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小倉百人一首 33番 紀友則(き の とものり)
さくら・サクラ・桜。
久かたの ひかりのとけき 春の日に
しつ心なく 花のちるら舞
いつものように、出典から。
この哥は、古今和歌集からです。最近、古本屋さんから
「契沖筆・古今和歌集 鶴見大学版」を、手に入れました。
契沖の筆づかいも含めて、観賞してください。
古今和歌集 春 契沖筆
さくらの花のちるをゝしめる
紀友則
ひさかたの ひかりのとけき はるのひに しつこゝろなく 花の
ちるらん
哥意は、うらゝかな日の光。穏かで長閑な春の日に、
どうして(桜)花はあのように落ちついた心もなく、
あわたゞしく散るのであろうか。
「ひさかたの」は、「天」「空」「月」「雲」「雨」「光」「夜」「都」などにかかる枕。
「しづ心なく」は、静かな落ついた心もなく、気ぜわしくの意。
詞書に、「桜の花の散るを惜しめる」とありますね。
うららかな春の日に、そう、風も強くは吹いていないのに、
どうしてあわただしく桜の花が散るのでしょう。
たいへん惜しいと言ってます。
紀友則さんは、紀貫之とは従兄ですね。
古今集に四十七首収録。その数は貫之・躬恒に次いで第三位です。
かつて歌合に「初雁」を題としたのに友則の歌の上の句「春がすみ」と読み初めたので、列席の人々は「秋なのに春がすみとは」と笑ったのですが、下の句「かすみていにし 雁がねの いまぞ鳴くなる 秋霧の上」というすばらしい哥であったので、笑った人々は大いに恥入ったという話があります。
出典は、十訓抄からです。
これだけは、長いので片仮名を平仮名に、濁点も補いました。
寛平哥合に 初雁を友則
春かすみ 霞てい(去)にし 雁がねは 今ぞなくなる 秋霧のうへに
とよめる 左方にて有けるに、五文字を詠じたりけると
き、右方の人こと/\く嗤(笑)けり、さて次の句に かすみてい
にし と云けるにこそ、音もせず成にけれ、物を聞きもはてず
ひたさわぎに笑事 あるまじき事也、又さやうに思が
けぬ事も よむまじきにや、又人ありて 誠のあやまりを
したりとも、我ため苦しみのなからんに、強(あなが)ちに難じそしり
ても 何かせむ、
(昔の片仮名も拡大して観賞してくださいね。古今著聞集にも同じ話があるそうですが、影印の手持ちが有りません。(笑))
最後に、友則の「桜」を詠った一首 友則集から(古今集にも同じ哥有り)
さくらの花のもとにて 年の老ぬることを思ひて
色も香も おなしむかしに さくらめと
年ふる人そ あらたまりける
花は色も香りも、昔と同じに桜は咲いているようだけれど、
年を重ねた自分の方は、新たに老いてしまった。
歳を取ってくると、桜の咲くのをあと何回、見られるだろうか?
今年も桜を見ることが出来た。
こんな言葉を、年配の方々は言いますね。
年々歳々花相似たり、
歳々年々人同じからず。
生きている限り、桜を楽しみましょう。
木花咲耶姫の御加護あれかし。
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