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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十八段
参考1
先帝=清和天皇
五のみこ=清和天皇の第五皇子貞平親王
京極の御息所=藤原褒子、宇多上皇の御息所(みやすどころ)。京極御息所歌合を主催。
さふらひ給ひけり=女房として仕えていた
よくもあらぬこと=良くないことがあって
まかて=まかで・罷出、下がること。退出すること。
ゆきのかみのめ=壱岐の守の妻(め)
いますかり=いますがり・在すがり・坐すがり、いらっしゃる。おいでになる。
たまさかに・・・=たまたま問う人がおりましたら、大海原を、
大きな歎き声をあげて、行ってしまったと答えてください。
たまさか=偶さか、まれに、たまたま
和田の原=わたの原、ひろびろとした海、大海、うなばら
なけきほにあけて=「ほ」は帆、秀。人目を引くような大きな歎き声をさします
参考2
何か良くない事情があり、壱岐の守の妻(め)となり、壱岐へ行ったんでしょう。
壱岐は、下国で遠国です。島流しに等しい憂き都落ちで、切なさを詠っています。
男の貴族は昇進を望み、お姫様は位の高い方と結ばれたい。
でも、この段のように、落ちていく悲しさも有るんです。
今回の哥は、「わくらばにとふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶとこたへよ
(古今962・在原行平)」を、踏まえたモノでしょうね。
昔は壱岐を、由紀・由吉(ゆき)などと記されていました。とても古い言い方です。
大和物語、この段以降、しばらく「悲しい話」が続きます。
落ちる所まで落ちれば、拓けるモノもあります。
壱岐は、素晴らしい自然と、海産物があります。
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大和物語
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十七段
参考1
いつもか=出雲(の守)が
はらから=同胞、母が同じである兄弟。
殿上=殿上の間に昇ること。また、それを許されること。
えせさりけるとき=えせざりける時、自分は昇殿は許されなかった時。
かくさける・・=このように咲いている花(昇殿を許された兄弟)もあるのに、
(花咲かない)我が為にとって、同じ春と言えるでしょうか?
参考2(あらすじ)
同じ母から生まれた兄弟で、一方は昇進して昇殿を許され、
それに引き替えトホホな私は、このまま地方官としているのは寂しい春です。
でもよく調べてみると、出雲国は「上国」。上国の守(かみ)は従五位下ですから、
昇殿を許された兄弟と、位としては大差ありません。
ただ、昇殿すれば帝や大臣の覚えが良いでしょう。
一方、地方官では実利が大きいでしょう。たくさん蓄えが出来ます。
でも、やっぱり華やかな都で、春を謳歌したいのかね。
軽鴨の介は、花の都に住んでますが、
貧乏人で、陋巷(ろうこう)に這いつくばっています。
きっと下衆(げす)でしょう。
立派な花にも、野の花にも、同じように春は来ます。
頭の中まで春です。_______
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十六段
参考1
前斎宮=宇多天皇の皇女 柔子(じゅうし)内親王、醍醐天皇の妹。
つゝみの中納言=堤の中納言 藤原兼輔、賀茂川堤に邸宅があったことから堤中納言。
和歌・管弦に優れ、紀貫之や凡河内躬恒など多くの歌人が邸宅に集まった。
呉竹=竹の節また節(よ)に関する意から、ふし・よ・よる・言の葉・末にかかる。
世々の都=呉竹の代(よ)に掛かる、代々・世々・節々。ここでの都は斎宮の居場所。
呉竹の・・・=ここは代々皇女様がお住みになる多気の都と聞きますので、
宮様は千年のご長寿疑いもありません。
たけのみやこ=多気(たけ・竹)の都。多気は三重県多気郡に斎宮の宮があった。
現代では多気(たき)と音が変化してる。竹が生育する地域でもある。
竹の園生(そのう)=皇族の異称。
参考2
「君が代」などと同じ、賀哥のジャンルの哥ですね。言祝ぎまくっています。
おなじ哥が新勅撰集にあり、詞書も有ります。
勅使にて斎宮にまいりてよみ侍ける
中納言 兼輔
呉竹の よゝのみやこと 聞からに きみは千とせの うたかひもなし
柔子内親王は、昌泰元年・898年から延長八年・930年まで、
32年間、長く斎宮として奉仕しています。
延喜十三年・913年に病気をしたらしく、
兼輔が勅使としてお見舞いに行った時の、
贈った哥らしいですね。
竹の子の美味しい季節です。
竹の子ご飯、食べましたか?
