伊勢物語と仁勢物語

パロディーと諧謔の、仮名草子。

女郎花物語

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女郎花物語 下-16段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

16段(待ちぼうけの事)

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さい行ほうしを よび侍りけるに まかるべき
よしをば 申ながら まうでず 月のあかゝり
けるに かどのまへを とをるをきゝて

    たいけんもんゐんのほり川

  にしへゆく しるべとおもふ 月かげの
  そらたのめこそ かひなかりけれ

返し  西行法師

  立出て 雲まをわけし 月かげは 
  またぬけしきや 空に見えなん

参考1

さい行ほうし=西行法師、佐藤義清(さとう のりきよ)、藤原秀郷の9代目の子孫、
   鳥羽院の北面武士、NHKドラマ平清盛にも登場の歌人
まうでず=行くと言っていたのに来なかった
かどのまへを とをる=家の門の前を通るのを聞きて
たいけんもんゐんのほり川=待賢門院堀河、平安時代後期の歌人、女房三十六歌仙
にしへゆく・・=新古1976、「西行」という名のとおり、西方浄土へと導いてくれる
   道しるべと思っていた月の光がむなしい期待「空頼み」だったとは、甲斐のないことです。
   西行を月に例えている。
立出て・・=新古1977、雲間を分け出でて隠れた月は、「またぬけしき」(本当に待ってくれている
   様子がなかった)だったので、立ち寄らなかったのですよ。

参考2

新古1977では、

  たちいらで 雲まをわけし 月かげは またぬけしきや そらにみえけん

こちらの方が、意味が通りますね。

西行法師と言えば有名な、

   願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ

ですね。能でも、「西行桜」は有名です。早く桜が咲いて欲しいですね。
永代橋際の「河津桜」もう少しで咲くかな??

イメージ 2


詰(なじ)り方にも、
優雅になじりたいものですね。

いつも詰られてる、軽鴨の介______\?\᡼\? 12


追加:
あぶさんが、西行上人終焉の地の弘川寺の記事をアップしてくれました。
ありがとうございます。感激です。皆さん見てください。

河南町 弘川寺 西行上人終焉の地 1
河南町 弘川寺 西行上人終焉の地 2

女郎花物語 下-15段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

15段(信仰の志と礼法の事)

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みちの国に すみける人の くまのへ三とせ
まふでん と ぐわんをたてゝ まいり侍りけるが
いみしうくるしかりければ いま二たび いかゞ
せん と なげきて 御ぜんに ふしたりける夜
のゆめに 見えけるとなん

  みちとをし ほどもはるかに へだゝれば
  おもひをこせよ 我もわすれじ

此哥 かたじけなくも くまのゝごんげんの しめ
し給ふ 御哥なり かやうに しんかうのこゝろ
ざし ふかく侍れば あながち 御ぜんにまいり
侍らねども 御めぐみに かなふならひなれば
かずならぬ にようばうなどは ほどとをき所へ
見ぐるしきていにて 物へまいり侍らんこと む
やくなり あるひは 国のしゆごをも もつべき
ほどの人の ほんごくにはなれ かたのごとくの
すまゐにてあらん人のつまなどは むげに
あをにようばう げす ひとりのていにて あり
き侍らんことは くちおしきしだいなり 世に
あらば くるまをとばせ あるひは あじろのこし
に きば五き三ぎ うたせてこそ ありき侍るべ

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きに それまでこそ侍らずとも すゝけたる
いたこしの きかな物うちたるに 所/\ や
ぶれたる 下すだれかけて たちはきの さふらひ
一両人 ちうげん 下わらは こしのぜんごにめし
つれ その外 あとにさがりて にようばうしゆ
一両人 げす はしたものを めしつれ わりご
さゝゑ ほかいに入て しちやうにもたせ まく
引まはし ほねをおりたるもの共に 酒を
すゝむるほどのことさへ かなはずは さる人のつま
などは ありき侍らんこと かへす/\ むやくなり
たとひ 二とせ三とせに 一たびなりとも かく
たしなみて 物へもまいり侍るべきなり たゞ 女
ばう二三人 きらめきいで立て 物へまいり あれ
こそ なにがしがつま よめよなどゝて 人に見
えんこと くちおしきことなり されば さりぬべ
き さふらひをば こがねにたとへ侍る こがね
は でいの中におちたれども けがされずし
て とりあぐれば そのひかり いみしきなり たとひ
ほんりやう ふちぎやうにて まどしくとも じごく
あらば などか とみさかへざらんや 我身のほどを

