伊勢物語と仁勢物語

パロディーと諧謔の、仮名草子。

女郎花物語

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女郎花物語 下-11段.

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

11段(遊女さえも哥を詠むの事)

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おはりの国に 京よりくだれりけるおとこ
の けいせいにかたらひつき侍りけるが あ
すのぼりなんとしけるとき 死ぬばかりに
おぼゆれば いくべきこゝちせぬよし おとこ
いひけるに 傀儡あこ つねにのかみのさと
なとよみ侍り 

  死ぬばかり まことになげく みちならば
  命もともに のびよとぞおもふ

一すぢに おとこになごりをおしむこゝろ や
さしき など 世の人かたりあひ侍れば その比
ぞくごしうをせんぜられけるに 入られ侍る
となん 申つたへける 又いはく しよしやのひ
じり けちえんぎやう くやうし侍りける
に 人々あまたふせをくりけるに ゆうぢよ
みやきと申ものゝいだしけるを おもふ心やあり
けん しばしとらざりければ
    ゆうぢよみやき

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  津の国の なにはのことか のりならぬ
  うたひたはふれ まてとこそきけ

むかしは けいせいなども ゆうにて哥をよみ
ほとけをたうとみ のちの世をなげくこそ
やさしく侍れ たうせいのけいせいなどの
こゝろは ゆうに侍らず むかしの江ぐちの
君が しゆじやうをたすけんがために あそ
びたはふれ のちにふげんぼさつとあら
はれ侍るためしこそ ありがたくきかまほ
しく侍れ

参考1

おはりの国=尾張国、東海道の西部に位置し愛知県西部に相当する、尾州と呼ぶこともある
京よりくだれりけるおとこ=平景清・藤原景清 悪七兵衛
けいせい=傾城、遊女、近世では特に太夫・天神など上級の遊女をさす
  漢書から「北方に佳人有り。・・一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く」
傀儡=傀儡子(くぐつ)、流浪の民や旅芸人、狩猟と芸能を生業とした半狩猟半芸能の集団。
あこ=阿古、阿古屋、景清と深い仲の女
のかみのさとなとよみ侍り=野上の里など詠み侍り、「野上」は美濃国の歌枕で
  遊女の里として知られていた
  新続古今1338 後小松院
    又むすぶ 契りもしらで 消えかへる 野上の露の しののめの空
  新拾遺集 冷泉為秀
    露しげき 野上の里の かり枕 しほれていづる 袖のわかれ路
ぞくごしう=?、新続古今和歌集(900)にこの哥がある
    死ぬばかり 誠になげく 道ならば 命とともに のびよとぞ思ふ
しよしやのひじり=書写の聖・性空上人、平安時代中期の天台宗の僧
けちえんぎやう=結縁経、結縁のため経文(主に法華経)を書写して供養すること
結縁=世の人が仏法と縁を結ぶこと
ゆうぢよみやき=遊女宮城、法然上人は讃岐国へ下るとき山城の鳥羽で舟に乗ったとき、
遊女宮城といふもの小船に棹さして、罪業探きを懺悔し、未来をたすからん事を願ふ。上人は、一たび弥陀の本願に帰入し、名号を怠らず修せば、・・極重の罪障もたちまち消滅し、西方浄土に至らん事、何の疑ひかあるべしと・・・念仏したまへば、宮城とともに五人の遊君・・諸共に合掌し・・五人一度に河波探き水底へ飛び入り、空しくなる。
江ぐちの君=平安時代から鎌倉時代にかけて摂津国江口にいた遊女の総称。謡曲「江口」で
   西行法師と歌問答をしたとされる遊女の妙をさす。
ふげんぼさつとあらはれ=普賢菩薩と顕れ、普く賢い者、女人成仏を説く法華経に
   登場することから、特に女性の信仰を集めた。
しゆじやう=衆生、生命のあるものすべて、特に人間をいう→衆生済度

