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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻㐧一
伊 勢
伊勢といふ女は 大和守つぐかげの娘也 ある人の云 父を伊せ守
といひし故に 其名を用て 伊せと名づくとかや いづれに
よしあるべき説なり 此人七条の中将につかへて 古今 名誉の
哥仙なり 文章 又うるはし その比 なにがしのおのことて 色好
みなる人有 いせのかたち いつくしく 心やさかたなるを 聞および
ける程に よき折ふしもがなと 思ひける比 中宮 御方たがへに 或
宮へ わたらせたまひけり 伊せも 御ともつかうまつるよしをきゝて
此おのこ 心そらになり 物のひまもとめて かいまみしけるに
誠に らうたく 物やわらかなるさま 此よの物とも 見えざりければ
とかく 思いまどひけれど 風のつてたになくして いとゞ くるし
かりけり あり所は聞けれど たづねみる事もかなはで かく聞えけり
吹風に 我身をなして 玉すだれ かゝる一めの ひまもとめなん
とよみて 朝夕わすれがたき折ふし あるおもと人を かたらひ た
のみて文なと したゝめつゝ かくなんといへりければ おもと人 此ふみ
を 懐に入 いせの方へつたへ侍れど 中/\ 物つゝましきほどにて
いらへもなく 見えしかば おもと人 よろしくこしらへて なき侍にぞ
伊勢も さすがに捨がたくて 此文をひらきみるに まことに けた
かきさま いふばかりなし 重て打すてん事も 情をくれたりと
人に見られんは 口おしかるべき事に思ひて
めにみえぬ 風にはなす共 玉すだれ いかで心の ひまもとむべき
といひなし侍りけるを かの男うれしき事に思ひて 度々せう
そこなど いひつかはしければ いつしか ほいのごとくに あひしりけり
伊勢といふ女=伊勢守藤原継蔭の娘で伊勢守から「伊勢」と呼ばれた。
大和守つぐかげの娘=藤原継蔭、伊勢守であった。
七条の中将につかへ=藤原温子、別名東七条后、七条后、宇多天皇に更衣として入内した。
哥仙=すぐれた歌人、「歌聖」に次ぐ人ともいう。
色好み=恋愛の情趣をよく解すること、風流・風雅な方面に関心や理解があること
心やさかた=心優方、心が優美で風流なこと
よき折ふしもがな=良いチャンスがあったらなぁ〜
御方たがへ=方違え、方角が悪いと別の方向に出かけ、
目的地の方角が悪い方角にならないようにした。
かいまみ=垣間見、物のすきまからのぞき見ること、のぞきみ。
らうたく=洗練された美しさと気品があること。
吹風に・・=私の体がどこでも吹いてゆく風になれば、あなたの住む玉簾(宮中の簾・玉は美称)の
透き間を探して中に入って行くことができるのだが。伊勢物語64段
おもと人=御許人、貴人のそば近くに仕える人、侍従、女房。
めにみえぬ・・=目に見えない風になって玉簾を通り抜けても、
どのように私の心のすき間を、求めるのですか。なりませんよ。
せうそこ=消息、文をかわすような間柄になった。
ほいのごとくに あひしりけり=本意のごとくに相知りけり、互いに愛し合うようになった。
何某の男と伊勢の、架空の恋愛譚です。
哥の遣り取りで、良き仲となりました。
2つの哥は、語句は微妙に違いますが、
伊勢物語64段から取られてますね。
諸説有りますが、伊勢物語も
伊勢が作ったと言われてますから。
「心優方(やさかた)」という言葉を知って良かった。
伊勢は、優美で気品のある美人だったんだね。
さて、後半はどうなるでしょうか?