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おもひて 名をおしむべし ある詩にいはく

  遺文三十軸々金玉聲竜門(いぶんさんじふぢく/\のきんぎよくのこゑりやうもん)
  原上土埋骨不埋名(げんじやうのどにほねはうづむともなをばうづまざれ)

といふ詩の侍るぞかし これは、ぶんのそんけ
うこうが かきたるを ほめたるこゝろなれども
さふらひに こがねをたとへ なをおしむべきこと
を あらはし侍れば 申いだすなり かりそめの
ありきにも こしかき侍らずは しちやうになり
とも こしにて なにゝても 一人めしつれ こうぢ
をふれてありきたるは なか/\きらめきて い
で立二三人うか/\しく ありき侍るよりも
心にくきものになん侍る こしをよすること
つま戸のひだりを せうくわんするは、つねの
ぎなり 又 むこどり よめどりの こしをよするは
みぎを せうくわんするなり はじめたるきやく
じんのときは みぎをせうくわんするなり みぎ
といふは、のりぬしの ひだりなり 大かた こし

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を よするには 両はうより ねりよりて まづ
うはて したて さゆうにひざまつゐて つま
戸を をしひらきて さてこしのながえをとる
そのとき りきしや つなをはづして あひまつ
なり ながえに てをかくるときは りきしや
こゝろえて さしよりて そのとき つま戸に
こしをさしあてゝ うしろをあてゝ かしこまる
さて ことをはりて 内より ほと/\と つま戸
をたゝかるゝとき さゆうのやく人 さゆうの
つま戸をひらきて ながえをとるべき りき
しやこゝろえて 御こしを引いだすなり その
とき、さゆうのながえを りきしやに うけ
とらせてのち えんにてをつゐて かたて
にては つま戸を をしたつるなり そのとき
かんじよへいり つま戸の ぢやう木のある かた
はらなり そのぶん こゝろえ をしたつるなり
かやうのことは たれもしり侍ることなれ共
さふらひの ぜひ 子をたしなんで のるごとく
に さる人のつまなどは こしをもたしなみ
もちて ありき侍らんためなれば くわしく
しるしをき 侍るなり

参考1

みちの国=道奥(みちのおく)、陸奥国(むつのくに)、宮城県名取市の熊野神社縁起から
くまの=熊野神社、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の神社
みちとをし・・・=陸奥から熊野への道は遠い。無理に参詣しなくてもよいから、私のことを
    思い起こして祈願を送ってよこしなさい。私(熊野権現)もそなたのことは忘れはしない。
御ぜん=ここでは神前
あをにようばう=青女房、年若く物慣れない身分の低い女官
げす=下種・下衆・下司、身分の低い者、素性のいやしい者、下賤な者、召し使い
あじろのこし=網代の輿、竹または檜の薄板の網代で屋形をおおい、物見を設けた輿
いたこし=板輿、屋形を板で張り、一方または二方に簾をかけた軽装の輿、はんよ
下すだれ=下簾、牛車や輿の前後の簾の内側に掛けて、簾の下から外部に長く垂らした絹布
たちはき=帯刀、太刀を帯びること、太刀を帯びた人
ちうげん=中間、武家の奉公人の一部をさす呼称、城門の警固や行列の供回りなど
にようばうしゆ=女房衆
わりご=破り子・破り籠、ヒノキなどの薄板で作った容器、食物を携帯する弁当、めんぱ
さゝゑ=小筒・竹筒、水や酒を入れて携帯した
ほかい=外居・行器、食物を入れて持ち運ぶのに用いる器。形は丸く高く、蓋と外側へ反った
    三本の脚があり、杉の白木製のものや黒漆塗りのものなどがある
しちやう=仕丁、江戸時代は輿舁(こしかき)その他に従事した者、下僕
遺文三十軸・・・=白氏文集から、死んで骨になっても、名を残すことによって、
    名声は不滅のモノになります。
ぶんのそんけうこう=??
ながえ=轅、牛車などの前方に長く突き出ている2本の棒、ここでは輿
りきしや=力者、剃髪して院の御所・門跡・公家・武家などに仕えた従者。
    輿をかつぎ、馬の口を取り、長刀をもって供をした。力者法師。
かんじよ=閑所・閑処・灌所、人気のない静かな所、私室、手を洗う所、便所

