伊勢物語と仁勢物語

パロディーと諧謔の、仮名草子。

伊曽保物語

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裁判所の燕の話

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伊蘇普物語之内-最終回
裁判所の燕の話

裁判所のひさしに すをつくりたる
つばめありけるが 或日 そのひなを へびに
のまれしかば なきかなしむこと はなはだし
その時 となりの女つばめが きたりて
これをなぐさめて「コレサ おゑんさん
おなきなさるな なにも おまへばかりが
はじめて子を とられたのでも ありませぬ」
と いふと 不幸にあつた つばめが なみだを
ぬぐつて 実にさうでござり
ます しかし 私のなき
ますのは 何もじぶんの
ためばかりじやァ ござり
ませぬ ひぶんなめに あつた人
たちが おしらべを 願ひにまいる かく
有がたい ごばしよに すみながら かやうな
ふほうのめに あひましたの わたしァ
なげくので ござります
 燈臺もとくらしの たとへ さいばんじよ
 きんぺんに くせものが ゐないとも 申され
 ませぬ よく おきおつけなされイ

「かんじんの おやくしよが
こんなでは 天下は
くらやみだ わしァ
かなしくて
なりま
せぬ

「いまに かたきを
とつて くださるだらう
おなき
なさるな/\

惺々暁斎

参考

裁判所=明治の初め頃に裁判所は、出来ていたんですね
ひぶんなめ=非分な目、道理にはずれたことに遇う事

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今回で「暁斎の伊蘇普物語」は、絵が無くなりましたので最終回です。
明治初期の文明開化を、反映した面白い伊蘇普物語でした。
なごり惜しいですが、終わりです。また絵が見つけられたら、アップしますね。
「暁斎の伊蘇普物語」の情報を、お知らせください。
次回からは、通常の「仮名草子 伊曽保物語」に戻ります。

\¤\᡼\¸ 3

この錦絵は、明治時代初期の「伊蘇普物語之内 裁判所の燕の話」からです。
明治6年頃 上州屋 [東京府] 
作者は、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)1828-1889、幕末から明治22年まで活躍していました。海外でも高く評価された画家です。

開帳仏の話

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伊蘇普物語之内
開帳仏の話

或やせ馬が
開帳仏を のせて
ぎようれつで
町をねりあるくと 途中の
人が みなひざまづいて 手を
あわせて おがみ たふとむゆゑ
馬が きうに すました かほ
つきになり はな うごめかして
おふまたに あるきゆくにぞ
まごが むちを ふりあげて
このちくしようめ うぬが
りきむところじやァねへ 佛様が
たつといのだ
 世の中の 愚なやつは
 やくめの おかげで うやま
 はれるのを おのが
 たつとい ゆゑじや と
 思つて はゞを きかせる
 馬なら ひとなぐりと
 いふところ
 じや

「きめうてうらい
あんらくじの
おかい
ちやう/\

「ヤレもつたいない
そんな事を いわつ
しやるな なむ
あみだぶつ/\

「なん見う
ほうれん
だぶつ
六こん
しよう/\″
かん ごん こん
なんでも おれの
しうしは
しんじやぶつ
うちまざり

「ドウ ちくしよう
豆ばかり くらひこんで
なんぞといふと はねやがるな

「ヲット
おさいせんが
たいそう
あがるは/\
馬に へを
たれられて
ふまれても
ぜに かな
けの
ことなら
いとやァ
しねへ

惺々暁斎
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参考

開帳仏=ふだんは閉じてある厨子の扉を、特定日開き、中の秘仏を人に拝ませること
佛様がたつといのだ=仏様は尊いのた
きめうてうらい=帰命頂礼、仏を礼拝するときに唱える言葉、仏・菩薩に深い帰依している事
かん ごん こん=乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤
        (けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん)、八卦の言葉
しうし=宗旨
ぜに かなけの=この部分、読み切れていません、銭・金気としました。
いとやァ しねへ=厭やぁしねぇ!、(銭・金目の事なら)嫌がりはしないよ!

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人の権威で威張る人がいます。
また、大企業ゆえ、下請けを見下す人もいます。
客だと云って無理難題を云う人もいます。
偉そうにしてる人が、「馬なら一殴りじゃ」と、
懲らしめられると、胸がス〜ッとしますね。
人の価値は、謙遜や柔和の中にあると思ってます。

久しぶりの伊蘇普物語です。
この錦絵、なかなか読み切れずに、2週間、寝かしました。
エイッと「銭・金気」と刻しましたが、まだ自信がありません。
絵の一番下の部分です。
\¤\᡼\¸ 3

この錦絵は、明治時代初期の「伊蘇普物語之内 開帳仏の話」からです。
明治6年頃 上州屋 [東京府] 
作者は、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)1828-1889、幕末から明治22年まで活躍していました。
海外でも高く評価された画家です。

羊と狼の話

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伊蘇普物語之内
羊と狼の話

あるとき 羊がやねの上から
下を通る おほかみを見おろして
しきりに あくこうなしければ
おほかみ立どまり にらみ
あげて「ナニ この ひけふものめ
おれを 馬鹿にするな
なにも うぬがつよいの
じやァねへぞ ゐどころが
いゝからの事だ
 高位に居て下の
 人をあなどるは
 あたかも 羊が狼を
 のゝしるに ことなら
 ぬぞ

