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見ぬ世の友 仮名草子 明暦版(古典文庫)
見ぬ世の友 一
35段 顔子が占の事 事文
子貢孔子の使に外へ行。帰る事をそ(遅)し。孔子弟
子に告て。占せられけり。鼎(てい)の卦をゑたり皆云鼎(かなへ)
は足ありといへども。是足をはこぶ理なし。未
来らずと占ける。顔子聞て笑て云。舟に乗もの
はあしをはこばねども。来る理ありと。案のごとく
時をうつさず。子貢舟にてかへりぬ
参考1
顔子=顔回(がんかい)、孔子の弟子、孔門十哲の一人で、随一の秀才
子貢=孔子の弟子にして、孔門十哲の一人、弁舌に優れ衛・魯で外交手腕を発揮
孔子=儒家の始祖、論語は孔子と高弟の言行を死後、弟子達が記録した書物
鼎(てい)の卦=易経から、六十四卦の占いのひとつ
鼎(かなへ)=中国古代の器物、「三足鼎立」「問鼎軽重」の語源になる
頭は柔らかく回転が良くないと、一つの結論しか出て来ませんね。
占いの卦だけでなく、全て物事を違った角度から見ることも必要です。
デザインでも、違った視点から別案を出さないと、
つまらないモノになっていきます。
このブログ最初からつまらない。
読みづらいし、頭が堅すぎるよ。__φ(.. )軽鴨の介
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見ぬ世の友
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見ぬ世の友 仮名草子 明暦版(古典文庫)
見ぬ世の友 一
34段 鹿の子を母に返す事 韓非子
孟孫狩して。鹿の一つを得たり西秦巴と云者に
これを預たり。鹿の母あとよりしたい来て。なき
悲む。秦巴こらへかねて。子を母にあたへたり。孟
孫家に帰て。しゝの子はと問へは。秦巴しか/\と答
たり。孟孫怒て秦巴を追失。その後一月はかりあ
りて又召返してわか子の後見になしたり。孟孫
が云。汝しゝの子をさへ哀むにたへぬ心を見付て今日
又我子の不便さに汝を呼て。我子に付るとぞ云ける
参考1
孟孫=魯國國君
西秦巴=魯國の臣下
参考2
巧詐は拙誠に如かず(こうさはせっせいにしかず)の語源になります。
たくみな詐術は、つたない誠意にはおよばない。誠意のある失敗は、欺瞞だらけの成功に勝ります。
http://acidcow.com/engine/data/emoticons/05.gif 拙くても努力しましょう。http://acidcow.com/engine/data/emoticons/05.gif「巧詐不如拙誠」
釋鹿得人(动画:释鹿得人)
韓非子 説林篇(上)第二十二
孟孫獵得麑。使秦西巴持之歸。其母隨之而啼。秦西巴弗忍而與之。孟孫歸,至而求麑。答曰、“余弗忍而與其母。” 孟孫大怒,逐之。居三月,復召以為其子傅。其御曰、“曩將罪之,今召以為子傅何也?” 孟孫曰、“夫不忍麑,又且忍吾子乎?” 故曰、“巧詐不如拙誠。” 樂羊以有功見疑,秦西巴以有罪益信。
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( )とスペースはyoshyが入れました。
見ぬ世の友 一
33段 狩に出て諫〈いさめ〉をきく事 (出典未詳)
梁〈りょう〉の君。狩にいてゝ。鳫〈かり・雁〉一村あざる。君弓にて射〈いん〉と
す。折節道行人あり。君かれに暫くまてといひ
けれど。急道にてや有けん。きかぬ顔にて行たり。
鳫是に驚きて。みなとび去ぬ。君怒て引たる弓
にて道行人を射ころさんとす。御ともにつれられ
たる公孫龍取付ていへけるは。昔宋の景公の時。久
く日照て。天下の民飢に望みぬ。占せて見れば人
見ごくをそなへ。神を祭らは雨かならずふるべし
といへりその時景公再拝して。今雨を望事も
全(く)別の子細にあらず。国土の民をたすけんがため
なり。民の命を断ていのらん事我(が)本意にあら
ず。われその替りにならんと云もあへ給ぬに忽雨降
て。五こく成熟〈じやうじゆ〉しけると承る君今かりを以て人の