参考2

謡曲 江口
天王寺で雨に降られて、西行法師は、宿を借りようとして断られる。江口の遊女との哥の遣り取り。

  世の中を いとふまでこそ 難(かた)からめ
  かりのやどりを をしむ君かな

  世をいとふ 人としきけば かりの宿に
  こころとむなと 思ふばかりぞ

あなたは、出家されたかたなのに、遊女の宿に心をとどめることなどあってはいけません。
・・・遊女・妙は、象に乗った普賢菩薩の化身として消えていきます。

徒然草 69段より「書写の上人」

書写の上人は、法華読誦の功積りて六根浄にかなへる人なりけり。旅の仮屋に立ち入られけるに、豆の殻を焚きて豆を煮ける音のつぶつぶと鳴るを聞き給ひければ、「疎からぬ己れらしも、恨めしく、我をば煮て辛き目を見するものかな」と言ひけり。焚かるゝ豆殻のばらばらと鳴る音は、「我が心よりすることかは。焼かるゝはいかばかり堪へ難けれども、力なき事なり。かくな恨み給ひそ」とぞ聞えける。
http://ziza.es/sites/ziza/emoticons/ziza.ru_14.gif曹植「七歩の詩」に似ています(笑い)。


性空上人と法然上人の区別が、よく解らない?混乱があるのか??
遊女・和泉式部と性空上人の話の勘違いか?(御伽草子・和泉式部)

______\¤\᡼\¸ 12 軽鴨の介

あぶさんの所で、江口の君堂の記事有ります。(写真有ります)


女郎花物語 下-10段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

10段(白き烏(からす)の事)

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後れいせんゐんの御とき あふみの国より しろ
きからすをたてまつりけるを かくして人
に見せたまはざりければ にようばうたち
ゆかしかりければ をの/\哥よみてたて
まつれ さてよくよみたらん人に見せん と
仰ことありければ つかうまつれる
きんえうしうに       少将のないし

  たぐゐなく 世におもしろき とりなれば
  ゆかしからすと たれかおもはん

此哥をよみてたてまつりければ からすを見
せ侍りて のちには、此哥をきんえうしうに 
入られ侍るとなん

参考1

後冷泉院=70代天皇、1045年-1068年
あふみの国=近江国、現在の滋賀県、淡海(あはうみ、あふみ)から
かくして=隠して
にようばうたち=女房たち
ゆかしかりければ=心ひかれていたので(床しい・懐しい)
ゆかしからす=ゆかし+からす(烏)、ゆかしがらず(床しがらず)、掛詞
きんえうしう=金葉和歌集、第五番目の勅撰和歌集、白河院の院宣により源俊頼が編纂
少将のないし=白河院女房、藤原実方の娘、「後拾遺和歌集」2首と「金葉和歌集」1首入集。

参考2

金葉和歌集 卷第九 雜部上 少将内侍

後冷泉院御時 近江國より しろきからすをたて
まつりたりけるを かくして人にもみせさせたまは
さりけれは 女房たちゆかしがり申しけれは をの/\
哥よみてまいらせよ さてよくよみたらん
人にみせんと おほせありけれは つかう
まつれる   少將内侍

たくひなく よにおもしろき 鳥なれは ゆかしからすと 誰かおもはん

イメージ 3
傳 為忠筆 金葉和歌集


少将内侍は白河院の女房です。
白河法皇の御落胤が清盛であるという噂、
NHKの大河ドラマ「平清盛」1話でもありましたね。
白河法皇は、なかなかの女性好きであったそうな。
後冷泉院は、ケチンボですね。

イメージ 4   イメージ 2 軽鴨の介__________φ(.. )



女郎花物語 下-9段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

9段(楽(がく)の道を嗜(たしな)むの事)
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とう二でうのゐんの はしたもの河なみに 
物申けるおとこ 身まがりけるが をしへをき
けるとて なかれのびはを 引くるをきゝて 
      常盤井入道前太政大臣

  なかばなる 月のかつらの おもかげを
  おもひいでゝや かきくもるらん

      東二条院半物河波(はしたもの・かわなみ)

  かきくもる 涙もかなし いまさらに
  なかばの月は 袖にやどさじ

とよめり はしたものゝ身にて びはを引哥
をよみ侍ること ゆうにやさしく侍る と
て 此哥を しんごせんしうに入られ侍る 
むかしは 下をうなまでも やさしくうたを
よみ侍れば さるべき人は 哥をもよみ こと
びはをも引べきことにこそ侍れ ちかごろ
は びは引をうな まれになん侍る げんじ
の物がたりに げんないし あかしの上 
たまかづら などぞしやうのことなど引
侍る と申つたへける かのげんないし びはの
じやうずなれば げんじの御こゝろをや引
けん たはふれ侍るげんないし 五十七八の人
なり うばほどのことなれば のちまでわらひ
くさに侍るよし もみぢのがのまきに
見えたり 又 げんじ たまかづらに 御こと
をゝしへ給ひけるときの御哥に

