伊勢物語と仁勢物語

パロディーと諧謔の、仮名草子。

本朝美人鑑

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本朝美人鑑1-3-孝謙天皇

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絵入 本   朝   美   人   鑑

本朝美人鑑 巻㐧一
孝謙天皇

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本朝美人鑑三人目は「孝謙天皇」です。女帝です。
母は、前回登場した「光明皇后」。父は「聖武天皇」。
聖武天皇に男子が育ちませんでした。
そこで、女性で「孝謙天皇」です。
美人だったそうですが、チト、問題が・・・
この天皇様、一度、位を退きますが、再び天皇になります。
この時は「称徳天皇」と呼ばれます。
これを重祚(ちょうそ)と言います。
現代でも女帝問題が持ち上がっていますね。
このお話では、すべて「孝謙天皇」で通しています。




人皇四十六代のみかど かうけん天皇と申するは 女帝にて 聖
武天皇の 皇女也 御かたち 天下に比(ならび)なく 色ことに あさから
ずぞ きこえさせ給ひけり 此とき 百川のなにがしとかや いへる
大陰の人 女帝(によたい)に 近づき奉りて 御いとをしみ ふかゝり
けるが いかなる事にや有けん 其後は 百川をうとみおぼし
召て 弓削の道鏡といへる 世のしれ人をめされ 御した
しみ 百川に まさらせ給ひけり これによつて 百川も深く
うらめしき事に 思ひ奉りけり 道鏡は 年月をへて 御
てうあいに ほこりければ いつしか匹夫(ひつふ)にして法皇の位に そな
わり 四海の貴賤を わらぐつのやうに 見下しけり 加之(し○のみならす)
罪なくして 清丸を 遠嶋へながし おごりの聞え しば
/\におよぶ 然れ共 天道みてるをかき給ふ 掟なれば
終に 道鏡も うとみはてられ 下墅の国へ ながされけり 其
後 みかと 猶 色ふかくわたらせ給ひしが いかほどもなくして
崩御ならせ給ひけり 此ほかのしさいくわしく 昔物がたり
古事談等の 書にみえたり 私に云 先年或古書の中
に ふかみ草を題して 釈教の哥あり

  ふかみ草 深/\たのみを かけまくも かしこき法の 教うけつゝ

これすなはち 孝謙天皇の 御製也と有 此事覚えし
まゝに 爰(ここ)にしるし侍る


かうけん天皇・孝謙天皇=46代天皇、在位749年-758年。父は聖武天皇、母は光明皇后。
  重祚して第48代、称徳天皇、在位764年-770年
色ことに あさからず=色事に浅からず、とても色事がお好きであったようです。
大陰の人=ここでは百川さんのアソコが大きい事
女帝(によたい)=呉音-にょたい、漢音-じょてい。
  ここでは呉音の読みで、あまり良い意味を持たせていないかも?→煬帝-ようだい。(呉音)
うとみ=疎み
弓削の道鏡=帝位を狙った逆賊、孝謙上皇の看病に当たり、呪法を用いて平癒させる。
  以後、上皇の寵幸を得る。
匹夫=ひっぷ、身分のいやしい男、道理をわきまえない男
加之=しかのみならず、そればかりでなく、それに加えて、漢文訓読系の文章で使われる
清丸を 遠嶋へながし=和気清麻呂、道鏡によって大隅国に流罪にされる
天道みてるをかき給ふ 掟なれば=隆盛を誇っていても、いつかは衰える定めだから
古事談=鎌倉初期の説話集
ふかみ草=深見草、牡丹の異名
釈教=和歌・連歌・俳諧で、仏教に関係のある題材を詠んだ歌や句
深/\たのみを かけまくも=深々と声に出して頼み込む


孝謙天皇(称徳天皇)は生涯独身であり、子をなすこともなかった。
第48代 称徳天皇以降は、第109代 明正天皇に至るまで、
850余年もの長い間、女帝が立てられることはなかった。
何故でしょう?
やはり、天皇の位を簒奪しようとした道鏡の影響が大でしょう!
和気清麻呂公は、命をかけてそれを阻止した偉大な忠臣です。
「天つ日嗣は、必ず皇緒を立てよ。無道の人は宜しく早く掃い除くべし」
清麻呂公の言葉は、道鏡の天皇への野望を打ち砕き、
そして今に至るまでも生きています。
現代、皇位継承者が少なく、心配されています。
男系女帝は先例がありますが、女系天皇は「皇緒」ではありません。
女系天皇は、今までおりません。
女系天皇の出現は、国柄が変わってしまいます。
yoshyは、解決策として旧宮家の復権を望みます。歴史的に先例もあります。
道鏡のような逆賊が登場しませんように、
天皇家の弥栄(いやさか)を祈っております。


