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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻第一
紫 式 部
(・・・うけ合つゝ) これより石山へ参り
て 心しづかにきせいし 仏前にありし お経のうらを料帋(紙)と
して 既に筆をそめんとしけるが 折ふし 八月十五夜な
れば くもらぬ月かげ 湖水にうかみ 千里のながめも さはりなく
えならぬにおかしき趣向 心にうかび 先 すま あかしの二巻を かき
はじめて終に 六十帖の功おはりぬ 今の源氏物語 是なり その
こと葉 玉を貫て うるはしく 司馬遷が史記の文法にたより
荘子が寓言をまねび 百家の故実をあかして 敷嶋の道
を 本とせり かりに色欲不義のたはふれをとくといへ共 実
は 無常の本理を人にさとらしむるに足れり 是より後世
の もてあそび第一の草子とはなれり 又一とせ 夫 例ならぬ心
ちに わづらい侍れば 御いとま申て とかくはからいけれ共 せんなく
身まかり侍りけり 式部 いとさびしく こもりをりて
みし人の 煙となりし夕より 猶むつましき 塩がまのうら
と 打ながめて いとゞ泪のひまぞ見えし 扨(さて) 式部が墓は
白毫院にあり 此寺は千本ゑんまだうの内なり 堂のかたはら
び 四五間ばかりの 高きなる石塔有 是則(これすなはち)式部が塚也 とゑん
ぎに 見えたり 但し石塔にも 建立の比の 年号さだかに有
石山=滋賀県大津市にある東寺真言宗の寺。
「源氏物語」の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得た。
料帋(紙)=書きものをするための紙。料紙は詩歌を美しく書くため、
紙質が重んじられ美意識の対象となる。
すま あかしの二巻=(源氏物語の中の)須磨・明石の二巻
六十帖=源氏物語は54帖、60巻という数は仏教の天台60巻になぞらえたモノ。但し60帖説も有り。
こと葉 玉を貫て=「玉」は真珠、転じて「美しいもの」、美しい言葉を通して。
司馬遷が史記=中国、前漢の歴史家。「史記」中国の二十四史の一。
荘子が寓言=荘子のたとえ話。道家の根本思想を寓話を用いて説く。
百家=多くの学者。
敷嶋の道=和歌の道。歌道。
無常の本理=永遠不変のものはないという条理。
もてあそび=心を慰めるモノ、古典では和歌集や草子などを言うことが多い。
夫=藤原宣孝
例ならぬ心ち=いつもと違う心地。
みし人の・・・=あの人が荼毘の煙となったその夕べから、
塩焼く煙の絶えない塩釜の浦は、その名を聞いただけで親しいものに感じられる
白毫院=京都市北区堀川通北大路下る西側。ここは雲林院百毫院の南にあたる。
美人鑑の作者は、紫式部と夫の藤原宣孝の関係を、
たった1首でもって言い表しました。
「紫式部集」からの引用です。原文を見てみましょう。
世のはかなき事を なけく比 みちのくに 名ある所/\
かいたる ゑを見て しほかま
新古
見し人の けふりになりし 夕より なそむつましき しほかまの
うら
詞書も合わせて哥を読むと、陸奥の名所巡りの絵の中で、
塩釜で塩を作る煙が昇っている絵を見ると、
亡き夫が荼毘に付された事が思い出されて、
「塩釜の浦は、名を聞いただけで心が惹かれます」と、
言っています。紫式部の夫への愛情が、
溢れてる哥では有りませんか。
紫式部の美しさはこうした哥からも覗えますね。
紫式部集48・新古今和歌集820
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本朝美人鑑
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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻第一
