勢や日向」という言葉を、ほとんど使いませんが、
「支離滅裂・有り得ない事」という意味です。
同じ日、同じ時に死んだ、伊勢と日向の二人の男が、閻魔様の前に立ちます。
一人は寿命が尽きて死にましたが、もう一人は手違いで死んでしまいました。
手違いで死んでしまった男を、娑婆に帰そうとしましたが、身体は火葬にされてもう有りません。
仕方なく寿命が尽きて死んでしまった男の身体に、「魂」を入れて娑婆に復活させました。
そう、心と体が「ちぐはぐ」になってしまったのです。・・・
此物がたり もとすゑをもしらぬ わらひくさの
いろはなれども いとけなき をうなのため
に かきあつめ侍れば さながら 伊せや ひう
がの 物がたりのやうなることゞもになん
侍る それ 伊せや ひうが と申 おこりは
むかし すいこてんわうの御宇に ひうがの
もとすゑをもしらぬ=本末を知らぬ、物事の始めと終わりを知らない
いとけなき をうな=幼い女の子
伊せや ひうが=伊勢や日向、話に脈絡がなくつじつまが合わないこと
国に さいきのつねもとゝいふもの有けり
とし四十一にして 世をはやくす おなし時
にあひて 伊せのくにゝ ぶんやのよしかず
といふものあり これも 四十一にして おなし日
のおなし ときに みちのほとりにして あ
くじする神に ゆきあひて はからさるに
死にけり かれこれともに ゑんまのちやう
にまいるに たいしやくの のたまはく 此
めし人一人は ぢやうごうのがれがたし いま
一人は あらふる神のあたにあへり いまだ
しやばのえん つきず はやく これを返すべし
と のたまふに 一人のくしやうじん 大きな
るふだを さゝげいできたりて いはく 此めし
人 ひごうなりといへども はや ぢやうごうなり
そのゆへは しやばにとゞまる事のたまの
うつは物 火にほろぼして 玉のいるべき
うつはものなし と申に たいしやく やゝ しばし
あんしたまひて、のたまはく かのめし人
これかれおなしとし 日しやうなり はやく
かのものゝ やかたに入て かへせと きこゆれ
あくじする神=人に災いや害を与える神
ゑんまのちやう=閻魔の庁
たいしやく=帝釈
ぢやうごう=定業、前世の業によって定まっている命
くしやうじん=倶生神、人の善悪を記録し死後に閻魔大王に報告するという2人の神
たまのうつは物=魂の入る器物、つまり身体
かのものゝ やかたに入て かへせ=日向の者の体に伊勢の者の魂を入れて復活させろ!
ば ごくそつ みゝをたてゝきく 此くしやう
じん よしかずをゐて かたはらなる所へさり
ぬ かゝるほどに かのつねもとが さいしども
わかれをかなしひて むしよのほとりに 日
/\に ゆきてみるに 四日といふに あたら
しきつかのいたゞき 四ほうへくづれたり み
な人 あやしひて ほりいだして 棺(くわん)をあけ
てみれば 死人つぶらかに見ひらきて くわん
のうちにふせり さいし おどろきながら
よろこびて とりいだして ことのよしをとふ
に 此よみ人 四はうを見めぐらして ゐなみ
ゐたる人々のかほを見て 物もいはず 引か
つぎてふしぬ さいしよりそひて ひざに
かきふせて いかに/\といふに 此よみ人
のいはく 我は さらに此国 このさとの人に
あらず なんぢがちゝにもあらぬなり 伊せ
の国 いすゞ川のほとりに ぶんやのよし
かずといひしものなり あくじする神に
ゆきあひて みちのほとりにして はから
ざるに しゝたりしを 此国のしにん おなし
むしよ=墓所
とし おなし しやうにしもありければ わが
からは はいとなりて なきによて その玉を
なんぢがちゝの かばねに入て かへりたるなり
なんぢがちゝは しゆくえんふかくやありけん
おなし一わうのめし人の かずにつらなり
てありしかとも ぢやうごうかぎりありて め
いどに とゞまりたれば かへり侍るべきに
あらず といふに 国こぞりて ありがたきこ
とにして 人をさしつかはして よみ人の
をしゆる所を たづねきかするに つかひ
ほどなく たづねあひにけり ことのよしを
かう/\と かたるに さいし まことならず思ひ
ながら なつかしさのあまりに やがて かの
つかひにぐして ひうがの国へ こしてけり
さて ゆきてみれば さらに我ちゝならず とし
