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久しぶりに本を大量買いしてきた。
上左から
十訓抄 上中下
四条宮下野集
下左から
清少納言集 流布本
清少納言集 異本
紫日記 上下
源氏要覧
「十訓抄」は、鎌倉中期の説話集 宮内庁書陵部蔵
漢字片仮名交じりの影印本です。
欲しかったんだ。
女郎花物語で、良く引用されてました。
「四条宮下野集」は、平安時代の歌人。宮内庁書陵部蔵
後冷泉天皇の皇后となった四条宮寛子に仕え、父が下野守だったので四条宮下野と呼ばれる。華やかだった寛子の後宮の思い出を記録するため、自選家集
『四条宮下野集』を編纂したもの。
「清少納言集」は、平安時代の女流作家・歌人である清少納言の家集。
流布本(31首、内1首は連歌)と異本(42首)の2系統が有る。ともに宮内庁書陵部蔵
「紫日記」は、「紫式部日記」の古い呼び方。宮内庁書陵部蔵
黒川本と呼ばれる最も程度の良い影印
「源氏要覧」これのみ現代の活字の本。川添文子著
源氏物語の相関関係が分かる本です。
また、「積ん読」です。片付けるところがありません。
隠すところも、もういっぱいです。
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古典文学
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芭蕉句碑
清洲橋から新大橋までの大川端には、
芭蕉の句碑があります。
しばの戸に ちゃをこの葉かく あらし哉
芭蕉野分して 盥に雨を 聞夜哉 あられきくや この身はもとの ふる柏 名月や 池をめぐりて 夜もすがら 花の雲 鐘は上野か 浅草歟 芭蕉葉を 柱にかけん 庵の月 名月や 門の指くる 潮頭 郭公 声横たふや 水の上 みな出て 橋をいたゞく 霜路哉 新大橋 芭蕉9碑でした。
見落としがあるかな??
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七草粥 一日早いけど、みんなに作って欲しいから。
繁縷(ハコベラ)、仏の座(ホトケノザ)、
菘(スズナ)、蘿蔔(スズシロ)。
七草粥は、
昔から年初めに雪の間から芽を出した草を摘む
「若菜摘み」という風習、
「子(ね)の日の遊び」から来ています。
邪気を払い万病を除き、
冬場に不足しがちな栄養素を補う。
枕草子には、
「七日の日の若菜を、六日人の持て来さわぎ、取り散らしなどするに、見も知らぬ草を子供の取り持て来たるを、「何とかこれをばいふ」と問へば、とみにも言はず、「いさ」など、これかれ見あはせて、「耳無草となむいふ」といふ者のあれば、「むべなりけり。聞かぬ顔なるは」と笑ふに、またいとをかしげなる菊の、生ひ出でたるを持て来たれば、
つめどなほ 耳無草こそ あはれなれ
あまたしあれば きくもありけり
と言はまほしけれど、またこれも聞き入るべうもあらず。」
この記述から、六日に若菜を摘んで来たものを、七日に食べてますね。
そう美味しくはないですが、お正月の疲れた胃腸のためには、
七草粥は良いですね。守りたい伝統食です。
ある人は、日本のハーブを使った料理と形容しています。
鉄分、ジアスターゼ、解熱、ミネラル・・・など。
出汁を利かせて、美味しく仕上げましょう。
古今集・百人一首から
光孝天皇
君がため 春の野にいでて 若菜つむ
我が衣手に 雪は降りつつ
あなたに送ろうと思って野辺に出て、若菜を摘んでいると、
まだ春浅くて若菜つむ我が袖に淡雪さえ降りかゝった。
冷たい思いをして摘んだ若菜ですから、私の心を汲んで下さい。
誰かのために、健康と長寿を願って、
「七草粥」を作りましょう。
作ってくれた方の「こころ」に、
感謝していただきましょう。
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新年「伊勢・仁勢」に続いての古典は、お目出たく
古今和歌集(巻第七)から2首
賀哥(が の うた)
題しらず よみ人しらず
わがきみは 千よにやちよに
さゞれ石の いはほとなりて
こけのむすまで
我が君の命は、細かい石が巌となって苔が生えるまで千代に、八千代に続いて欲しい。
我が君=私のご主人様、天皇だけを指してはいない(岩波・赤本頭註)
千代に八千代=限りない年数を言う
さゞれ石=もとは小さな石の意味、長い年月をかけて小石の欠片の隙間を
炭酸カルシウムや水酸化鉄の作用によって、大きな岩の塊に変化したものも指す。
あなたにとっての「我が君」は、誰ですか?
その方が長生きして欲しいですね。
時には、ご両親、ご主人、そして天皇・・・。
大切な人の、お祝いの席で詠われました。
仁和の御時 僧正遍昭に
七十賀 たまひけるときの
御哥
かくしつゝ とにもかくにも
ながらへて 君がやちよに
あふよしもがな
このように、ともかくも生き長らえて、八千代に生きる姿を目にする術があればよいのに。
七十賀=70歳のお祝い、光孝天皇によって行われた。
御哥=みうた、光孝天皇の御製、天皇が作られた和歌を、お祝いに僧正遍昭へ送った。
天皇様から、このような哥と、
お祝いの席を設けられては、
臣下の誉れ、極まりますね。
写真は、江戸時代の名筆、
近衛家煕(いえひろ)から。
新年に相応しい「手」です。
今年も、古典や名筆に、
いっぱい出会ってください。
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「無名草子・小町の部分抄」
前回の「本朝美人鑑-小野小町」に使われた、無名草子の「和歌」の出典部分です。
上記の翻刻は、濁点や送り仮名を追加してます。 卒塔婆小町 鎌倉時代初期の無名草子には、このように書かれていました。
これが出典となり、この和歌とともに、
いろんな小町伝説がさらに広まったことでしょう。
無名草子は、我が国の文芸評論の嚆矢(こうし・始まり)で、
散逸して存在しない物語などの良い資料になっています。
作者は、藤原俊成女(としなりのむすめ)と言われてますが、確証はありません。
無名草子は、無名抄とは別物ですよ。
読み物としても、大変面白いので、
「無名草子」機会がありましたら、
是非読んでください。
源氏物語に関しても、筆者は感想を述べていますよ。
文学全集(新潮・小学館)や文庫(岩波)などにあります。
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