伊勢物語と仁勢物語

パロディーと諧謔の、仮名草子。

因果物語

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因果物語2-11

ちょっと怖〜〜い、仮名草子。
因果ものかたり 平仮名本     赤木文庫本複製  古典文庫
因果物語 巻二

十一 師の房死して後 弟子を殺す事

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おなしく江戸 芝の 高雲寺の納所に 芳金と
いふ僧あり 寺の住持をば 呑悦とぞ申ける ある
人 この寺へ我子を つかはして弟子にいたしけり
しかるを かの納所申すやう それかし 此年比
何とぞ出家を一人 とり立申たく存し侍り
この弟子は それがしの契約つかまつり侍へらん
と ふかく望みければ まことに しかるへき事也
とて すなはち長老 剃髪なされ 名をば 呑悦
の呑の字と 芳金の芳の字を とりあはせて
呑芳とぞ つけられける かくて呑芳 十二三年

偏参して侍へりけるあひだに 芳金 むなしく
成たり 庵室 諸道具すこしも相違なく かの弟
子 呑芳にわたしけり しかる所に 呑芳は うけ
とりたる 諸道具どもを こと/\く 賣しろなし
寺をも 打あけ侍へり こゝに一周忌の比よりし
て かの芳金が亡霊あらはれて 夢まぼろしに
見え来りて 呑芳か頸(くび)をしめける事 毎夜也
されとも ふかく人にかくして わがはからひをもつて
経などよみて 其外には とふらひをも いたさす
兎やかくやと打過けるが 次第/\に おもくわづらひ
けり いよ/\ 後には直に 芳金かたちをあらはし

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呑芳が目にみえて いかに呑芳よ/\と 呼けり
このとき呑芳 やゝ とこたへて そのまゝ絶入つゝ
つゐに 死けり 高雲寺の弟子 古川の永井寺の
長老 物語せられし 寛永八年の事也 呑芳 わが
身のため 師となり 親となりし芳金が 跡敷を
のこらずとりながら 恩をもしらず 仏事をも つ
とめず 跡をとふらふ 心ざしなかりけり かやうの
ものは たとひ 芳金うらみをいたさずとも をの
づから 天道の冥加にも つき侍へらめ

参考

師の房=師の坊か?師匠である僧、寺子屋の師匠
江戸 芝=東京都港区
納所=なっしょ、禅寺で、施物の金品・米穀などの出納事務を執る所。その役の僧
住持=住職
偏参=へんざん、 禅僧が各地の師のもとを訪れ、修行してまわること
むなしく=死んだ
諸道具=仏像を始めとした仏具
古川の永井寺=茨城県古河市か?永井寺(えいせいじ)がある。
跡敷=あとしき、相続財産
冥加=知らぬうちに受ける神仏の援助・保護、冥利

\¤\᡼\¸ 4

回のお話は、結構怖かったよ〜。
親不孝なyoshy、
冷や汗をかきながら、
翻刻しました。
皆さん、親の恩や、師の恩は、
忘れないようにしましょう。

_______\¤\᡼\¸ 2 親不孝だった軽鴨の介

因果物語2-10

ちょっと怖〜〜い、仮名草子。
因果ものかたり 平仮名本     赤木文庫本複製  古典文庫
因果物語 巻二

十 日比(ひごろ)より往生の日を知たる事

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武州 江戸の石町に 田上玄加といへる くすしの母
そのとし 六十にして 慶安元年 五月中旬より
わづらひつきて それより 毎日に三度づゝ 行水
を せらる すなはち 帰依(きえ)の寺 五番町の松久寺
といふ寺より祖龍といふ僧を呼て髪をそり 則(すなはち)
長老を請じ 血脈を いたゞき 戒名は 照雲乗光と
号せらる いよ/\行水をして 我かならす六月十四日

(さる)のこくに 死すへしとふれめぐらし 人/\残り
なく いとまごひいたし さて その日に成しかば 行
水を 七たび すへしと申されしを 人々色/\に
なだめて 六度になりけり かくて 辞世の歌有
その哥は わすれたり 傍に有けるものどもに
いとまごひの さかづきして それよりは 閑(しづ)かに
座禅する躰にて 正念往生を とげられたり
兼てより 死すへき時日を しる事 随分の後世
者にもまれ也 こと更 女人の身にては まことに き
とくの事也 仏のたしかなる 御つげの おはし
ますにこそあるらめ 尤うらやまし