紫 式 部
紫式部は 越前守為時か女にて 上東門院の官女也 はじめは藤
式部といひけるが 源氏物語を作りて 紫の上の事を 殊に い
みじくかきなしたり 因之(これによつて)紫式部と号し侍るとかや 抑(そも/\)此
式部は 容顔うるはしきのみにあらず 廣く異朝の書を まな
びて 詩文にもくらからず 和哥は古人の風を あふひで その作
いと新し 誠にあふぐに高くして ほむるにあまれる うつは物なり
或時 村上天皇の御むすめ 大斎院より上東門院へ 御つかひ有
て 世にめづらしき草子など侍るにやと 乞(こい) をとづれさせ
竹取などのごとき 世にふりにたるは 更にめづらしげなし なんぢ
筆をそめつゝ 何にても あたらしく物語を かきて奉れと 御給
せ事あり 式部も 君命なれば 辞し奉るに 恐れ多しと
覚え 先 かしこまり奉るよし うけ合つゝ・・・
紫式部=973〜1014年頃 平安中期の女流作家「源氏物語」作者。
父が式部丞だったので式部と呼ばれる。
越前守為時=紫式部の父、正五位下・左少弁。
女にて=むすめにて、娘にて
上東門院=一条天皇の中宮藤原彰子の院号。藤原道長の娘。後一条・後朱雀天皇の母。
紫式部・和泉式部ら多くの才媛が仕えた。
容顔=顔つき。顔かたち。
うつは物=器物、人物や能力などの大きさ、器量
村上天皇=第62代天皇。在位、946〜967。醍醐天皇の皇子。
大斎院=村上天皇の皇女。12歳のときから57年間、賀茂神社の斎院をつとめ、
大斎院と称された。
竹取=竹取物語、かぐや姫
ふりにたるは=「旧り・古り」にたるは、時がたって古くなったので
君命なれば=主君(上東門院)の命令なので断れない
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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻㐧一
中 務(なかづかさ)
中務の親は 大学の博士なり 弟子おほく侍る中に文章生(もんじやうせい)
重杪(しげすへ)といへる人を すぐれてしたしく思ひ 我娘の中務を
添臥(そいふし)の便りとも せられけり はじめて しげすへに あひはべる
夜 よみける
引とめて うれしとぞ思ふ 君にけふ あふ坂山の せきのしるべは
そのゝち 春の比 重杪のもとへ つかはしける
鶯の うつれるやとの 梅のはな 香をしるべにて 人はとはなん
又内裏に 女郎花あはせの ありけるに 題を たまはりてよみて
奉りける
長き夜を いかにあかして 女郎花 暁おきの 木々の雫に
此哥かぎりなく めでたしとて 殊更に かんじ仰下されけると
いへり すべて 此中務は 世にならびなき かたちといひ 親に孝ある
人にて 朝夕のつとめに おこたらず 春の花 秋のもみちの 折
ごとには 二親に 酒をすゝめ 珍物を そなへて ねん比に かし
づきけり 又此はゝ 常に鳴神を きらいける事 なのめならず
殊(こと)に 夏のあつき日など 空かきくもり 雨あらくひかりわたりて
神なる時は 心をまどはし おぢはゞかりけり 中務 さやうの折
からには 御門に御いとま申て かならず家にかへり 香をたき 身を
きよめて 天にいのりければ やがて なる神も しづまり 空はる
る事 たび/\也といへり まことに こう/\といひ 正直の かうべ
を かたふけ いのる人には 天道 かならず くみし給て 御利益
に あづかる事 うたがひなし
中務=平安中期の女流歌人。三十六歌仙の一人。宇多天皇の皇子、中務卿敦慶(あつよし)親王の王女。
母は歌人の伊勢。家集に「中務集」がある。ここでのお話は、創作で史実ではありません。
大学の博士=大学寮の官名
文章生=大学寮で文章道を専攻した学生、もんぞうしょう、もんじょうのしょう
重杪=不明、架空の人か?