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本朝美人鑑
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世界の美女100人
The 100 Most Beautiful Faces of 2012
日本人は、
桐谷美玲が12位
佐々木希が25位
黒木メイサが54位
1位イギリス人女優のEmilia Clarke
💗
TC Candler's List of the 100 Most Beautiful Faces 2012 のサイト
(外国へ飛びます)
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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻㐧一
小野 小町
かくして 年月をふるまゝに いつしか老はてゝ 奥州の方へ
さまよひくだりしが 終(つい)に八十嶋といふ所の 野原の露ときへてけり
後に なりひら 哥枕見んとて かの国にくだり ある夜八十嶋の あ
たりに宿しけるに さ夜更て いづくともなく 秋風の吹に付て
も あなめ/\といふ 哥の上の句を吟ずる聲 聞えけり 業
平 あやしく覚え その吟聲につきて たつねゆけば 野の中
に されたる人のかうべあり まなこの穴より 薄(すゝき)一もと 生出たる
が 風になびきたる 其声也 中将 いとふしぎに思ひ 里人をよび
て 事とい給へば 此いにしへ 京かたの女郎と覚しき人 此所
にて はかなく成給ひし事あり 若(もし) その上ろうの かうべにて
もや 候らんと かたりけるに 業平も 思ひあはせて 扨(さて)小町なりと
あはれまさりければ 右の上の句につぎて 小野とはいはじ すゝき
生いたり といふ下の句をむすび 終に 両作一首の秀歌とし
給へり 此哥 あまねく末の世までの かゞみ共なるべき哥とい
へり 又 かなたこなたに 小町が旧跡あり 石塔もおほし
後の人の しわざなるにやと 見えたり
奥州=陸奥の国の異称
八十嶋=不明、秋田県湯沢市辺りか??
野原の露ときへてけり=野原で行き倒れて亡くなった。
哥枕見ん=哥枕は各地の名所旧跡が哥枕になるので、そこを見学に行くこと。
あなめ/\=ああ目が痛い、また、ああたえがたいの意
されたる人のかうべ=晒れたる頭、しゃれこうべ、頭蓋骨、どくろ
京かたの女郎と覚しき人=小野小町かも知れない人
右の上の句につぎて=小町の和歌の前半に、業平が後半を継ぎ足して、哥を完成させた。
小野=をの、野原、「を」は接頭語
秋風の ふくにつけても あなめ/\ 小野とはいはじ すゝき生いたり
秋風が吹くたびに、「あなめ/\・(痛い/\)」と言う、
この野原を小野とは言わないで、ただ、ススキが生い茂っているだけだなぁ〜
この頭蓋骨を小野小町のだとは言うまい。
かなたこなたに 小町が旧跡あり=誕生地・墓所ともにあっちこっちにあります。
能で「七小町」と言うモノがあります。
・草紙洗小町・通小町・鸚鵡小町・関寺小町・卒都婆小町・雨乞小町・清水小町
大きく分けて、「百夜通いや哥の上手さモノ」と「老女モノ」が題材です。
この話は、
あくまで伝承ですが、
美人の誉れ高い小町の最後、
いかがでしたでしょうか?
末路が寂しいと可哀想ですね。
「秋風の・・」の哥の出典は、
「無名草子」からです。
特別に次回、古典紹介で、
「無名草子」から、
「小町」の部分をアップしますね。
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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻㐧一
小野 小町
をのゝ小町が事 きはめてさだかならずと 古人もいへり宜哉(むべなるかな)
こなたの文を かんがへみれば 時代たがい かなたの書を あきら
むれば 人まぎれて 更に一決しかたし ひつきやう 其人の
時節に かはらず 唯哥伝の風味を たつとぶべきよし 賢
人の説なり 扨(さて)小町が美女の名を取りたる事は 旧記にもみえ
人口にもひろまれり 一生の秀哥 あげてかぞへがたし 皆世の
人のしる所なれば 一々の沙汰におよばす その比 業平朝臣と
いへる美男 世に出て 色欲の本意をあかし 女の心をとろかし
めけるほどに こゝかしこの女房こぞり あつまりて うす手深手
を負ぬはなし 小町も 此朝臣に なれよりつゝ 顔のしはを
も のばしけりと きこえしが それもいつしか跡かたなく 契も
くちて 業平に よ所(そ)心いでき 小町がもとへは かれ山やになりし
かば うらめしく覚えて
心こそ うたてにくけれ そめざらは うつらふ事も あらざらましを
となんよみすてゝ かこち くらしけり 此外の品いとおほし
と
をのゝ小町=小野小町、仁明・文徳両天皇の後宮に仕えた。美貌の歌人、多くの伝説がある。
きはめてさだかならず=極めて定かならず、全然よく分からない
宜哉=むべなるかな、もっともなことだなあ、いかにもそのとおりだなあ
時代たがい・・・=時代が違うのでよく分からない
唯哥伝の風味を たつとぶべきよし=(よく分からないから)ただ伝わっている哥を良く味わうべき
業平朝臣=在原業平、伊勢物語の主人公とされ、美男子の代表といわれる。
うす手深手=恋の傷手を負わぬ女性はいなかった
なれよりつゝ= 馴れ親しみ寄りつくこと、小町が業平に恋して近づいた
顔のしはをも のばし=顔の皺を伸ばし、小町が業平より年上のオバサンだった?