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←クリック
参考:和気清麻呂公

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絵入 本   朝   美   人   鑑

本朝美人鑑 巻㐧一
光明皇后
 
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光明皇后、3回目です。
本朝三美人のひとり、光明皇后。
その美しさは、遠く唐土まで伝わり、
唐の絵師が来日して、御簾越しに絵を描きました。
その絵を、唐の皇帝が見ますと、
なんと、観音様の絵だったと言うことです。
朝三美人のもうひとりは、衣通姫です。
最後の一人は、本朝美人鑑の2巻に登場しますよ。
それまで内緒です。
誰でしょうね?




(・・・いよ/\仏道をたつとび 給ひけるといへり)
葉室の時長の記に いはく 此后の御事 もろこしの み
かどまで 聞およびたまひ 御すがたを うつしとらんと仰ら
れ 大唐㐧一の絵師を 一人したゝめはる/\と 此国へ
わたさせ給ひけり 后 此よしきこしめされて 其絵
かきを よび給ひ くらき夜に 衣一重を へだて 我すがたを
うつせと 仰下されけり 絵かき かしこまりて 硯かみをとり
出し 衣ごしに 御すがたをみれば さしもくらきやみなれど
后の御身は 朝日のごとくに かゝやき みえさせ給ひけり 是
によつて 一毛も うつしおとさず 書おはりて 其絵を巻 御
いとま 申 やがて もろこしへかへりけり 唐の天子 なのめなら
ずに よろこび 覚召 いそぎ 其巻かみを ひらいて えいらん
あるに 人間のかたちにはあらで 観音にて まし/\けれは 帝
をはじめ奉り 皆かんるいをながし給ひけり これよりして
観音の 御さいたんとは 申とかや 扨又 此后のよませ給へる
御哥とて ふるく申つたへたり

生(いけ)る物 草木のみかは 何かさて 此よに残る 物やあるべき

此君 御一生の きどく そのほか 御くどくのひろき事 あげて
しるしがたし まことに 仏ぼさつの 御生れがはりなれば
こそ かくたへなる しな/\゛も 末の世にしるしつたへけれ いと有
かたき事なり 宗祇のいわく 興福寺 宝蔵の中に ちいさ
き はこ有 その中に 女の髪あり たけ一丈弐寸 これすなはち
光明皇后の 御ぐしなり といへり まことに色うるはしく
微妙にして 此よの物とは 思はざりけり


葉室時長=平安後期から鎌倉時代の文学者、「平家物語」の作者とする説がある
観音の 御さいたん=観音の御再誕、観音様の生まれ変わり
興福寺=光明皇后の実家のお寺
一丈弐寸=髪の毛が3メートルあまり
微妙=みみょう、美しさや味わいが趣き深くすぐれていること


生きている者は、
どんなものでも滅びていきます。
一体何がこの世に残るでしょうか?
お金も、地位も残りません。
残るのは、その人の生前に行った、
「美しい業績」ですね。

\?\᡼\? 12軽鴨の介 



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絵入 本   朝   美   人   鑑

本朝美人鑑 巻㐧一
光明皇后

本朝美人鑑の二人目は「光明皇后」さま。
お話は3回に分けてお届けしますが、
2回目は、千人の貧しい人への入浴治療。
999人まで終えましたが、さて千人目の入浴者です。
それはなんともひどい病人。
皮膚は腐り、堪えがたい病人でした。
光明皇后さま、ひるまず治療します。
その病人は、なんと「仏」さまだったのです。

