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ツェルニー50番 練習曲

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私は珍しい人間。

今、夜ベッドで鑑賞している曲はな、なんと、『ツェルニー50番』。

眠りへ誘う音楽として使っている。

ショパンの練習曲と違い、芸術性は無い(?)

しかし、バックグラウンド・ミュージックとして聞いていると、これなかなか面白い。

私はとうの昔に30〜40番で挫折しているので、到底弾けないが。

バロック音楽のように、感傷が無い音楽のため、○○しながら音楽に向くのだろう。



●ピアノ教則シリーズ7 ツェルニー50番 練習曲
 
 1973年の発売以来、定番商品となっている`ピアノ教則`シリーズの価格改定盤。一流指導者たちによる模範演奏を収録。丁寧なポイント解説付き。本作は神野明の演奏による。


●ピアノ曲『ウィキペディア(Wikipedia)』より
 練習曲・指使いの技法(50番練習曲) Op.740


●概論『ウィキペディア(Wikipedia)』より
 カール・ツェルニー(Carl Czerny, 1791年2月21日 ウィーン‐1857年7月15日 ウィーン)は、オーストリアのピアノ教師・ピアニスト・作曲家。祖先はボヘミア出身のスラヴ人で、苗字も本来はチェコ語のČerny(チェルニー)だが、ドイツ語ではツェルニーと発音される。

 作品番号は861に上り、未出版のものを含めて1,000曲以上の作品を残した多作家であったが、現在は一般には実用的なピアノ練習曲を数多く残したことで有名な存在である。一般の作品で現在最も多く演奏されるのは、ピアノ協奏曲であろう。ベートーヴェン、クレメンティ、フンメルの弟子で、リストおよびレシェティツキの師。

 作風は気の小さな性格を反映し、初期ロマン派の傾向に留まった。デビュー後のリストの演奏様式を個人的には気に入っていなかったらしいが、ショパンやリストのような後代の作曲家の斬新性を高く評価し、彼らの編曲や校訂活動を熱心に行った。

 練習曲の中には、特定の小節を数十回反復して演奏する指定を持つ物(op.365)が多数あるが、ミニマリズムとは無関係である(もっとも、ミニマリズムの作曲家達が、これら練習曲から何らかの発想を得たかもしれないという可能性は否定できない)。「王立ピアノ学校」op.500は、当時の演奏風習までを網羅したツェルニー最大の著作である。

●生涯『ウィキペディア(Wikipedia)』より
 9歳でベートーヴェンに入門し、ピアノ演奏の基礎から学びなおされた。後にベートーヴェンから高く評価され、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」のウィーン初演(世界初演はライプツィヒにて)のソリストに選ばれている。ツェルニーによるウィーン初演後、「皇帝」がベートーヴェンの生前に演奏されることはなかった。当時のベートーヴェンは「ピアノ演奏法という著作をどうしても編みたいが、時間の余裕がない」と語っており、ツェルニーやクレメンティが練習曲集や理論書の出版を行ったのは、このためだと言われる。

●神野 明 ピアノ (新演奏家協会より)
 東京芸術大学在学中、第38回NHK・毎日音楽コンクール(現 日本音楽コンクール)ピアノ部門第一位入賞。卒業後ロサンゼルス市にて矢代秋雄のピアノ協奏曲をアメリカ初演。その後、ポーランドのワルシャワ音楽院にて、ショパンの集中レッスンを受講。さらに再渡欧し、ハンガリー国立リスト音楽院にて、2年間研鑽を積む。1984、ハンガリーのリスト音楽院大ホールにてチャイコフスキーのピアノ協奏曲を演奏。1985年、ワシントンのケネディーセンター・コンサートホールにて佐藤眞のピアノ協奏曲をアメリカ初演、東京交響楽団の第222回定期演奏会で外山雄三のピアノ協奏曲を同氏の指揮で東京初演。1987年、現代日本のオーケストラ音楽第11回演奏会で西村朗の2台のピアノと管弦楽のヘテロフォニーを初演。(昭和62年度尾高賞受賞)。NHK交響楽団をはじめ、日本の主要オーケストラと協演。また、日本音楽コンクール審査員なども勤め、幅広く活動している。
現在、日本大学芸術学部教授。大阪音楽大学講師。

