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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十三段
参考1
躬恒=凡河内躬恒(おおしこうち の みつね)、亭子院女郎花合に出詠したのを始め、
宇多法皇主催の歌合に多く詠進、和泉権掾・淡路権掾、三十六歌仙の一人。
以前、百人一首でも扱いました。
院に=オムニバス形式の大和物語ですから、32段を受けているので「院」は、亭子の院。
立よらん・・・=木に寄り添うべき蔦なのに、頼るべき木が無く、
いつまでも常磐(ときわ)の変わらない色なので、木々が色が変わる秋は悲しい・・。
木下=木のもと、「木」は、頼るべき主人
つたのみ=蔦の身、「拙(つたな)い」が掛かる。
常磐=ときわ、躬恒さんの袍(ほう)の色が「緑」のままとしてる解説書がありますが、
躬恒さんは、「下国の権掾」です。「小国」の「副」という官位ですから、
「緑」は着られません。ここではいつも「同じ色」と取るべき。
ちなみに「下国掾」で従八位下。「深縹」の色(紺色)かな?
大国大掾・大国少掾・上国掾なら七位で「緑」。
参考2(大意、ここを先に読むと分かりやすいですよ)
この話も、前段と同じ昇進のお話です。「お上」も同じ亭子の院です。
躬恒(みつね)さん、頼るべき寄る辺が無く、
昇進できず、いつまでも同じ色の袍(ほう)を着ているので、
一向に色が変わらないことを嘆いて、亭子の院へ哥を送ります。
会社で同期が出世し、
自分が取り残されていく。
昇進の時期は、
昇進出来なかった人にとっては、
つらい季節です。
躬恒(みつね)さん、
貴男には、哥が有るじゃないですか!
哥で名を残して、輝いていますよ。
「躬恒をば なあなづらせ給ひそ(躬恒を ばかにしてはいけませぬぞ)」
軽鴨の介をば なあなづらせ給ひそ______
軽鴨の介には、山の神がついている。トホホ!
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大和物語
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十二段
参考1
亭子のみかと=宇多天皇、寛平9年に突然皇太子敦仁親王を元服させ、譲位し醍醐天皇とする。
大和物語1・2段参照
うきやうのかみ=右京の大夫、源宗于(むねゆき)、三十六歌仙の一人、小倉百人一首28番。
大和物語30段参照
哀てふ・・・=懐かしいと言ってくれる人もいるように、
武蔵野の草にでもなっていたなら、目をかけてもらえたのに、目をかけてください。
哀=懐かしい
武蔵のゝ草=古今和歌集867、紫草が1本あるだけで、武蔵野の草は趣が有ると見える。
紫のひともとゆへにむさし野の 草はみながらあはれとぞみる
時雨のみ・・・=時雨ばかり降る山里の木の下は、(雨宿りしても)木の枝を折る人が
いるから雨漏りがします。私は昇進から漏れて、涙が滴っています。
沢山の掛詞が隠れてます。
(ふる)降る。経る、(をる)居る・折る、(もる)雨が漏る・昇進から漏れる、
(過)過ぎ・透き、「時雨・ふる・もる」は縁語、時雨は涙の意
かへり見給はぬ心はへ=顧みてくれない恨み言の心模様
なに事そ これを心えぬとて=これは何じゃ?ワケが分からん!
そうつの君=僧都の君、帝の側近
かひなくなむありしと かたり給ひける=哥を作ったけど全然、甲斐が無かったと語りました。
参考2(大意、先に読むと分かりやすいですよ)
源宗于(むねゆき)さん、昇進したくて不遇を嘆く哥を亭子の帝へ送りました。
帝は御覧になって「意味わかんな〜〜い?」って、
僧都の君へ渡しました。僧都の君がいきさつを語ってくれました。
あまり哥が上手すぎて、意味が分からなくてしまったんだ。
三十六歌仙の一人で、百人一首にも撰ばれているから凄すぎたんだね。
たくさんの掛詞が隠れているのを見ると、テクニシャン(技巧派)だったんです!
テクニシャンを目指し奮闘中。____
yoshyは、昇進の世界とは関係ない生き方でした。
役職や地位、そして資格のステップアップ、たいへんですね。
自分磨きとして頑張ってください。
決して地位で偉ぶってはなりませぬ。
偉くなればなるほど、へりくだり部下を励ましましょう!