参考2

大きくは前半と後半に別れます。前半は、熊の権現の優しいご神託です。後半は作法・礼法になっていきます。平安時代、公家では牛車を用いましたが、武家社会では輿を使い、輿を連ねての嫁入り道中が行われるようになりました。輿の乗り方の作法が、後半に書かれています。また、見栄とか外聞を気にしているようですね。まさに「恥」とか「体面」の文化です。礼法は、伊勢礼法と小笠原流礼法が有名ですね。木曾の義仲は、牛車に乗る心得が無く、牛飼にまで馬鹿にされたりしました。

遺文三十軸々金玉聲竜門
原上土埋骨不埋名

「君の遺した書は三十巻。巻毎に無上の響きを伝える。
君は龍門の原野の土に骨を埋めたが、名を埋めはしなかった。」と、云う意味です。
死しても、生きた証しは残したいですね。

宮城県名取市にも熊野神社があります。熊野信仰の熱心な信者だった名取老女は、年老いたために紀州熊野への参詣が叶わなくなって、困っていたところ、ある山伏の夢枕に熊野権現が現われて、東北に住む老女に伝えるようにと和哥を詠んだ。「道遠し 程もはるかに 隔たれり 思ひおこせよ 我も忘れじ」という哥であったという。老女は山伏から和哥を聞くと、いたく感激し、名取の地に紀伊熊野の分霊を勧請し「名取熊野三社」として現在に至る。

名取熊野三社


祈ることの大切さを、
名取老女物語から、学べました。
軽鴨の介______\?\᡼\? 12

女郎花物語 下-14段

久しぶりです。2日間必死に脇目もふらず仕事してました。両方の肩にサロンパスを貼りながら・・。
祭日と日曜日、遊ぶつもりが一転、恐ろしいメールが入っていたので、仕事になりました。

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

14段(父母に離れて嫁ぐ娘の事)

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ある女 おとこにつきて ゑつちうの国にまかり
たりけるに おとこ 女をやおもひけん こゝろ
かはりて つねにはしたなめけれども とにか
くに ねたきをも たえ忍びすぎけるが ある
とき みやこなる おやのもとへつかはしける 
きんえうしうに    よみ人しらず

  打たのむ 人のこゝろは あらち山
  こゝろくやしき たびにもあるかな

返し    おやのかたより

  おもひやる こゝろさへこそ くやしけれ
  あらちの山の 冬のけしきは

おや かくよみて たえこがれ むすめのことを かな
しひ 侍るとかや こゝろやすくあるよしを き
かんだにも とをき国に 子ををきたるおや さ
こそあるべきに こゝろくるしくきゝて なげ
くおやのこゝろ さこそと あはれにこそ侍れ
されば しやくそんの 御せつほうにも 女人は
ふうふのえんに したがひて とをき くにの
さかいに とをく ゆけども 父母のわかれを お
しむこゝろなし れんぼの おもひたえはてゝ

イメージ 2

をとづれも かよはず ちゝはゝの かたちをみん
と おもふこと さらにおもひよらず ひとへに他人
に身をまかせ ふかうの とがをもかへりみず ちゝ
はゝは たこくに ある子をおもふによつて はら
わたもたえ きも こゝろも きえぬべきによつて 
あけくれ 身をなやます 子の おもてを見んと 
ねがひ おもふことは のどかはきて 水をのま
ぬがごとし と 父母 をんぢうきやうに とき侍る
も ことはりと こそおぼえ侍れ とをき国に
くだりてあらん女は 一すぢに おとこを たい
せつに おもふべきなり たとひ 世のまかなひ 
かなはぬことにてもあれ 又 ねたきことにても
あれ たえ忍ぶべきなり ちゝはゝをすて しん
るいにはなれて たゞおとこひとりこそ たの
み侍れ ゆめ/\ こゝろ こはくあるまじき こ
とになん侍る おとこは 又 しんるいをすてゝ 
我ならで たのめらん人なければ と あはれ
ひて 一しほ 女をふびんに 思ふべきことにこそ

参考1

はしたなめ=半端なめ、格好が付かない、立つ瀬がない
あらち山=有乳山・愛発山(あらちやま)越前の国の歌枕
をんぢうきやう=父母恩重経、仏説父母恩重難報経、
    父母の恩に報いるべきという人の教えを説く仏教の経典
世のまかなひ=世を渡っていく上のやりくり

