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広陵の監督を一部では批判している人もいる。
だが、何がいけないのだろうか?
審判に対する不満を高校野球の監督は述べてはいけないのだろうか?
ちなみに僕は元高校球児。小学校から高校まで毎日野球に明け暮れた。
野球が好きな人はたくさんいる。
しかし、高校野球最後の夏の経験をした人はそんなに多くない。
みんな好き勝手に言っている。
審判が悪い! 監督に失望した。 広陵の負け惜しみ! 佐賀北は運が良かった。
まぁどれもわかる。
まず審判が悪い。誤審についてはよくある事。
決勝戦を見ていたが、途中ですでに審判のジャッジの下手さには気づいた。
野球というスポーツは1球により試合が変わることがよくある。
大切な1球というもの、流れが変わる1球というもの、試合を決める1球がある。
大げさでもないが、審判が試合を作ることができる。
というか、審判によって試合がつくられる。
当然のように投手の一番いい球を(たとえば外角低めのスライダー)をストライクと言わなければ、
その投手はヘボなピッチャーとすぐに変わる。
審判は投手をしっかりと分析しなければいけない。
追い込んでキャッチャーが構えたストライクゾーンぎりぎりのところに狂いなく投げて、
ボール!ではいけないのだ。それだけで、勝敗がきまることがある。
人生が変わることもある。これはまぎれもない真実だ。
それが高校野球なのだ。プロ野球ではないんだ。たった一度きり。
審判をする人間でこの事実を知っている人はどれだけいるのだろうか?
経験したことがある人はどれだけだろうか?
知ったふり、わかったふりをしていないだろうか?
審判を高校野球経験者にしろというのではない。
本気で球児のことを考えるなら、日々技術の向上をしてほしい。
自分の判定で球児の将来を決めていること。
もっとわかってほしい。
プレッシャーをかけているわけではない。
間違いは誰にでもある。それを受け止めて次に生かして欲しい。
完全なんてない。球児に後悔や無念を残す判定を少しでも減らして欲しい。
ただそれだけ。それには認め、反省し、次に生かすこと。
広陵の監督は謝罪などしてほしいのではないんだよ。
疑惑の判定について、これからよりいっそう技術の向上をし、
再びこのようなことがないよう努力する。
そういったこれからの球児の為のことを聞きたいのだと思います。
認められないのは、高野連が悪いのかもしれない。
頭でっかちで、大衆の意見を聞かない利益重視の集団。自分たちを神とでも思っているのだろうか?
長くなったので高野連への不満、決勝問題はまた後日・・・
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