  かゞり火に 立そふこひの けふりこそ
  身よりあまれる おもひなりけり

とあそばして 御ことをまくらにして もろと
もに そひふし給ひけるとなん かくむかしは 
たかきも いやしきも ことびはを 引侍れ
ば をうなは がくのみちをも たしなむべき
ことにこそ

参考1

とう二でうのゐん=東二条院
はしたもの・半物=召使いの女、はしため
河なみ・河波=はしための名、河浪、新後撰集1536、琵琶/歌人
身まがりけるが=身罷りけるが、お出でになったりすること
をしへをきける=教え置きける
なかれのびは=別の版(近代デジタルライブラリー)では「かつら緒の琵琶」
常盤井入道前太政大臣=西園寺実氏、新後撰集1535、新三十六歌仙
びはを引哥をよみ侍る=琵琶を弾き哥を詠み侍る
しんごせんしう=新後撰和歌集、鎌倉時代(1304年)の勅撰和歌集
下をうなまでも=身分の低い女までも(哥を詠んだ)
ことびはをも=琴・琵琶をも
しやうのこと=箏の琴、箏
げんないし あかしの上 たまかづら=源典侍・明石の上・玉鬘、源氏物語登場人物

参考2

身分の低い「はしため」であっても、和歌の道に励み、勅撰和歌集に名を残した「河波」。
天晴れな志と研鑽。「心をとどめて学び侍らば、聖人の道、仏の道、和歌の道にいたるまで、その道に師有り、書物有りて、誰かは知り及び侍るまじき。何の難き事は侍らん。」(近代デジタルライブラリー・女郎花物語より)


「志」と日々の「研鑽」。3日坊主でなければね〜〜
http://messenger.live.jp/emoji/10th/original/original/emo_mendokusai.gif\¤\᡼\¸ 49あの子はやれば出来る子なんだけど・・・______φ(.. ) 軽鴨の介


女郎花物語 下-8段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

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8段(人を諫めるの事)

哥は なにながれたる哥より よみならはね
ども はやしのものゝこゝろにも をのづから
ぜんあくはきこゆるなり 長守かたりにい
はく しゆつくわいの哥ども あまたよみ侍りし
中に ざれこと哥に

  ひおこさぬ なつのすびつの こゝちして
  人もすさめず すさましのみや

とよめるを 十二になるむすめ これをきゝて
冬のすびつこそ ひのなきは いますこし す
さましけれ なと さはよみたまはぬぞ と侍り
しに かなしくなんせられて のぶるかたなく
などかたりしこそ げにもと おかしかりし
と 長守かたり侍る されば 哥をもよめ 又 こと
なることにてもあれ とい たんかうすべきなり
をろかなる おちめのとなりとも よきことを い
さめば げにもと せうゐんすべきなり 人ごと
に 我身よく物に こゝろえたる ていにて
人の申ことを げにもと せうゐんする人
は まれになん侍る よしあしの ことをば
たがひに いさむべきなり ある人のいはく こう
し のたまへることあり

  ひとへに 君にしたがひたてまつるは ちう
  にあらず ひとへに おやにしたがふは
  かう/\にあらず あらそふべきときは
  あらそひ したがふべきときは したがふ こ
  れをちうとす これをかうとす