参考2

金葉和歌集 卷第九 雜部上 讀人志らず
男につきて越前國にまかりたりけるに男心かはりてつねにはしたなければ都なるおやのもとへいひ遣はしける

打頼む 人の心は あらち山 こしぢくやしき 旅にもあるかな

おや かへし

思ひやる 心さへこそ 苦しけれ あらちの山の 冬のけしきは


父母恩重経
 父母に十種の恩徳あり
 一、懐胎守護の恩 十月お腹に入れて守ってくれた恩
 二、臨産受苦の恩 死の危険を冒して陣痛に耐えて産んでくれた恩
 三、生子忘憂の恩 無事に生まれたときに我を忘れて喜んでくれた恩
 四、乳哺養育の恩 乳を含ませて育ててくれた恩
 五、廻乾就湿(かいかんじゅしつ)の恩 温かく乾いたところで育ててくれた恩
 六、洗灌不浄(せんかんふじょう)の恩 おしめを取り替えてくれた恩
 七、嚥苦吐甘の恩 子には美味しい物を食べさせ親は粗末なモノで我慢してくれた恩
 八、為造悪業(いぞうあくごう)の恩 子供を守るためなら親は悪いことさえ厭わない覚悟の恩
 九、遠行憶念(えんぎょうおくねん)の恩 遠くに行った子が帰るまで心配してくれた恩
 十、究竟憐愍(くきょうれんみん)の恩 生きている間も死んだ後でさえも子を思う親の恩

\?\᡼\? 46
妻は、親元から離れて、夫に付き従い、夫を大切にしなさい。
夫は、せっかく親元から離れて来てくれた妻を、大事にしなさい。
全ての男女の間に平安あれ! 親の無私の愛に感謝!

父母恩重経を、一字一句味わっていくと、
涙が出て来ました。有難きは父母の愛です。

軽鴨の介_______\?\᡼\? 12親不孝に反省


女郎花物語 下-13段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

13段(連歌上手の人の事)

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ちか比 れんがのじやうずといはれける人 ゐな
かにむすめをもち侍るかた
へ もみぢのちる
とて 一帋をかきてつかはしけるに

・いとなむこともみくるしく
・ろんずることもきゝにくし
・はらのあしきもうたてあり
・女人のこゝろつかひは
・ほんごくのしる人
・へんどなるしんるい
・とはゞうとむべからず
・ちかきあたりの物まいり
・りしやうはさることなれども
・ぬれきぬのたつきそ
・るすかちなるもさう/\し
・をろかなるおとこも
・わくるこゝろありつべし
・かきかよはさんをうなふみ
・よからぬことをえりすてゝ
・たゞそのことをことゝせよ
・れうしは人にもよるべし
・そめ物はくたみゑやうは
・つれ/\のひま/\に
・ねふりをさまし心をも

イメージ 2

・なぐさむるわざなり
・らうたけなるありさま
・むつましけなるこゝろばへ
・うらおもてなく打とけて
・いたる人にも見ゆべし
・のどかにておくふかく
・おほとかにてこまやかに
・くせ/\しからぬぞよからん
・やさしきうはへはかりは
・まことすくなかるべし
・けしからぬ物えんし
・ふるき世の人もみな
・こゝろあるはせざりき
・えならぬ哥の物がたり
・てのよしあしのほめそしり
・ゆきのあしたにながめやり
・めにちかきはしゐも
・見しれる人ぞあはれまん
・しらぬ人はきらふべし
・ゑかきその外花むすび
・ひいなのあそびもいとけなく
・物しらぬほどなり
・せばくもひろくもそのいゑに
・すはらば人のおやめきて
・京ゐなかをもしりたまへ

 これをだに せめての露の かたみとて
  我なでしこに のこしをくかな

かくかきて むすめのもとへ つかはし侍るとなん
¥¤¥᡼¥¸ 2
参考1

もみぢのちる=俳句では11月の季語
一帋=一紙、紙の異字体
うたてあり=転(うたて)あり、嘆かわしい、情けない
ほんごく=ふるさと、故郷
へんど=辺土、都から遠く離れた土地
とはゞうとむべからず=問わば疎むべからず
りしやう=利生、利益
ぬれきぬ=濡れ衣、根も葉もない噂
たつき=方便、ようす、状態を知る手がかり
らうたける=臈長ける、洗練された美しさと気品がある様
おほとか=おほどか、おっとりしている様
くせ/\し=癖癖し、いかにも癖がある
うはへ=上辺
えんし=怨じ、うらむ、ねたむ
はしゐ=端居、軒先に居ること
なでしこ=なでるようにかわいがっている子、いとしい子