竹の子を、糠から茹でたら、
糠が余ったので、
ぬか漬け、始めました。
ここの所の暖かさで、
発酵してきました。
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もう寝ないと・・・
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十五段
参考1
堤の中納言=藤原兼輔、賀茂川堤に邸宅があったことから堤中納言とよばれた。
和歌・管弦に優れ、紀貫之や凡河内躬恒など多くの歌人が邸宅に集まった。
内の御使=内は内裏、勅使として
大内山=1.京都市仁和寺の北にある山 2.皇居のこと、この話では両方を掛ける。
大内山に院のみかと=御室山の宇多法皇
物こゝろほそけ=不安そうにして、心細げ
雲はしもより=雲が下から湧いてくる
白雲の・・・=白雲が幾重(九重・宮中)にも湧き立つ峰ですから、
大内山(皇居)と言うのでございますね。
九重=ここのえ、1.いくえにも重なること 2.宮中、宮廷、この話では両方を掛ける。
参考2
宇多天皇は、一度、臣籍降下してから天皇になっています。
大和物語では、亭子の帝ともよばれて何度も登場してますね。
以前にも書きましたが、まだ臣籍降下して源氏であった頃、
在原業平と相撲を取ったそうだよ。
宇多天皇は隠居して子供の醍醐天皇に譲位し、宇多法皇になります。
今回の「堤の中納言・藤原兼輔」は、醍醐天皇の「お使い」だったんですよ。
この時は、菅原道真などを抜擢し藤原氏の専横を押さえようとしていました。
醍醐天皇は藤原氏の動きに対して、どう対処したら良いか、
宇多法皇の意見を聞きたかったのかも知れません。
堤の中納言、風流好みの宇多法皇が寂しそうだったので、
和哥でもって元気づけます。もの凄く和哥が好きな法皇さまだったんだ。
仁和寺の北の大内山も、「大内山」の意味の通り、
此処も「皇居」で、「九重・宮中」の雲が沸き立っているでは有りませんか!
和歌は鬼神を動かすことができます、いわんや人を元気づける事をや。
同じ話は、新勅撰和歌集にもあります。御観賞ください。
新勅撰和歌集 巻第十九
雑哥四(1265)
亭子院 大内山におはしましける時 勅使にてまいりて
侍けるに ふもとより雲の立のほりけるを見て讀侍ける
中納言 兼輔
白雲の 九重にたつ 峯なれは 大内山と いふにそありける
大内山という力士が、栃錦と相撲を取ったそうな。
良い勝負だと、後々まで語り草になりました。
大内山という四股名(しこ名)は、皇居を意味するため、
不敬罪になるかも知れないとビクビクしていたそうです。
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十四段
参考1
右京のかみ=故右京の大夫(かみ)、源宗于(むねゆき)、三十六歌仙の一人。
是忠親王の子。正四位下右京大夫。
いろそとは・・・=色美しく無い私ですが、この花が咲く時ぐらいは、
私を思い出してください。
参考2
あまり見目形が良くないと思っていた女から、梅か桜の花の咲いた枝に付けて、
恋文が届けられました。
哥には、「容姿(色)は良くないけど、此の花(木の花)が咲く時ぐらいは、
私を思い出してください。」と、有りました。
さて、どうして「梅か桜の花」と言えるのか?
大和物語は、オムニバスの哥物語。前段で「木下もなき・・秋そかなしき」と有るから、
秋の対称の「春の木の花」と推察できるのです。此の花(木の花)も、掛かっていますね。
一生懸命に、読み解くんですよ、短くても。
う〜〜ん、もてる男はつらいなぁ〜??
サクラちゃんにモモちゃん、スミレちゃん。
みんな源氏名か??
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右京の大夫(かみ)・源宗于さんの前出記事
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