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しからば しゆくんにもあれ ちゝ はゝ しんるい ち
いんのともにもあれ あしからんことをば かなら
ず身にかはり あらそひても いさむべし
たゞし 世のすゑには 此こと かなふべからざる
か 人ごとに おもひ立ぬることを とゞまれと
いさむるは こゝろつきなく いひはやすは こゝ
ろに かなふやうに おぼゆれば てんた
うは あはれともおぼすらん なれとも あし
きことを いさむるものは しゆじんの あはれ
ひを かうふること ありがたし さて すること
の あしきやうにもなりて しづかに おもひ
いづるときは その人の よくいひつるものを と
おもひあはすれども 又 こゝろの ひくかたに
つきて おもひたることのあるときは むつかし
く 又 いさめつらん とて 此ことをきかせじ
とさへ おもふなり これは いみしく をろかなる
ことなれども みな人のならひなれば にく
からず 又 こゝろつきなふ よきほどを はからふ
べきなり さうじて 人のはらのたつときは こ
はくいさむるは いよ/\ さかりの火に すく
なき水をかくるがごとし されば きげんを
はかりしりて やはらかにいさむべし

  君もしをろかなりとも けんじんあるとき
  は その国 みだるべからず おや もし わろ
  けれども その子かう/\なれば その
  いゑ また さかるべし

をもき物なれ共 ふねにのせ侍れば しづ
まざるがごとし 上下は かはれども ほど/\
につけて たのめらん人の おほくは うしろめ
たなく はうくろき こゝろあるまじきなり
かく みやうがを おもふべきゆへなり

参考1

ながれたる哥=もてはやされた哥
はやしのものゝこゝろ=「たけきもののふの心」をもなぐさむる?(古今集仮名序)
ぜんあく=和歌の善し悪し
長守かたりにいはく=鴨長守語りに曰く
しゆつくわい=述懐、思いをのべること
ざれこと哥=戯れ言歌、ふざけた歌
ひおこさぬ・・・=火おこさぬ夏の炭櫃の心地して人もすさめずすさまじの身や、
  火をおこさない夏の炭櫃のようで、誰も相手にしない期待はずれな我が身です
冬の炭櫃こそ火のなきは今少しすさまじけれ、などさはよみ給はぬぞ=
  冬の炭櫃のほうがもう少し期待はずれなのに、なぜそうお詠みにならないの?
かなしくなんせられて=愛(かな)しくなんぜられて、可愛く難じられて
たんかう=談合
せうゐん=承引、聞き入れること、引き受けること、承諾
こうし のたまへる=孔子曰へる
ひとへに・・・= ひとへに君に随ひ奉る、忠にあらず。ひとへに親に随ふ、孝にあらず。
    あらそふべき時 あらそひ、随ふべき時随ふ。これを忠とす、これを孝とす。
しゆくん=主君
ちいんのとも=知音の友、自分をよく知ってくれる友、伯牙絶絃から
いさむべし=諫むべし、目上の人に不正や欠点を改めるよう忠告すべし
世のすゑ=道義や仏法のすたれた世の中、末世
てんたう=天道、天の道理、天理、天の道
みやうが=冥加、気がつかないうちに授かっている神仏の加護、思いがけない幸せ

参考2

癇癖談(クセモノガタリ)に、『「火おこさぬ夏のすびつの」と、うちながめて過ぐるに・・』と、ありました。頭注には「火おこさぬ夏の炭櫃の心地して人もすさめずすさまじのや」と、ありました。(有朋堂・上田秋成集)


人を諫めたり、忠告したりするのは難しいですね。
誉めることと、貶すことしか出来ません。

\¤\᡼\¸ 35軽鴨の介______φ(.. )



\¤\᡼\¸ 34良く分からないから飲んでしまいました。


女郎花物語 下-7段

女郎花物語 仮名草子 内閣文庫本(古典文庫)

女郎花物語(をみなへし ものがたり) 下

7段(わうせうくんの事)
イメージ 1

もろこしに かんの元帝と申けるみかど
の御とき 三ぜん人のにようごの中に わう
せうくんといふ君は はなやかなること たれに
もすぐれたりけり 此人 みかどにむつれつ
かうまつりなば われらさだめて物のかずなら
じ と あまたのによご いやみをなしけるに
えびすのわうまいりて 三ぜん人のきさき
の中 それ一人たまはらん と みかどに申に
みづから御覧じつくさんことの わづらはし
くて そのすがたどもを ゑにかゝせて見た
まふに 女御たちは まひないをして うつ
くしくかゝせけるに 王昭君は みめをたのみ
て 物をあたへざりければ 此人ばかりを あや
しげにかきたりけるを みかど 御らんじ
て 此人を ごこくへ つかはしたりければ なき
かなしめることを よみ侍る哥に
ごしういに