参考2

遠く離れた親が、田舎にいる愛しい子に、愛溢れる連歌(かたみの言葉)を送り教訓を諭しています。一字一句は難しく、理解できないところだらけですが、親の心が有難いですね。

現代でしたら、父親から娘に心配のデコメ〜〜ル♪
軽鴨の介______\¤\᡼\¸ 12


女郎花物語 下-12段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

12段(女の連歌をするの事)

イメージ 1

イメージ 2

女のれんがをすること ちかごろは きゝもをよ
ばず 哥などのやうに たしなみ侍らず
とも しぜんときのていに したがひて 心を
もなぐさめんがために 連歌をしたらんも
くるしかるまじきなり むかしは 女のれんが
おほく侍り 和泉式部 加茂の下のやし
ろへまいりけるに わらはうへに あしをく
はれて かみをまきたりけるを見て
金葉集に
    かんぬしたゞより

  ちはやふる かみをばあしに まくものか

    和泉式部

  これをぞ下の やしろとはいふ

又 らいくわう たじまのかみにてありけるとき
たちのまへに けた川といふ川のかみより
舟のくだりけるを しとみあぐるさふらひに
とはせければ、たてと申ものをつみてまかる
なり と いふをきゝて くちすさひに

    頼光朝臣

  たてかるふねの すぐるなりけり

    相模はゝ

  あさまだき からろのをとの きこゆれば

拾遺集に
    天暦の御せい

  さよふけて いまはねふたく 成にけり

    しげのゝないし

  ゆめにあふべき 人やまつらん

かゝるためし侍れば 女のれんがをしたらん
も くるしからぬことか

イメージ 4イメージ 3
参考1

連歌=短歌の上下句を分けて二人で問答唱和すること、平安時代に入って歌人の余技として即興的・
遊戯的に行われ、長短二句の短連歌が多かったが、やがて第三句以後を連ねる鎖連歌(長連歌)の形式を生み、鎌倉時代・室町時代に盛んになり、江戸時代に入って衰退し、俳諧が中心になっていった。
わらはうへに あしをくはれて かみをまきたりけるを見て=
藁沓(わらうず)に足を食はれて紙を巻きたりけるを見て、紙と神を掛けて「畏れ多くも神様を足に巻いていいものか」と咎めた
わらはうへ=わらうず、わらで編んだ履物、わらじ、「わらはうへ」は誤写か?
かんぬしたゞより=神主忠頼
これをぞ下の やしろとはいふ=
下賀茂神社の「下」をかけて、「だから下の社と言うんじゃありませんか」
頼光=源頼光、平安時代中期の武将、「相模はゝ・相模母」は娘
たてかるふねの=たでかる舟の、「たで」は柳蓼、平安の昔から香辛料として用いられてきた
あさまだき=夜の明けきらないころ、早朝
からろ=唐艪、中国風の艪
天暦の御せい=村上天皇の御製(天皇の和歌)
さよふけて=さ夜ふけて、夜がふけて、「さ」は接頭語

参考2

連歌師と言う専門に連歌を詠む人がいたそうです。
また、「連歌と盗人は夜がよい」と、昔から言われています。
連歌を詠むのは静かで落ち着いた夜がよいことを、盗人を引き合いに出していったものですが、お酒を飲みながら、気の利いた下の句で唸らせる。これで、お相手が女性ならたまりません。
挙句の果て(あげくのはて)
いろいろやってみた最終的な結果。とどのつまり。
「挙句」とは連歌や連句の最後の七・七の句のことで、最初にくる句は「発句(ほっく)」という。 最後にくる句であることから、最終的な結果や結末を意味するようになり、単独で「○○したあげく」とも用いられ、「揚げ句」とも書かれる。最終的な結果であることを強調するために、同じ「結末」を意味する「果て」が添えられ、「挙句の果て」となった。


女性を唸らせたことは一度も有りません。
泣かせたことは有ります。

軽鴨の介___________\¤\᡼\¸ 12
「とど」のつまりは、「ボラ」のこと。



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