命をたゝん事。偏〈ひとへ〉に豺狼〈ざいろう〉にことならずと申けれは。
梁の君はげたる矢を差置て。公孫龍と同じ車
に乗て云。みな人狩に出てはとりけだ物をとる我
は狩に出て善言を得たりとよろこびけり
参考2
同じ話が、仮名草子「浮世物語」巻三、9.「鷹の爪を引闕たる事」の中に有ります。
「梁」という国も「公孫龍」という人も、実在のように見えますが、中国の出典は未詳です。ですから実在ではないと推定できます。このような「話」が、中国に無いのです。日本の出典の初めは、一条兼良の「語園」に有ると、岩波や小学館の「浮世物語」の解説にあります。
仮名草子「浮世物語」も、大変面白い仮名草子です。岩波(赤)・小学館(赤)の文学全集に有りますので、是非読んでください。http://acidcow.com/engine/data/emoticons/04.gif
「梁」と「公孫龍」を探して、えらく時間が取られてしまった。
結局「公孫龍」は、孔子の弟子でもなく、戦国時代の趙の思想家でもあてはまらなかった。「梁」って国も、ずいぶん沢山あって区別がつかん。あほらし・・・。ちなみに一条兼良は、「伊勢物語愚見抄」の作者、だから悪態を突くわけにもいかない。http://www.alrincon.com/foro/images/smiles/106.gif
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見ぬ世の友 一
32段 座敷にて鱸〈すゞき〉を釣事 列仙傳
http://blog-imgs-46.fc2.com/k/a/m/kamonogakepputi/20110901134650661.jpg
司空曹操の座中にあったとき、曹操はのんびりと賓客たちの方へ振り返りながら「今日の宴会は大いに盛り上がり、珍味もあらかた揃った。呉の松江の鱸だけが足りんがのう」と言った。左慈は末席にあって「それなら手に入れられまするぞ」と答え、銅盤を借りて水を満たし、竹竿でもって盤の中で釣りをした。すぐに一尾の鱸が食い付き、釣れた。曹操は手を打って大笑いし、出席者はみな驚いた。
(三国志小事典より)
中国の松江(そんちゃん)の鱸(スズキ)は、カジカ科「ヤマノカミ」のこと。普通の「スズキ」ではありません。「三国志演義」に登場する「松江鱸魚」(スンジャンルユイ)はカジカ科「ヤマノカミ」で、日本でも中国でも、絶滅危惧IB類(EN)となってます。
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見ぬ世の友 一
31段 財寳を散じて人に施(す)事 後漢書
後漢の折像〈せつざう〉は。銭財。二億其外金銀珠玉みち/\
たり。有時蔵をひらいて。財寳を出して親疎に
あとふ。朋友の云(く)財寳を散ずる事何ぞや。折像
が云。我家財寳をつむ事数年なり。さかん成(なる)者は
かならず衰ふ。我家富貴にして。子更に才智なし。
程なく衰(え)ん事をしりて。かねてより慈悲をほと
こすとぞいひける
参考
後漢書=中国後漢朝について書かれた歴史書、二十四史の一つ
折像=後漢書・列伝・方術列伝第七十二上に出てくる金持ちで家僕800人、方術士
親疎にあとふ=親しい者にもそうでない者にも財宝を与えた
盈満之咎(えいまんのとがめ)
《「後漢書」方術伝・折像から》物事が満ち足りると、かえって災いを招きやすいということ。
盈満の災い。
折像という易者が自分の死ぬ日を占い、その当日に親 戚や友人一同を招いて賑やかに酒宴を開いて別れを惜しんだ。最後に別れの挨拶をして、それが終わると同時にこと切れたという。
折像のように、自分の死ぬ日が分かっていたなら、気が狂うかも知れない。人間は生まれたときから、確実に死に向かっているんだけど、いつか死ぬことは、いつでも「いつか死ぬ」にしておきたいものです。私は英雄のように、格好良くは死にたくない。ジタバタとみっともなく、とにかく生きていたい。生を貪りたい。老醜、何のその!「ピンコロリ」とネッ!
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