イメージ 2
  みるたびに かゞみのかげの つらきかな
  かゝらざりせば かゝらましかは

わうせうくん 我身ほど みめかたちよく み
かどの ゑいりよにも かなひ侍らんものなし
と まんしんをおこし侍るゆへに まのさま
たげにや ごこくへ つかはされ侍り 我ほど お
とこの心にも かなひ侍らんものなしと 思ひ
侍らで こゝろこはく おとこにあたるまじき
ことなり されば しゆんわのみかどの おほんとき
なつのゝ大臣 うけたまはりて 律令を ぬき
さだめらるゝとき なんによの ふるまひを わかち
ことはらるゝ中に 女をさるまじきみち 三
あり 又 さるべきみち 七あり 此七かでうの中
だい四ばんに こゝろこはき女と侍り 此でう
/\ あまりになが/\しく侍れば しるす
にをよばず 女はいかにも おとこに こゝろ
こはく あるまじきなり あるもんにいはく 
女の おとこにしたがふは こゝろたては 水の
うつはものに したがふがごとし といへり 入物
ほそければ すなはちほそし 又 いれ物 まろ
ければ すなはちまろし かくのごとく あ
きらかに すなほならんことを たしなむ
べきなり

参考1

もろこしに、かんの元帝=前漢の元帝
わうせうくん=王昭君、楊貴妃・西施・貂蝉と並ぶ古代中国四大美人の一人に数えられる
むつれつかうまつりなば=睦れ仕うまつりなば
えびすのわう=匈奴の呼韓邪単于(こかんやぜんう)
それ一人たまはらん=君主(漢)の妻を下賜してください
ゑにかゝせて見たまふに=面倒くさいので絵に描かせて下賜する女御を選んだ
まひないをして、うつくしくかゝせけるに=似顔絵師の毛延寿に賄賂を贈り美しく描かせた
あやしげにかきたりける=王昭君は賄賂を贈らなかったので醜く描かれた
ごこく=胡国、野蛮な国。未開の国
みるたびに・・・=懐円法師、『後拾遺和歌集』は、第4番目の勅撰和歌集
鏡の影=鏡に映って見える姿
かゝらざりせばかゝらましかは=「描かる」「掛かる」「関わる」「斯り」などが掛かる、
    醜く描かれなかったらこのように関わることは無かったはずです
しゆんわのみかど=淳和天皇
なつのゝ大臣=清原夏野、従二位・右大臣
律令をぬきさだめらるゝ=「令義解」(りょうのぎげ)、833年(天長10年)に淳和天皇の勅により
    右大臣清原夏野ら12人によって撰集された令の解説書、
    この書物によって、大宝令・養老令が伝えられている
こはく=強く
あるもんにいはく=或る文に云く
水のうつはものにしたがふがごとし=老子の言葉「上善如水」
    上善如水。水善利万物、而不争。処衆人之所悪。故幾於道。
    居善地、心善淵、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
    夫唯不争、故無尤。

参考2

匈奴の呼韓邪単于が、漢の女性を閼氏にしたいと、元帝に依頼したところ王昭君が選ばれ、以後呼韓邪単于の閼氏として一男を儲けた。しかしその後、呼韓邪単于が死亡したため、当時の匈奴の習慣(レヴィレート婚)に習い、義理の息子に当たる復株累若鞮単于(ぶくしゅるいにゃくたいぜんう)の妻になって二女を儲けた。儒教では、義理の息子との結婚は近親相姦に匹敵するので考えられなかった。

白氏文集卷十四 王昭君 白居易

滿面胡沙滿鬢風
眉銷殘黛臉銷紅
愁苦辛勤憔悴盡
如今却似畫圖中

顔に砂漠の砂がつき、鬢の毛に風が吹きつける
眉墨も頬紅も、跡形なく消えた
愁いと苦しみの多い辛い勤めで憔悴し、
今や、かえって画中の姿に似てしまいました。

「上善如水」で一杯。
絶世の美女「王昭君」で一杯。
「白居易」の詩で一杯。

軽鴨の介__________φ(.. )
レヴィレート婚は、
「聖書のルツ記」などにも見られる。
¥¤¥᡼¥¸ 7



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