いつの間にか、コメントが1万を超えていました。
古典のブログで、しかも原文ばかりなのに、
コメントをいただけるのは、うれしい限りです。
みなさんのコメントにより、逆に励まされてきました。
一番益を受けているのは、yoshy本人です。
これからも、いっぱい学ばせていただきます。
ありがとうございます。
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十一段
参考1
おなし右京のかみ=故右京の大夫、源宗于(むねゆき)、30段参照
監の命婦=げんのみょうぶ、監は近衛府の将監、命婦は中ろうの女房、10段参照
よそなから・・・=余所から遠く見て、恋していたときよりも、
真夏の夜の夢のような短い逢瀬が、より一層切なく、心細くなってしまいました。
参考2
この哥の出典は、後撰和歌集です。
そこには参考になる詞書があります。
後撰集 171
あひ知りてはべりける中の、かれもこれも心
ざしはありながら、つつむことありて、え逢
はざりければ
よみ人しらず
よそながら 思ひしよりも 夏の夜の
見はてぬ夢ぞ はかなかりける
詞書には、知り合ってから、お互いに逢いたいという気持ちが有りながら、
包み隠す事情があって、なかなか逢えないので・・・
と、ありますね。
恋って邪魔者がいたり、
事情があったりして逢えない。
そうすると、そっと見ていた時よりも、
よけいに心配で苦しい。
とても短い段ですけれど、深いですね〜。
布施明さんの歌、平尾昌晃さん作詞作曲
「恋」を、どうぞ〜!
♪逢うたびにうれしくて、逢えばまた切なくて
逢えなけりゃ悲しくて、逢わずにいられない♫
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 三十段
参考1
故右京のかみ宗于の君=故右京の大夫、源宗于(むねゆき)、三十六歌仙の一人。
是忠親王の子。正四位下右京大夫。
えなりいてぬ事と=え・・・ぬ(ず)、・・・出来なかった。
=なりいづ・成り出づ、出世する、成長する。
=昇進出来ない事と
亭子の御かと=亭子の帝、宇多天皇、1,2,3段前出
紀伊国=和歌山県の大部分と三重県の一部
石つきたる みる=石の付いた海松(みる)、食用の海藻の一つ
沖つ風・・・=沖つ風の吹く吹飯の浦に、波が立ち、退いてゆく
そのなごりの浅い水にさえ、私は沈んでしまうだろう。
ふけゐの浦=吹飯の浦、大阪府泉南郡深日(ふけ)の海岸。
風が吹く意や夜がふける意をこめて和歌に詠まれることが多い。
海松(みる)
参考2
宗于(むねゆき)さん、年下の源清平が先に出世し、出世できないと思って亭子の帝に、石の付いた海松を送って、「このまま浮かばれない海松のように沈んだままにいるんでしょうか?」と、帝へ恨み言。
亭子の帝は、この哥「なんのこっちゃ??」
宗于さん、百人一首でも選ばれてます。(28番) 近日中に扱います。
サラリーマンや階級の有る仕事、
昇進や地位は重要です。
置き去りにされて、沈んでゆく、
地方に埋もれる、給料に差が付く・・・など。
昔の貴族も、現代のサラリーマンも変わりませんね。
泣き言も和歌にすると、後の世で「秀歌」と誉められます。
飲んで暴れて「恨み言」を、ぐだぐだ言うより良いかもね。
出世とは関係のない人生_____
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群書類従巻第三百八上
大和物語 上 二十九段
参考1
故式部卿宮=故・敦慶親王(あつよし)、宇多天皇の第四皇子、
容姿端麗で玉光宮と称され光源氏のモデルのひとり。17・18・19段既出
三條の右のおとゝ=藤原定方、醍醐天皇の外叔父、小倉百人一首にも選ばれる
こと=こと・異、他の(上達部)
上達部=かんだちめ、摂政・関白・太政大臣・左大臣・右大臣・大納言・中納言・参議、
三位以上の人の総称。参議は四位であるがこれに準ぜられた。公卿。
るいして=類して、連れだって
碁うち=7世紀頃に中国から日本に伝わった。才女は碁をうったよ。(清少納言や紫式部など)
御あそひ=音楽の遊び
これかれ=此彼、この人あの人、古文では人に言うことが多い。「彼此」と微妙にニュアンスが違う
ゑひて=酔ひて
かつけもの=かずけもの・被け物、人の労をねぎらい、功を賞して与える衣服類。
衣服類を相手の肩にうちかけて与えたところからいう。祿(ろく)
をみなへし・・・=故式部卿宮の思い出の女郎花、手折ると白露が手にかかる。
これは宮様が、在世の今日(昔の今日)ではなく、今いないことを嘆く涙であろうか。
こと人々のおほかれと=他に哥を詠んだ人は多かったけれど
よからぬはわすれにけり=良くなかった哥は忘れたよ
参考2
女郎花の花が好きだった故・敦慶親王を思い出して、手折った花から落ちた露を涙に喩えた哥です。
故人を偲び集まって宴をしていたけど、お酒を飲みながらワイワイやっていたところ、
藤原定方のこの歌で故宮を思いだし、しんみりと思い出に浸った様子が伺われますね。
多くの哥が詠まれても、一つの秀歌で、他が霞んでしまいました。
それにしても、美男で、
光る君の再来と言われ、
亡くなってからも、
慕われた宮様ですね。
秀歌には、力があるんです。
哥の作者は、藤原定方、
この宴をキリリッと〆ました。
次回の百人一首は、
この人だね!
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