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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻第二
上東門院
人皇六十六代 一条院の后 上東門院と申奉るは 御堂の関白
道長公の御むすめにて 本朝にならびなき美人なり ことに才智
すぐれて もろこしにも はぢ給はず 人をはぐゝみ 諸道のすたれ
たるを おこし 敷嶋の道を あふがせ給へば 万氏 たつとび奉る事
たぐひなし 此時 上道をこのみ給へば 下おのづから かしこくして
名人おほく世に出けり 中にも女哥仙のたぐひ 其数をしらず
凡(およ)そ我朝のうちに 名高き女をいふには かならず此御世をさす
とかや いともかしこき御事也 其上 我国の后に院号を かうふらせ
給ふ事 この女院より はじまらせ給けり・・・・
上東門院=藤原彰子、一条天皇の皇后、後一条天皇・後朱雀天皇の生母。
紫式部・和泉式部・赤染衛門・伊勢大輔などが仕えてサロンを形成した。
御堂の関白道長公=藤原道長、上東門院・藤原彰子の父。
後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の外祖父にあたる。
敷嶋の道=和歌の道、敷嶋は大和の異称、転じて日本の異称。
名人おほく世に出けり=上東門院のもとには、紫式部・赤染衛門・伊勢大輔・和泉式部らが出仕した。
このメンバー、すごすぎますね。まさに文化・文藝の守護者。歌仙のオンパレードです。
この女院より はじまらせ・・・=にょいん、三后・准母・女御・内親王などで、
朝廷から特に「院」または「門院」の称号を受けた女性。
平安時代、一条天皇のとき皇太后藤原詮子が出家の際に東三条院の院号を贈られたのに始まる。
上東門院さまは、女院の初めではなく2番目ですから、筆者は思い違いをしています。
上東門院さまが居なかったら、
紫式部・赤染衛門・伊勢大輔・和泉式部らが、
世に出ただろうか?
源氏物語の作者、紫式部。
和泉式部日記の作者、和泉式部。
栄花物語の作者、赤染衛門。
「いにしへの奈良の都の八重桜」で有名な、伊勢大輔。
全部、よだれモノの美人です。
これも上東門院さまの徳の賜物。
日本文化の擁護者です。
次回は「上東門院さまと桜」の話です。
乞うご期待。
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2013年10月15日
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