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小倉百人一首 45番 謙徳公(藤原伊尹・これまさ)
久しぶりに百人一首です。
情けをかけてくれそうな人は誰も思い当たらないので、
我が身はこのまま独り空しく死んでしまうのでしょうねえ。
出典:拾遺和歌集
ものいひ侍ける女のゝちに つれなく侍て さらにあはす
侍けれは 一條摂政
あはれとも いふへき人は おもほえて 身のいたつらに 成ぬへき哉
詞書に「ものいひ侍ける女」、
つまり仲良くなった女性がつれなくなって、
さらに逢おうともしなくなった時の哥とありますね。
藤原伊尹は、家柄、才能、容姿、申し分ない人でした。
晩年は摂政・太政大臣にまで昇進します。
それでも恋は、思うようにはなりません。
何とも情けない哥です。
でも、失恋時の気持ちって、どんな人でもこんなもんでしょう。
さて、泣き落としで憐れみの気持ちを、
女性に持ってもらえたでしょうか??
女返し(一条摂政御集から):
「今さら、可哀相などと誰が言うもんですか!」って、言われました。
(-.-#)
失恋は、せつないですね。
この挿絵が、何ともおかしい。
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小倉百人一首
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小倉百人一首 8番 喜撰法師(きせんほうし)
久しぶりに百人一首です。エイッと開けた頁が、喜撰法師でした。
喜撰法師
我いほは 宮このたつみ しかそすむ
よをうち山と 人はいふなり
我が庵は 都の巽 然ぞ住む
世を宇治(憂し)山と 人は言ふ也
私この哥、昔は「鹿ぞ住む」と理解していました。(笑)
「しかぞ」は、「然ぞ」。これは「さぞ」とも読むね。
「そのように」なんて意味です。
「鹿ぞ住む」と言う説も有るそうですが?
それでこの哥の語釈は、
我が庵は都の東南に、このように住んでいるよ、
人は世を憂しと隠遁して、宇治山に居ると言っているそうだ。
人は憂しと隠遁してしまったと言ってるけれど、
私としては「そうは思っていないよ!」と、言う気持ちがあると言われてます。
湖月抄や女郎花物語の作者、北村季吟は、「我はこゝにしかすめども世をうく思はぬといふよしなり」と、解釈しています。
さて出典です。
←古今和歌集です。雑下・983
きせむ法師
我庵は みやこのたつみ しかそすむ 世をうち山と 人はいふなり
貫之は、古今集・仮名序で喜撰法師を、
このように評しています。→
宇治山の僧
きせむは こと葉かすかにして はしめをはり(始め終わり)たしか
ならす いはゝ秌(秋・異字体)の月をみるに あかつきの雲に
あへるかことし(小さい文字「わかいほは 宮古のたつみ しかそすむ
よをうち山と 人はいふなり」)同じ写本の中でも、使ってる文字が違います。
六歌仙の一人だけど、古今集と玉葉集で2首以外、
確かな哥は伝わっていない。少ないね。
う〜〜ん、六歌仙なのに言葉 幽(かす)かです。
さらに、生没年不詳、伝不詳ですから、
「始め終わり」も確かではありません。
秋の月を見ようとしていると、暁の雲が遮ってよく分からないように、
ナゾの坊さんです。
紀貫之さんが、そう言ってるんですから、私はもっと分かりませんね。
←古今六帖にも、同じ哥が載っていますが、
すこし文字が違います。違うところ色変え
喜撰法師
我宿は 都のたつみ しかぞすむ よをうぢ山と 人はいふらん
2首目のもう一つの哥は、玉葉集・400→
題しらす 喜撰法師
木の間より みゆるは谷の 蛍かも
いさりにあまの うらへ行くかも
多くは「海へ行くかも」と有りますが、この写本では「浦へ行くかも」。コピペの怖いところです。
なにやらワケが分からなく、難しくなったので、
宇治とお茶について、簡単に話します。
宇治にお茶を持ってきて、栽培を教えたのは「明恵上人」。
上質なお茶の産地として名声が有りました。
その宇治に昔、住んでいたのが「喜撰法師」。
上質なお茶のブランドに「上喜撰(じょうきせん)」がありました。
もちろん「喜撰法師」に、ちなんだネーミングです。
ここまで来れば、みなさんお分かりですね。
ペリーの黒船(蒸気船)来航
「泰平の眠りをさます上喜撰 たった四杯で夜も寝られず」
こんな所にも、「喜撰法師」は登場しています。
真ん中のラベル「上喜撰」
お茶を濁して、蒸気船のように煙に巻きました。
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まずは、紙袋。
袋
かるたあそび
パンフ
いろんな種類がある〜〜!