参考

武州 江戸の石町=武蔵国・日本橋本石町(ほんこくちょう)、日銀や日本橋三越のあたり
くすし=薬師
慶安元年=1648年
血脈をいたゞき=けちみゃく、仏教の諸宗でその教義・法統を師僧から弟子に伝えること
行水=仏事などの前に、きよらかな水で身体を清めること、潔斎
(さる)のこく=午後4時の前後
正念往生=極楽往生を信じて疑わないこと→正念場
後世者=極楽往生を願う人、ごせにん
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自分の死ぬ日が分かったら、
どうするだろう??
見られてはいけない「あれやこれや」、
処分しなければ・・・
往生際が悪そうです。
みなさん、どうします??

_______\¤\᡼\¸ 2 軽鴨の介

因果物語2-9

ちょっと怖〜〜い、仮名草子。
因果ものかたり 平仮名本     赤木文庫本複製  古典文庫
因果物語 巻二

九 盲目 死して福人の子に生れし事

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美濃国 土岐の郡に 開眼院と云禅寺あり 此寺に
佛都(ぶついち)と云 座頭の有しが 極めたる善根者也 諸旦
那を あまねくすゝめて 寺の鎮守をたて 門をも 立
けり 角て 佛都 むなしくなりけるが しなのゝ国
伊那の郡に 大福人の家に生れたり 此子 生
れて 七日のうち 手をつよくにぎりて ひらかす
七日めに ひらきてみるに 手のうちに 濃州土岐
郡 開眼院 佛都と 名書あり 大にあやしみて 父の
方より 彼寺へ 人をつかはして 尋うかがはせけるに
さやうの座頭有けり すこしも違申なし と 寺の
住持より返事 委細也 有漏(うろ)の善は 痴福
となる事 うたかひなし とかや 物しれる人は
申されし 正保の初めころの事也

参考

美濃国土岐の郡=岐阜県の南東部に位置する土岐市、美濃焼の産地、美濃源氏の嫡流・土岐氏
佛都=佛市
座頭=江戸期盲人の階級。按摩、鍼灸、琵琶法師など、
   障がい者保護・自立政策として職能組合を作り保護した
善根者=ぜんごんしゃ、善根の所行をなした人、善根の行為を積んだ人
角て=かくて
大福人=裕福な人、金持ち
有漏(うろ)の善=煩悩にけがれた迷いの世界での善行⇔無漏、「漏」は煩悩の意
痴福=世俗の幸福に迷い、正しい道理がわからないこと。
   ここでは、世俗の幸福で満ち足りること


鎌倉時代から、座頭という職業集団がいました。
平家物語を琵琶法師が語るのもそうした集団でした。
江戸時代になると、幕府公認で保護され、
鍼灸、按摩が主要な職業となり、
目の不自由な人たちの自立を幕府が援助しました。
座頭の中から偉大な人も出ていますよ。
塙保己一(はなわ・ほきいち)江戸時代の盲目の国学者。
読んだ本を、全部暗記してしまう天才でした。
長い源氏物語も、暗記していました。
ある時、源氏の朗読会、明かりが消えてしまい、
保己一ひとりで朗読を続け、
「目あきというのは不自由なものじゃ」と云ったそうです。
明治になり、こうした制度は無くなりました。
『座頭市』は、ドラマや映画で有名になりましたね。
千葉県佐原市に伝わる「盲目の侠客座頭の市」の話から、
『座頭市』が出来ました。実在のモデルがいたのか!
最後に「有漏(うろ)の善」という言葉に出会って良かった。\(^O^)/
輪廻は、あまり信じていませんが、
煩悩にけがれたこの世で、少しでも善行を積み、
「有漏の善」を為しましょう。


