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拉致被害者の帰国を願って、「能・花月」のダイジェスト。
能・花月
是は筑紫彦山の麓に住居する僧にて候。われ俗にて候ひし時。子を一人持ちて候ふを。七歳と申しし春の頃。何処ともなく失ひて候ふ程に。これを出離の縁と思ひ。かやうの姿となりて諸国を修行仕り候。
・・・・
「御身はいづくの人にてわたり候ふぞ。」
「これは筑紫の者にて候。」
「さて何故、かやうに諸国を御廻り候ふぞ。」
「われ七つの年彦山に登り候ひしが。天狗に捕られて、かやうに諸国を廻り候。」
「さては疑ふ所もなし。これこそ父の左衛門よ、見忘れてあるか。」
・・・・
かやうに狂ひめぐり心乱るゝこのさゝら。さら/\さら/\と、すつては謡ひ舞うては数へ。山々嶺々里々をめぐり/\てあの僧に。逢ひ奉る嬉しさよ。今よりこのさゝら。さつと捨てゝさ候はゞ。あれなる御僧に。連れまゐらせて仏道の。つれ参らせて仏道の修行に出づるぞ嬉しかりける、修行に出づるぞ嬉しかりける。
一日も早い帰国を願っています。
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古典文学
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昨日、買った古本に、「江戸春秋」と言うのがあったんだけど、
中にはこんな絵が入ってます。
「武者絵本・竹馬の靮(たづな)・曲亭馬琴(きょくていばきん)作」が収録されていました。
いわゆる「読本(よみほん)」の一つです。とても流行りました。
明治になると活字化され読まれました。
有名な読本には、
「南総里見八犬伝・曲亭馬琴」「雨月物語・上田秋成」などがあります。
カッコイイですね。ちょっと翻刻してみますね。
けっこう難しかった。\(^O^)/
假
作字して文字を作ったよ!(^_^;)
この話は、日本書紀の話で、古事記からでは無いよ。
括弧内の小さな人名は、古事記からの読み方。
ねぶた祭りの「人形型ねぶた」の「元絵」に成りそうな勇ましい絵ですね。
今日は、「読本(よみほん)」について知ることが出来ました。
「読本」の流れは、戦前の「講談本」などへと受け継がれて行きます。
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昨日の百人一首は、紀友則の「久かたの〜〜」でしたが、
浮世草子「和歌威徳物語」の中に、紀友則さんのこんな記述がありました。
面白いので、ご紹介しますね。
紀友則さん、目立たなかったんだね〜。
でも得意の分野を語らせたら、凄い人って居ますよね。
その分野へ話題が行ったら、もう独壇場。
「え〜〜、目立たない人だったのに、すごいんだ!」
こんな感じの紀友則さん。
贈太政大臣 「友則よ、幾つになった?」
友則 「40歳です」
大臣 「いい歳なのに、どうして花(官位)が咲かないのだろう?」と、
皮肉の哥を詠いました。
今までに などかは花の 咲かずして 四十年あまり 年ぎりはする
「年ぎり」は、年によって、木の実がならない事、不運な事
友則 返し
はるばるの 数は忘れず ありながら 花咲かぬ木を なにに植ゑけむ
春春、多くの春は忘れずやってくるのに、
どうして花の咲かない木を植えたんだろう。
こんな意味でしょうか。大好きな和歌でもって即答したのです。
大臣 「おゝ、友則にこんな才能が有ったのか!
遅咲きの花を咲かせてやろう。」と、
官位を推薦し、土佐掾(じょう)の官職を得させました。
古今集撰者にも任命される名誉まで得たのです。
好きこそものの上手なれ
話の大元は、「後撰集」1077,1078に有りますよ。
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紀元節・建国記念日の歌
国の始まり
〜神武天皇即位〜
天下を平定した神武天皇は、辛酉(かのととり)元旦(紀元前660年2月11日、これが建国記念日の起源)に、大和橿原の宮で即位します。これがまさに日本の始まり。
日本は、日本の神話の神が創られた国です。神話と神武天皇の境も定かでなく、連綿と国が現代まで続き、今125代目の天皇様が、国の元首であられます。神が創られた国、故に日本は「神の国・神州」と言うことが出来ます。
世界にこのような歴史を持ち、現代まで続いて、一度も易姓革命がおこっていない国はありません。日本は、世界で最も神秘的な「神武王朝」が、現代にまで生きているのです。
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土曜日に買った沢山の「本」、少しだけお裾分け。
源氏物語って、作者は紫式部。
みんな知っていますね。
でも源氏物語には、作者名が無いんだ。
では、「源氏物語の作者は紫式部と言う根拠は?」と聞かれると、
困ってしまいますね。
当たり前すぎて答えられないことがありますね。
根拠の一つに、土曜日に買った「本」にあります。
紫日記(紫式部日記・黒川本・宮内庁書陵部蔵)から、
赤い枠の部分
左衛門
のかみ あなかしこ 此わたりに わかむらさき(若紫)や
さふらふと うかゝひたまふ 源氏にかゝるへき人
も みえたまはぬに かのうへは まいていかて ものした
まはんと きゝゐたり
左衛門督が、「失礼ですが、この辺りに(源氏物語に登場する)若紫さんは
おりませんか。」と、お探しになる。光源氏みたいな、そういう人
も お見えにならないのに、あの紫の上が、どうしてここにいらっ
しゃろうかと、聞き流していた。
藤原公任は洒落て、
源氏の物語の「若紫さんはおりませんか?」と、
紫式部に聞いたんですよ。
紫式部は、
「ヒカル君に似てない左衛門督じゃ、話にならないわ!」って。
源氏物語の作者は、紫式部。
紫日記(紫式部日記)から、根拠の証拠がありました。
まだこのほかの場所にも有るようだけど、
まだ、この字に慣れてないし、読み切れませんよ。
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