(・・・御願も みはてんとする時)
浅ましき乞食来りけり その人 かしらより きびす
にいたるまで かさ くさりみち 汁出る中には いろいろのむし
わきて くさき事たへがたし よの人 一たび此のにほひに ふれな
ば たちまち目もくらみ はなもちぎれなん とあやしき程なる
に 光明皇后はすこしも きらはしく 覚しめさで 前の人より
わきて ねんごろに あかをすらせ給ひ 湯屋よりいだき上て
身をぬぐい さま/\゛のふびんを くわへさせ給ひしが さすが
此事 人のきこえも きたなくや覚しけ ん乞食にむかひ給
て なんぢ今日 ここにきたりて あかをあらいたると 人にさた
する事なかれ と仰られければ 其時こつじき 御仰 かしこま
り侍り 但しみづからも 申 むねあり けふ此所にて あしゆく仏の
身を あらいたると 人にかたらせ給ふな といふほどこそ あれ
たちまち 此こつじき 色相変じて しまわうごんのはだへ
となり 身にかけたるこも むしろも かへつて ようらくさい
なんのころもとなりて 虚空はるかにとびあがり 漸/\と
して うせ給ふ ありがたかりし事共也 后 いとかたじけなき
御事におぼしめし いよ/\仏道をたつとび 給ひけるといへ
り・・・
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かさ=瘡、皮膚のできもの、はれもの
あしゆく仏=阿閦仏、東方の阿比羅提国(あひらだいこく)に出現した大日如来のもとで発願・修行して
   成仏し、現在もその国土で説法しているとされる仏。
しまわうごんのはだへ=しまおうごん・紫磨黄金の肌。紫磨金、紫色を帯びた純粋の黄金
ようらくさいなんのころも=瓔珞軟の衣、美しい飾りをつけた、細かで軟らかな織物で作られた衣服

仏教の庇護者としてさまざまな伝説も伝えられており、光明皇后が、重症の癩病(ハンセン病)患者の膿をみずから吸ったところ、その病人が阿閦如来(あしゅくにょらい)であったという話です。

慈善の心は、神仏も嘉し給います。
千人目の病人は、「あしゆく仏」だったのです。
なんという祝福だったのでしょう。
ますます光明皇后さま、
人々の救済のため精を出します。
現代の皇后さまも、
こうした先例を受け継がれていますね。
有難いことです。
\?\᡼\? 12軽鴨の介 


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絵入 本   朝   美   人   鑑

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本朝美人鑑 巻㐧一
光明皇后

本朝美人鑑の二人目は「光明皇后」さまです。
この方も、光り輝いていたそうです。
しかし、この方の美しさは、内面の美しさ、
慈悲の心が限り無く、美しく輝いていました。
このお話も3回に分けて、お届けします。
1回目は、まだ風呂が一般化していない時代、
貧困層への入浴治療を目的として、
光明皇后さまが、風呂の建設を指示し、
貧しい人々を治療いたしました。
この頃は薬草など入れた蒸し風呂でした。

写真の吉祥天像のお姿は、
光明皇后を写したと伝えられる。

人皇四十五代 しやうむ天皇の后を 光明皇后と申奉る
即 淡海公の御むすめなり 御生れつきの いみじき事は
申におよばず ひろく諸道をまなばせ給ひて 御手跡 古
今に比類なし とりわけ 仏道の御修行いとふかく 慈悲
心にわたらせ給へり これによつて諸仏のかんおふ しば/\
なり ある時 都のかたはらに 風呂屋をかまへ いやしきもの
千人の垢をかきてとらせん と思召す 大願をおこし給
ひけり 是によつて ひそかに湯屋をたて 給ひ御名を かく
して 諸人のあかをかき給ひしに 或は かさ ただれて身の皮
つゞかぬものもあり 或は五体につゝがもなけれど あかにまぶれ
て 虫しらみの数もしらず 身にくいつきたるものも おほし
此外 千者万別の くせ物とも 日ことに入来りけれど 后い
さゝか むさしくもおぼしめさず 是 みらいの たつき也
とて いとこまやかに あらいみがき給ひけり 如此して すでに
九百九十九人に数つもり 今一人にて 御願も みはてんとする
時・・・