「ぶんめいかいくわの
この東京に こしに
りようとうを よこたえて
さいみのはおり
はさみ手ぬぐひ
ナント ひらけねへ やつ
じやナア

「ナニを
こしやくな
この唐人め
下におりて見ろ
手は見せぬぞ

惺々暁斎

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参考

ぶんめいかいくわ=文明開化、明治前期の歴史的現象、制度や習慣が大きく変化した現象
ひけふものめ=卑怯者め
さいみ=貲布・細布、「さよみ」の音変化、織り目の粗い麻布、夏衣や蚊帳などに用る
はさみ手ぬぐひ=兵児帯(へこおび)に、手ぬぐいを挟んでいたのか

時代に先んじて突き進む人、流されて行く人、遅れる人、抗う人。
いろいろ軋轢が有ったんでしょうね。
現代でも、新しい物が次々出て、追いついていきません。
「何を、小癪な!」と言って、古典をやっています。
本人も小癪な、軽鴨の介
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この錦絵は、明治時代初期の「伊蘇普物語之内 羊と狼の話」からです。
作者は、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)1828-1889、幕末から明治22年まで活躍していました。
海外でも高く評価された画家です。

野猪と狐の話

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伊蘇普物語之内
野猪(ゐのしゝ)と狐の話の話

或日 ゐのしゝが きばを 石へとすり
つけて しきりに といでゐたる処へ
狐が てうど とほりかゝりて なにを
するのかと ふしんにおもつて「ゐの
さん おめへは なにをしなさる れうしも
こず 犬も見えず トント あぶな
げのないのに」と いふと ゐのしゝが
ふりむいて「ソウサ だが そうどうが
はじまつてから わしやァ きばを
とぐよりほかに 用がいろ/\
あります
 けんをぬけィ」と いふ ごう
 れいが かゝつてから けんを
 とぎだしては おそまきだ

「ハテ
いそほ
もの
がたり
には
松の
木でといで
ゐる
やうに書て
あるが 石で
とぐとは
しん
くふう
だの

「コウなんぼ
おめへの きばでも
そう あらとで
おろしては
たまる
まいに

「マア
あらとで
やらかして
おいて かみすり
どに かける
つもりだ
フン/\ ゴシ/\/\
/\/\

惺々暁斎
¥¤¥᡼¥¸ 58

参考

といで=(砥石で)研いで
てうど=丁度
れうし=猟師
おそまきだ=遅蒔きだ、時機に遅れて物事をすること
あらと=粗砥・荒砥、きめの粗い砥石
かみすりど=剃刀砥、仕上げ砥

野猪どの、立派です。「治に居て乱を忘れず(易経)」と、すばらしい心構えです。残念ながら今の日本は、「平和ボケ」でお人好しです。もうすぐ「竹島の日2.22」ですね。自国民が拉致されても、耐えるしかない「腑抜け」の豚です。
今回の話で面白いところは、「伊蘇普物語には、松の木で研いでいるように書いてあるが、石で研ぐとは新工夫だの!」と、暁斎が「手を加え」て、修正しているところです。より合理的な話にして紹介しています。
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この錦絵は、明治時代初期の「伊蘇普物語之内 野猪(ゐのしゝ)と狐の話の話」からです。
作者は、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)1828-1889、幕末から明治22年まで活躍していました。
海外でも高く評価された画家です。

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赤禿の武士の話

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伊蘇普物語之内
赤禿(やくわんあたま)の武士の話

武士なにがしといふもの 年よりて
あたまの け なくなり まるやくわんと
なりければ そのみにくきを かく
さんため つねに かつらを かぶり
たりしが 或日 ともだちと共に
かりに出て 馬にひとむち あてゝ
かけ出すと をりふし風がつよく
ふいてきて たちまち かつらを
ふきとばし やくわんあたまを
まる出しになしけり そこで
ともだちが こたへられずに ふき
だすと やくわんおやぢも たか
わらひをして「じぶんの け さへ
あたまにとまつて ゐないものを
ドウシテ かりげが そこにとまるものか
じつに おもひもよらぬことだつた
 かざつたものは とかく とれます
 ひとかぜ ふいてくると ぢきに
 ぢは まる出しだ

「エヨウ
ハイ/\/\/\(?)

「ホイ
まげが
とんだ
とつて
くれ/\

「ヲヤ
だんな
まげが
見えなく
なりまし
たぜ

惺々暁斎
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参考

赤禿=あかはげ、頭髪がすっかり抜け落ちていること
やくわん=ヤカン、薬缶、薬を煎じたところから湯を沸かすための道具
かつら=鬘、古典では、かずら、かもじ、そえがみ

武士の男性は、元服すると前髪を落とし、公的な場では必ず月代を剃り髪型を髷に整えた。このように髷のスタイルは成人であるための公的な証明であり、出仕している武士であることの証明でもあった。そのため、髪が抜けすぎて髷が結えなくなると隠居するという慣習があり、禿げていても出仕する必要がある武士はかつらの使用を願い出ることもあった。
NHKで放送された「タイムスクープハンター」で、禿げた道場の武士の話がありました。
現代でも相撲の十枚目以上の力士は、大銀杏に結うことが義務付けられていますので、髷を結えなくなると引退に追い込まれる

タイムスクープハンター=「髪結い ちょんまげ騒動記」(右上)

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取って付けた虚勢はバレます。居直って生きていきましょう。後出来ることは日々研鑽あるのみです。
飾ったモノは、兎角、取れます!

この錦絵は、明治時代初期の「伊蘇普物語之内 赤禿(やくわんあたま)の武士の話」からです。
作者は、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)1828-1889、幕末から明治22年まで、活躍していました。
海外でも高く評価された画家です。

おすすめ!
あぶさんの所で、「浪花イソップ物語(北風と太陽 パロディ)」参考になるかな??


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