よ所(そ)心いでき=余所心が出て来て、他の女性に気持ちが移って
かれ山=尽きはてたさま、恋が終わった様子
心こそ うたてにくけれ・・・=こんなに深く恋するのでなかったら、
心変わりしてもなにも惜しくはないでしょうに。深く恋した自分の心が憎らしい。
かこち=託ち、他にかこつけて恨み嘆くこと。かこち顔
此外の品=ここでの「品」は、事の成りゆき、事情。この他事情が色々有った。
いかがでしたか?
小町と業平が、いい仲で、
業平が振ったなんて、
初耳でしたね。
文屋康秀、良岑宗貞や、在原業平と、
和歌の贈答はしていますね(古今集)。
「顔の皺を伸ばしつつ」には、
必死さが覗えました。
三十路を越えた昔のお嬢さん、
「顔の皺を伸ばしていますか?」
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絵入 本 朝 美 人 鑑
本朝美人鑑 巻㐧一
香久夜姫(かくやひめ)
(・・・此姫 かたく辞して ゆるさず)とし比ふる
まゝに 姫 翁にむかひ みづからは ふじ山にまふで 侍るとて 立出ける
に おきな あやしく覚えて ひそかに跡を したひ行 みければ
かくやひめ ふじのいたゞきにのぼり立 休らふやうに 見えける時
白雲 一むら立来れりければ かくやひめ 此雲に うちのり 漸/\゛
として うせにけり 翁あふぎみて かなしぶ事かぎりなし
姫も さすがに名残や おしかりけん 雲のうちに声ありて 今迄
は おや子のちぎりふかく もてなされ侍し事 後の世までも
忘れがたう 嬉しけれ さりながら いまにて限りにて侍り いとま
申奉る など あり/\と 聞えけり 是 即 天女化し給へるに
こそと 人申けり 或文に かくや姫は 桓武天皇の時のやう
にも かきなせり いづれに 子細あるべき書にこそ 愚 按
ずるに 連歌師 宗碩 かける物に かくやひめの歌とて
くづの葉の うらみもなどか 残るべき 心のあきの 風したゝずは
とあり 此歌を味ふるに いさゝか 上代めかず うたがふらくは 後人
の作か 宗碩は 唯いひつたへしまゝを 守りてかけるにや
桓武天皇の時=在位781〜806年
くづの葉の・・・=葛の葉は、表は緑色ですが、その裏は銀白色。葉が裏返える風を読んで、
葛の葉の裏見(恨み)も、どうして残るでしょうか、心の秋風が立たなければ。
愚=一人称の人代名詞、自分のことをへりくだっていう語
宗碩=そうせき、戦国時代の連歌師、著作に歌論「藻塩草」
私たちの知っている「かぐや姫」と、
随分と違っていましたね。
「竹取物語」は、日本最古といわれる物語。
「仮名」によって書かれた最初の物語でもあるらしい。
「万葉集」巻16の第3791にも、その原型がある。
日本が作り出した文学の名作です。
ぜひ、原文を読んでください。
図書館の文学全集に有りますよ。
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