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陛下がお田植え
瑞穂の国だな〜
陛下のお写真は、ネットから拝借です。
明治維新百年記念
明治天皇御製
ヒメヒオウギ
今、パン教室に通ってます。
いつもは美味しいパンを持って帰りますが、今回はケーキでした。
見てくれて、ありがとうございます。
在庫一掃です。
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こんにちは、ゲストさん
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陛下がお田植え
瑞穂の国だな〜
陛下のお写真は、ネットから拝借です。
明治維新百年記念
明治天皇御製
ヒメヒオウギ
今、パン教室に通ってます。
いつもは美味しいパンを持って帰りますが、今回はケーキでした。
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小倉百人一首 8番 喜撰法師(きせんほうし)
久しぶりに百人一首です。エイッと開けた頁が、喜撰法師でした。
喜撰法師
我いほは 宮このたつみ しかそすむ
よをうち山と 人はいふなり
我が庵は 都の巽 然ぞ住む
世を宇治(憂し)山と 人は言ふ也
私この哥、昔は「鹿ぞ住む」と理解していました。(笑)
「しかぞ」は、「然ぞ」。これは「さぞ」とも読むね。
「そのように」なんて意味です。
「鹿ぞ住む」と言う説も有るそうですが?
それでこの哥の語釈は、
我が庵は都の東南に、このように住んでいるよ、
人は世を憂しと隠遁して、宇治山に居ると言っているそうだ。
人は憂しと隠遁してしまったと言ってるけれど、
私としては「そうは思っていないよ!」と、言う気持ちがあると言われてます。
湖月抄や女郎花物語の作者、北村季吟は、「我はこゝにしかすめども世をうく思はぬといふよしなり」と、解釈しています。
さて出典です。
←古今和歌集です。雑下・983
きせむ法師
我庵は みやこのたつみ しかそすむ 世をうち山と 人はいふなり
貫之は、古今集・仮名序で喜撰法師を、
このように評しています。→
宇治山の僧
きせむは こと葉かすかにして はしめをはり(始め終わり)たしか
ならす いはゝ秌(秋・異字体)の月をみるに あかつきの雲に
あへるかことし(小さい文字「わかいほは 宮古のたつみ しかそすむ
よをうち山と 人はいふなり」)同じ写本の中でも、使ってる文字が違います。
六歌仙の一人だけど、古今集と玉葉集で2首以外、
確かな哥は伝わっていない。少ないね。
う〜〜ん、六歌仙なのに言葉 幽(かす)かです。
さらに、生没年不詳、伝不詳ですから、
「始め終わり」も確かではありません。
秋の月を見ようとしていると、暁の雲が遮ってよく分からないように、
ナゾの坊さんです。
紀貫之さんが、そう言ってるんですから、私はもっと分かりませんね。
←古今六帖にも、同じ哥が載っていますが、
すこし文字が違います。違うところ色変え
喜撰法師
我宿は 都のたつみ しかぞすむ よをうぢ山と 人はいふらん
2首目のもう一つの哥は、玉葉集・400→
題しらす 喜撰法師
木の間より みゆるは谷の 蛍かも
いさりにあまの うらへ行くかも
多くは「海へ行くかも」と有りますが、この写本では「浦へ行くかも」。コピペの怖いところです。
なにやらワケが分からなく、難しくなったので、
宇治とお茶について、簡単に話します。
宇治にお茶を持ってきて、栽培を教えたのは「明恵上人」。
上質なお茶の産地として名声が有りました。
その宇治に昔、住んでいたのが「喜撰法師」。
上質なお茶のブランドに「上喜撰(じょうきせん)」がありました。
もちろん「喜撰法師」に、ちなんだネーミングです。
ここまで来れば、みなさんお分かりですね。
ペリーの黒船(蒸気船)来航
「泰平の眠りをさます上喜撰 たった四杯で夜も寝られず」
こんな所にも、「喜撰法師」は登場しています。
真ん中のラベル「上喜撰」
お茶を濁して、蒸気船のように煙に巻きました。
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