光明皇后=藤原不比等の三女、母は橘三千代。聖武天皇の妃、孝謙天皇の母。
施薬院を置き、自らの財によって薬草を集め、病者に施し、東大寺建立に努めた。
人皇四十五代 しやうむ天皇=第45代・聖武天皇
淡海公=藤原不比等(ふじわら の ふひと)の謚号
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御手跡 古今に比類なし=写真参照、王羲之「楽毅論」の臨書。
  「天平十六年十月三日 藤三娘」と署名、光明皇后が44歳の時の書
諸仏のかんおふ=諸仏の感応、人に対する仏の働きかけと、
  それを受け止める人の心。また、信心が神仏に通じること。

光明皇后は、さらに貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、
医療施設である「施薬院」を設置して慈善を行った。

かつて、お寺では寺僧の入浴後、
人々に寺の風呂を無料で開放しました。
これを「施浴」と呼びました。
率先して国母・光明皇后が慈善事業に精を出す、
素晴らしいことです。
東大寺、興福寺、春日大社、正倉院。
どれをとっても光明皇后さまの、
ありがたいお姿が浮かびます。
この美しさは、まことの美人です。

\?\᡼\? 12軽鴨の介 



本朝美人鑑1-1-衣通姫3/3

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絵入 本   朝   美   人   鑑

本朝美人鑑 巻㐧一
衣通姫(そとをりひめ)

忍坂姫は、夫と妹がそれは/\深い仲になってしまったのを聞き、
胸は張り裂けるようで、口惜しく、悲しくてたまりません。
衣通姫は衣通姫で、姉が苦しんでいることを知り、悲しんでいます。
内裏から去り、鄙びた離宮に引き籠もりたいと御門に頼み込みます。
衣通姫は河内の茅渟宮・ちぬのみや(大阪府泉佐野市)へ移ります。
そしたら、天皇様は「狩り」と称し、しばしば茅渟宮へ行幸。
これには近隣の民は大迷惑です。
忍坂姫の諫めもあって、お控えになるようになりました。
いつしか、天皇様も衣通姫もお亡くなりになりましたが、
衣通姫は、敷嶋の道(和歌の道)の御守り神として、
今に至るまで和歌を愛する人の導きの神です。

衣通姫尊さま、どうぞ当ブログを導き給え!


(・・・御契 ふかく聞え給ふ)忍坂
此事をきき給ひ いよ/\口おしく かなしう覚え給ふも
断りなり そとをり姫 此事を つたへきゝ給ひ そらおそ
ろしくや 思しめされけん 御門にむかひ奉り みづから内裏に
侍りては あね君の心まどひも いとかなし 殊には君を恨み
給はん事も かた/\゛しかるべからすとて 御内をはなれ
て 遠き ひなのすまいを このましう 思ひ奉ると なく
/\奏し給へば 天皇 げにもとおぼしめして 河内
の国 茅渟(ちぬ)といふ所に 姫君をうつさせ給ひけり 此あたり
に ひね墅といふ所あり 御門 此野べに出給ひ 御かりのき
こえ たび/\也 これしかしながら そとをり姫にあはせ給
はん 御かこつけなりとぞ きこえたり 御かりも たび/\
かさなれば 后 又うらめしう覚え給ひ さやうに御かり しげ
く わたらせ給はゞ 万民のくるしみたへがたかるべし 其全
く ほかのねたみにて かく奏し奉るにはあらずと 度
/\申させ給へば 天皇も 此御いさめ すてがたく覚し
めしけるにや 其後は 御遊もおこたらせ給ひけり かくて
年ひさしく かたらせ給ひしが いつしか限ある 御よはひ
なれば みかども ついに崩御 まし/\ 其後 衣通姫も はか
なくならせ給ひけるを 紀の国に おさめ奉り 玉津嶋の明
神と あがめたてまつりけり かたじけなくも 敷嶋の道の
御まもり神として 昔より いまにいたるまで 御利生 更に
おこたり給はず 上一人より 下万民にいたるまで おろそかな
らず あをがれさせ給ふ事 我国には ためしなき御事なり


玉津嶋の明神=玉津島神社、衣通姫尊が祭られていいます。
御利生=御加護、御利益、神仏から受ける恩恵


複数の妻を持つこと、外に女性を作ること、
逆もあるでしょうが、決して幸せになることはありません。
自分だけが幸せであっても、他の人を不幸にしてはいけません。
立場が高い人、偉い人ほど、
他の人を思いやる優しさを持ちましょう。
\?\᡼\? 12軽鴨の介


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