百人一首ミニあられ10種類「かるたあそび」というあられのお煎餅。
「長岡京 小倉山荘」のお菓子です。
ここは名前の通り、小倉百人一首にちなんだお菓子がいっぱい。
さらにちょっと差がつく百人一首講座のサイトまである。
実は、yoshyも、ここの講座はよく参考にしてるんだよ。
ありがとう、山の神。
テレれるけれど・・・うれしい。
食べるのもったいない。
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小倉百人一首 33番 紀友則(き の とものり)
さくら・サクラ・桜。
久かたの ひかりのとけき 春の日に
しつ心なく 花のちるら舞
いつものように、出典から。
この哥は、古今和歌集からです。最近、古本屋さんから
「契沖筆・古今和歌集 鶴見大学版」を、手に入れました。
契沖の筆づかいも含めて、観賞してください。
古今和歌集 春 契沖筆
さくらの花のちるをゝしめる
紀友則
ひさかたの ひかりのとけき はるのひに しつこゝろなく 花の
ちるらん
哥意は、うらゝかな日の光。穏かで長閑な春の日に、
どうして(桜)花はあのように落ちついた心もなく、
あわたゞしく散るのであろうか。
「ひさかたの」は、「天」「空」「月」「雲」「雨」「光」「夜」「都」などにかかる枕。
「しづ心なく」は、静かな落ついた心もなく、気ぜわしくの意。
詞書に、「桜の花の散るを惜しめる」とありますね。
うららかな春の日に、そう、風も強くは吹いていないのに、
どうしてあわただしく桜の花が散るのでしょう。
たいへん惜しいと言ってます。
紀友則さんは、紀貫之とは従兄ですね。
古今集に四十七首収録。その数は貫之・躬恒に次いで第三位です。
かつて歌合に「初雁」を題としたのに友則の歌の上の句「春がすみ」と読み初めたので、列席の人々は「秋なのに春がすみとは」と笑ったのですが、下の句「かすみていにし 雁がねの いまぞ鳴くなる 秋霧の上」というすばらしい哥であったので、笑った人々は大いに恥入ったという話があります。
出典は、十訓抄からです。
これだけは、長いので片仮名を平仮名に、濁点も補いました。
寛平哥合に 初雁を友則
春かすみ 霞てい(去)にし 雁がねは 今ぞなくなる 秋霧のうへに
とよめる 左方にて有けるに、五文字を詠じたりけると
き、右方の人こと/\く嗤(笑)けり、さて次の句に かすみてい
にし と云けるにこそ、音もせず成にけれ、物を聞きもはてず
ひたさわぎに笑事 あるまじき事也、又さやうに思が
けぬ事も よむまじきにや、又人ありて 誠のあやまりを
したりとも、我ため苦しみのなからんに、強(あなが)ちに難じそしり
ても 何かせむ、
(昔の片仮名も拡大して観賞してくださいね。古今著聞集にも同じ話があるそうですが、影印の手持ちが有りません。(笑))
最後に、友則の「桜」を詠った一首 友則集から(古今集にも同じ哥有り)
さくらの花のもとにて 年の老ぬることを思ひて
色も香も おなしむかしに さくらめと
年ふる人そ あらたまりける
花は色も香りも、昔と同じに桜は咲いているようだけれど、
年を重ねた自分の方は、新たに老いてしまった。
歳を取ってくると、桜の咲くのをあと何回、見られるだろうか?
今年も桜を見ることが出来た。
こんな言葉を、年配の方々は言いますね。
年々歳々花相似たり、
歳々年々人同じからず。
生きている限り、桜を楽しみましょう。
木花咲耶姫の御加護あれかし。
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小倉百人一首 67番 周防内侍(すはうのないし)
春ですから、春の哥を。
まずは、百人一首から。(本阿弥光悦書画)
周防内侍
春のよの 夢
はかりなる
手枕に
かひなく
たゝむ
名こそ
惜けれ
なにやら艶っぽい哥ですね〜♡♥
意味は、短い春の夜の儚い夢ほどの戯れ事に、あなたに手枕をしてもらうと、甲斐のない浮名が立ってしまうは、口惜しいことに思います。
どんないきさつが有ったか言うと、出典がその説明をしています。
千載和歌集964
二月はかり月のあかき夜 二条院にて 人/\あまた
ゐあかして 物語などし侍けるに 内侍周防 よりふ
して 枕をかなと しのひやかにいふを聞て 大納言
忠家 是を枕にとて かひなを みすの下より さし
入て侍けれは 読侍ける
周防内侍
春のよの 夢はかりなる 手枕に
かひなくたゝむ 名こそをしけれ
といひ出し侍けれは 返事によめる
2月の明るい月の夜に、二条院で人々が楽しくお話をしていたところ、周防内侍 少し眠くなってきたので、横になって「枕が欲しいわね」と小声で言ったのを、大納言藤原忠家さん。聞いて「是を枕に」にと、腕を御簾のしたから差し出したんだ。その時に「甲斐無き浮き名が立ちますよ!」と、読んだ哥なんですね。
「かひなく」は、「甲斐無く」と「かいな(腕)」が、掛かっていますよ。
大納言藤原忠家さんの返事も、千載集には有ります。
大納言忠家
契ありて 春の夜ふかき 手枕を いかゝかひなき 夢になすへき
大人の、ユーモアたっぷりの哥の遣り取りですね。
「春の夜の甲斐のない夢ですよ!」って、受け流しています。
最後に、以前に「大納言忠家」さんの記事を、
書いたことが有るんですが、
大変面白い記事なので、余裕の有る方は読んで下さい。
後悔はさせません。保証します。∈^0^∋
周防内侍と忠家の記事
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