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私の一番好きな唱歌です。
輪になって〜 輪になって〜・・・・・
だんだん広がっていく様子が、心に浮かびます。
「花の街」
江間章子作詞・團伊玖磨作曲
七色(なないろ)の谷を越えて
流れて行く 風のリボン
輪になって 輪になって
かけていったよ
春よ春よと かけていったよ
美しい海を見たよ
あふれていた 花の街よ
輪になって 輪になって
踊っていたよ
春よ春よと 踊っていたよ
すみれ色してた窓で
泣いていたよ 街の角(注)で
輪になって 輪になって
春の夕暮(ゆうぐ)れ
ひとりさびしく ないていたよ
●愛知県の冨安さんの記事より
3番の「街の角で」は「街の窓で」となっている歌集も多いが、江間さんによるとここは「街の角で」なのだ。
江間さんは、この歌について、次のように書いている。
「花の街」は私の幻想(げんそう)の街です。
戦争が終わり、平和が訪れた地上は、瓦礫(がれき)の山と一面の焦土(しょうど)に覆(おお)われていました。
その中に立った私は夢を描(えが)いたのです。
ハイビスカスなどの花が中空(なかぞら)に浮(う)かんでいる、平和という名から生まれた美しい花の街を。
詩の中にある「泣いていたよ 街の角で……」の部分は、戦争によってさまざまな苦しみや悲しみ
を味わった人々の姿を映したものです。
この詩が曲となっていっそう私の幻想の世界は広がり、果てしなく未来へ続く「花の街」となりました。
(教育芸術社音楽教科書より)
(gonbe007さん注記)
江間章子さんの上記の文章は、「〜作詞者の言葉〜」という題で、教育芸術社「中学生の音楽1」(平成8年1月検定済)及び同「中学生の音楽2・3下」(平成17年3月検定済)に収録されています。なお、ふりがな表記は、後者に依りました。
●gonbe007さんのWebより
わたしもそう思いました。「窓」だと、家の中にいるみたいですよね。住む家があり、家族があり、と想像してしまうと、そのあとの「一人さびしく」が生きてこないと思います。ここはやはり、角(=すみっこ?)でないと、ひとりぼっちの雰囲気がでないと思います。詩人ならではのこだわりだと思います。
江間章子さんって、じつは今回「夏の思い出」で資料集めするまでお名前を知らなかったりしていたのですが、戦後の荒廃の中で心に花を持ち続け、戦争に疲れ暗く沈んでいる人の心にも咲かせようと活動されたんですね。「がんばれ、がんばれ!」って応援している江間さんが見えるようです。中学校の音楽の時に教科書の楽譜どおりに歌ったときにはそんな話を先生もしてくれなかったし、「きれいな曲だな」で終わっていました。やっぱり、音楽はそれを作った人の思いをしっかり受け止めて聴いたり演奏したりすべきだと、江間さんから教えていただいた思いがします。(後略)
●文学に触れ磨いた感性 (県立高女・静岡城北高100周年「河原撫子 咲きにほふ」より)
「夏の思い出」を作詞した江間章子さん
江間章子さん「夏の思い出」作詞=昭4卒(県立静岡高等女学校)
夏がくれば思い出す はるかな尾瀬 遠い空―。
戦後、日本人の心に希望を与えた「夏の思い出」。「少しでも人々に夢と希望が与えられる歌を」と、みずみずしい感性で江間章子(昭4卒)が初夏の思いをつづった。今では年間数十万人の観光客が、尾瀬水源の散策やミズバショウの観賞を楽しむ。
大正二年生まれ。感受性豊かな幼少時代を母の生まれ故郷、岩手県平舘村(現西根町平舘)で過ごした。小学六年のとき、兄の旧制静岡高(現静岡大)進学をきっかけに、家族で静岡へ引っ越した。「岩手と言葉が違い戸惑ったけど、盛岡から汽車で来たとき、窓から眺めた富士山は今でも忘れられない。海の近くに引っ越しできるとは夢にも思わなかった」
中学の先生に勧められ「片羽の県立」と言われた県立静岡高等女学校を受験し、合格した。在学時は文学少女で、母親に頼んで購入した世界文学全集や日本文学全集を読破。授業中、教科書で隠しながらこっそり読んでいたことも。「先生が黙って隣に立っていたこともありました。見て見ぬ振りをされていた。先生には申し訳ないけど、成績は苦にしない方だった。今は自分でも恥ずかしい。案外のんきでしたよ」
母親に連れられて、鑑賞した静岡での歌舞伎座の公演。「家に帰って興奮して眠れなかった。今でも鮮明に記憶に残る」。文化に触れる機会も多かった。
高校二年の夏休み。「芥川龍之介が自殺」というニュースが飛び込んでくる。新聞に残された三人の子供の写真が掲載されていた。「ニュースの真相は分からなくても、本を読んで知っていたので衝撃を受けた。聡明そうな子供のあどけない姿に涙が出ました」。三男の作曲家芥川也寸志とは、将来、仕事仲間になる。
昭和六十三年、「区民に愛される歌をつくり、世田谷を発信地として全国に広めよう」と東京都世田谷区在住の詩人と作曲家で「詩と作曲の会」を発足させ、平成二年から新作新曲発表会を毎年、開いている。「地域に根差した活動を展開しようと、世田谷区に住む多くの文化人が協力してくれてます。今までに二百五十曲ほどの歌を発表しました」
作詞した母校(県立静岡高等女学校)の創立八十周年記念歌「かくして時は」や五曲から成る組曲「歌は旅人」が式典などで披露された。「勉強も大事ですが、学生生活は楽しく過ごさなければ損。でも、高校時代、本は読んでほしいですね」
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高校に入学して初めての音楽の授業で歌ったのがこの曲でした。私が歌ったのは「街の角で」でしたよ。これもステキな曲ですよね。「花の街」、こんな平和な街があればいいな。
2006/10/2(月) 午前 8:56 [ ねこ太郎 ]
この曲の伴奏と前奏が好きです。不思議な動きですね。
2008/2/20(水) 午後 0:47