_______\¤\᡼\¸ 2 軽鴨の介




因果物語-片仮名版

いつも読んでくれて、ありがとうございます。
お馴染みの因果物語、実は「平仮名本」と「片仮名本」が有るんですよ。
出版されたのは、「平仮名本」が先(1658年頃)で、
後から「片仮名本」(1661年)が出ました。
作者が「因果物語」を出した頃は、記事の中の人がまだ存命でしたので、
実名などは控えられたそうです。
「片仮名本」の方が簡潔な文章ですが、読みにくいです。
それでは、「片仮名本」の雰囲気をお楽しみください。
同じ話は「平仮名本」にも出て、前回に扱ったお話です。
読み比べてください。

チョット怖〜〜イ、片仮名草子。
因果物語      片仮名版        古典文庫
因果物語 中

卅四 乞食ヲ切テ報ヲ受事

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江州ニテ。去侍ノ子共。十五歳十八歳ノ人。常々等閑ナク囃
ケルガ。或時両人町エ出。乞食居ケルニ向テ。其様ニテ居タル
ヨリ。死度(しにたく)ハ無カト問ケレバ。尤也死度ト云。左有トテ既ニキ
ラントス。時ニイヤ/\死度モナシ。無理ニ殺玉ハゞ祟ベシト云
ドモ。聞ズ終(つい)ニ切タリ。扨十日モ過ザルニ。両人少ノ遺恨ニ
テ討果シケリ。後ニ聞バ文ノ返事セザリシ遺恨ト知タリ。
諸人乞食ノ報也ト。云アヘリト也

参考

等閑=とうかん、物事を軽くみていいかげんに扱うこと。なおざり。


イカガデゴザルカ?
読ミニクウハナカッタカ?
御武家様ガ、読ミソウナ片仮名草子デゴザルナ。
実ハ、方丈記ト云、有名ナ本ハ「片仮名」デ書レテオル。
モット読ミニクイ「片仮名」ダゾ。
昔ノ御武家様ハ、漢学ヲ学ンダカラ、
「片仮名」ガ得意ナノジャ。

_______\¤\᡼\¸ 2  軽鴨ノ介

因果物語2-8

ちょっと怖〜〜い、仮名草子。
因果ものかたり 平仮名本     赤木文庫本複製  古典文庫
因果物語 巻二

八 乞食を切ためして報(むくい)ける事

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おなし国 佐和山衆 何右衛門といふ人の子息に
三十郎とて十五才 また何の又右衛門と云人の子息に
又次郎十七才 此両人あそびありく道にて 乞食に
むかひていひけるは 汝そのことくに 腰もたゝず
食に飢えて ながらへんよりは死たうはなきか と問け
れば 乞食 こたへていふやう 仰せのことく思ふやう
にもなき 世の中に生てあらんよりは 死たくこそ
さふらへ といふ さらば 切ころしてとらせんとて 刀に

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手をかけしかば 乞食いふやう いや/\死たうは
なきそや もし無理にころし給はゞ たゝり申す
べし といへとも 一たびはやく死たきといふて 又
変改するは 比興者かな とて 二人して切ころし
けり さて乞食の云たるごとく 二人なからその日
より 物ぐるはしく短気になりしか 十日もたゝぬ
うちに三十郎方より 又二郎所へ 文をつかはしける
を い(?・やすだてにて 返事をせず これを遺恨
におもひ 又二郎家に込(こみ)いりて 又二郎を切ころし
三十郎も はらを切て はてたり はやくむくひた
る因果也

参考

佐和山衆=近江国犬上郡佐和山城あたりの衆、作者・鈴木正三は、徳川家の旗本であったので、
    井伊家々臣にも知り合いが多かったので取材出来たようです。
い(?・心)やすだて=心安立て、親しいことになれて、遠慮や配慮などに欠けること。
   「い」は彫りミスか?「心やすだて」で意味が通じる
物ぐるはしく=物狂い、正気でなくなること、狂気


帯刀を許された武士、
平和の世に、農工商の師たる「士」として、
模範に立つことが要求されます。(素行・松陰風に(^_^;)
嘆かわしい事件が実際に有ったのでしょう。
現代でもホームレス襲撃事件なんて有りましたが、
遊び心で「人殺し」はなりませぬ。
また、無免許運転や飲酒運転なども、
同じような「人殺し」になりますぞ!

_______\¤\᡼\¸ 2  軽鴨の介

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士は農工商の業無く、而して三民の長と云う所へ・・・
(武教講録から)


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