便り=頼り、よりどころとして、たよっているもの。頼み。
添臥=身分の高い男子には,元服・初冠、当夜女子を選んで添い寝をさせる風習があり,
その相手に選ばれた女子を、添臥(そいぶし)という。
添臥に選ばれた女性がそのまま正妻になることが多い。
引とめて・・・=貴男を引き留めてこのように逢える事はうれしいと思います。
今日、逢坂山の関のしるべによって。
しるべ=知る辺・標、知っている人、道案内
鶯の・・・=鶯の移る宿は、梅の花の香りを道標によって移動するのかと、人は問うだろう。
女郎花あはせ=物合わせの一。和歌を添えた女郎花の花を持ち寄って比べ、その優劣を競う。
長き夜を・・・=長き夜をどのようにして過ごすのですか、女郎花。暁におく木々の雫の下で。
鳴神・なる神=雷、なるいかずち
なのめならず=斜めならず、ひととおりでない、いいかげんでない
くみし=味方に成る
中務集から:クリックして拡大して見てください。
同じ御時、御前に紅梅植させ給ひて、鶯の
巣など、作らせたまへるに、召しに、
鶯の うつれる宿の 梅の花 香をしるべにて 人はとはなん
長き夜を いかに明して 女郎花 今朝しも見れば 露けかるらん
雷が怖い母親を気遣い、
付きそう優しい美人ですね。
優しさは、天道も恩恵を与えます。
まさに「柔和な者は地を受け継ぐ」ですね。
我が息子、親にビールを、
送ってくれないかなぁ〜
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本朝美人鑑 巻㐧一
伊 勢
本朝美人鑑「伊勢」原文を紹介します。鑑賞してください。
翻刻と意味は、前頁と2日前の頁にあります。
大きな画像ですから、変体仮名の勉強にも使ってください。
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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻㐧一
伊 勢
かくて年月ふるまゝに 女 おやなくなりて たのむ所なう 思くらし
ける比 いつとなく男もかれ/\になりて 時々おとづるゝのみなり 女は
かはる心もなく さばかり恨むる気色もなくて 有わたり侍るが 餘
月日のへだゝるまで をとづれもせで 有ければ いかゝ せさせ給ふに
や 露だに 御をとづれもなく 過し給ふは いかが心もとなくも侍る
折/\の 御かさやどりにもがなと いひつかはしけれは 返事に 今は
さはる事有て えまからず 心ながう待給へ など いへるを 恨て
難波がた みじかきあしの ふしのまも あはで此よを すぐしてよとや
とよみつかはしけれど 音もせずなりにければ 恨めしき事の
今更 とりかへされぬ むかしを思いなげきて
小紫 とてもあせ行 色ならば そめぬを人の なさけとも哉
など いひ/\て 月日をふるまゝに いよ/\便りとすべき人
だになくなりけるほどに 後は まづしく成て すみなれし家
なども 人のもとへうり侍る比
あすか川 淵にもあらぬ 我宿も せにかはり行 物にぞありける
とよみすてゝ出にける 昔の人は かくばかり はぶれはてゝ よるべなき
折ふしも 猶やさしき 心ざまは 失はず 今やうの人こそ 唯わが
ための 利徳をのみ本として いと あいなく きたなげなる 色
ふしも みゆるぞかし 人は たゞ かりそめの事にも やさしく
心を もたまほしきものなりとぞ
かれ/\=涸れ涸れ、男女の仲が縁遠くなること。
御かさやどり=笠宿、軒下または木陰などに、しばらく雨宿りをすること。
さはる事=障る事、さしつかえる事
えまからず=え罷らず、行くことができない。
心ながう待給へ=心長く待っていてください。
難波がた・・=難波潟―その水辺に生える短い蘆の節の間のような、ほんのわずかの間さえ、
あなたと逢わずに、この世をむなしく終えてしまえとおっしゃるのですか。新古1049
「ふし」には「節」と「臥し」が掛かる。
「節」は「よ」とも読むので「(男女の)世」に掛かる。
音もせず=音信不通
とりかへされぬ むかし=取り戻すことが出来ない昔、私の青春返してよ!
小紫・・=小紫さえも褪せ行く色ならば、(私をこんなに悲しめないで)
いっそ私を染めないのが情けというモノですよ。
古代の染色・小紫・濃紫
あすか川・・=飛鳥川の淵でもない我が宿も、(時の)流れが速く、
(明日は)瀬に変わり行く物(他人の物になる我が家)であるのだなぁー
参考:世の中は 何か常なる 飛鳥川 昨日の淵ぞ 今日は瀬になる 古今933
はぶれはて=放れ果て、おちぶれる、放ち捨てられる。
あいなく=わけもなく、つまらなく、気に入らない
色ふし=色節、晴れがましいこと、きらびやかで派手なさま。
かりそめの事=仮初の事、一時的なこと。
まほし=・・が望ましい。
移り気な男が訪問しなくなって、
嘆きつつも、少しも心変わりしないで、
優しい心を持って生きていきました。
伊勢は、心美人でしたね。
この話は、創作された恋愛話です。
実際は、宇多天皇に愛された、
御息所としての立場がありました。
安心してください。
大阪府高槻市に「伊勢寺」があります。
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