のほどばかりぞ これほどよ と見ゆれども
さらでは すこしもにたることなければ かの
いせの国のさいし さらにむつましきこゝろ
なし さるを かのよみ人 これを見つけて
これこそ 我子 我つまよと いひてゐより
から=骸、亡骸
玉=魂
つゝ 女の手をとりて 我さまは ことなりといへ
ども たましゐは なんぢがおとこなり とて
ゑんまわうの のたまひしこと ありのまゝ
に かたりつゝ 我となんぢと おもひはじめて
ありしこと つまとなり おとことなりし
ちぎりのこと 三人の子の 太郎はそれがし
とし いくら 次郎はいくつ 三郎はことに
かなしくおもひて ことしはいくつ きて わかれ
しとき きて出し物は しか/\など かたり
侍るに すこしもいつはりたるべきことなし
されば かたちはことなりといへども たましゐは
それなれば かの伊せの国のさいし むつまし
みの こゝろふかし 又 ひうがの国のさいしをば
つまならず 子ならずと よみ人はいひはなて
ども かたちも こゑも まさしくそれなれば
したしみのこゝろ 伊せの国のものにもまさり
たり されども 心は いせのくにのものなれば
やう/\ ほどへて 伊せの国の女 我くにへ
ゐて かへりなん といふを おとこも 子も 我国なれ
は つれてかへるべき よしをいふに ひうがの
国の子 二人 はゝともに いふやう まことに たま
しゐは此国の人にあらず すがたは 我ちゝ
のからにておはすれば それをおしみたて
まつるなり たましゐは 目にもみえず いかゞ
おはすらん まよひのまへに しりがたし たゞ
からを したひたてまつれば 外へは やり
たてまつらじ せちに たましゐに こゝろ
ざしふかくて ゐておはすべくは 玉しゐばかり
をさそかて かへり給へ からをば これにとゞめ
たてまつるべし 二たび ちゝにわかれたて
まつるべき 我らにてこそあらめ といひければ
伊せの国のもの ことはりなるがゆへに ち
からをよばず さるあひだ 世こぞりていふやう
かれがたましゐを したしむも これがかたち
を したしむも さりがたき ことはりなれば はや
/\ かれこれ 二人の女 共につまとなり 五
人の子 かれこれ子となりて 此国にすむ
べし といふによりて いづれも さりがたきにて
かくしつゝ かのくにゝ すみわたるに たがひ
に 八人のものが こゝろへだてなく おもひて
玉しゐ=魂
ありわたるを いにしへの物がたりをするに
ひうがの国の ものゝかたることは まさしくある
ことなれども よみ人のために あとかたなき
ことのやうにおぼゆる 伊せの国のものゝ
いふことは まことにあることなれども かのも
のゝためには つや/\なきことゝ おぼえけり
されば それよりして しんじちは たねある
ことの さだかならずして ふどうにおもて
かはりたることを 伊せやひうがと いふなり
かの伊せやひうがの 二人のつま あるひは めに
見えぬ たましゐをしたひ かたちをしたしみ
てだにも おとこをたいせつにおもひて 二
人の女 ねたき心をも もたで つまとなりて
ひとつ所に あひすむこと やさしく侍れ
あはれなるかなや まさしく 我おとこの かた
ちなれば むつましく おもひ侍れば こゝろは
たにんなり むつましく 物をいひ こゑまで
まさしく 我おとことおもひてしたしめば 又
かたちは たにんなり かく侍るをだにも いも
せの ならひは たいせつにおもひて あるひは
しんじち=真実
ふどうにおもて かはりたること=不動に思って変わりたる事、
動かないと思っていたが変わってしまうこと、有り得ない事
いもせの ならひ=妹背の習い、夫婦のならわし、習慣
とをき国にゆき さいしは 人の物共 こゝろ
へだてなく あひすむためし侍れば すがた
心も かはらず たいせつに さいしをおもはん
おとこには なにのうらみか侍らん いかに
も おとこをありがたく いとおしく おもふべき
ことにこそ侍れ
結論は、身体も魂も一つで、家族思いの優しい夫を、
「ありがたく、いとおしく、おもふべき」と有りました。
夫は妻を労り、夫婦仲良く、互いに感謝しましょう!
軽鴨の介______φ(.. )
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