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座右の銘

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勤務先で入社案内を作るとかで座右の銘を書かされました。

最初、少し長くて、歌の歌詞は変だとおもいましたが、直近に聞いた、

ひとりの小さな手

ひとりの小さな手 何もできないけど
それでも みんなの手とあわせれば
何かできる 何かできる

ひとりの小さな目  何も見えないけど
それでも  みんなの瞳でみつめれば
何か見える  何か見える

ひとりの小さな声  何も言えないけど
それでも  みんなの声が集まれば
何か言える  何か言える

ひとりで歩く道  遠くてつらいけど
それでも  みんなのあしぶみ響かせば
楽しくなる  長い道も

ひとりの人間は  とても弱いけど
それでも  みんなが集まれば
強くなれる  強くなれる

を書きました。

良い歌詞です。


長すぎて、変更を迫られ


『一隅を照らす』

としました。

この言葉、「一隅を照らす」とは「照干一隅此則国宝」
「これすなわち国の宝」といって、「社会の片隅でもよい、必要とされる人物となれ」「縁の下の力持ちになれ」という意味だそうです。
ま別解として、(干を千と解釈)
「一隅を守り、千里を照らす人材こそ国の宝である」と理解すべきであるという考え方があります。

 
私は、「社会の片隅でもよい、必要とされる人物となれ」「縁の下の力持ちになれ」を心がけ、残る人生をまっとうしていきたいと思いました。

写真は最澄自筆の山家学生式の一部。
左から2行目の下に「照千一隅」とはっきり書かれている
=2000年8月18日の毎日新聞夕刊から

写真は比叡山根本中堂に導かれる参道にあった石碑の文字です。

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オルゴール

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先日、六甲山のオルゴールミュージアムへ行ってきました。(私、妻、娘、娘婿)

愛車、ジャガーで高速道路でまっしぐら。

自動演奏のピアノ(ロールペーパー利用)を聞いたり、大型のオルゴールのミニ・コンサートを鑑賞しました。

今まで大して評価していなかった、オルゴール。

改めて、オルゴールの音楽性の高さを知ることとなりました。 感動!

残念!オルゴール曲目が決まっている。

円盤やロールペーパー交換式でも、そうは曲数は揃わない。

オルゴールの美しい音色に感動した、充実した1日でした。


(写真はオルゴールミュージアムのサイトより)

http://www.rokkosan.com/hall/museum/index.html より
●オルゴールミュージアムってどんなところ?

 六甲山の緑溢れる自然の中にたたずむホール・オブ・ホールズ六甲は、1994年7月21日に開館しました。六甲山がイギリス人アーサー・H・グルームによって開発されたのが1900年頃。それと同じ時代、19世紀後半から20世紀初頭にかけてヨーロッパやアメリカで親しまれていた自動演奏楽器をコレクションしています。1996年、自動演奏楽器専門の博物館として、全国ではじめて博物館相当施設に指定されました。
館内ではオルゴールの演奏を聴いたり、楽器の演奏に挑戦したり、自動演奏楽器について学んだりすることができます。

●音楽を楽しもう!
2階コンサート展示室では、この博物館のコレクションをご紹介するコンサートを行っています。また、イベントごとに趣向を変えて楽器や曲をお楽しみいただけます。

●ミュージアムを楽しもう!
音楽をじっくりと鑑賞できるのはもちろん、自動演奏楽器のメカニズムや不思議、歴史が楽しく学べます。館内の様々な場所に展示や体験コーナーがあります。詳しくはこちらをご覧ください。

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シモンズ GOLDEN☆BEST

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懐かしのフォーク・ポップス・ニューミュージック・歌謡曲を収集しています。

今週は、先般まとめ買いしておいた『シモンズ GOLDEN☆BEST』を聞いています。

今の時代感覚からは、『古い』と感じる曲もありますが、大半はさわやかで、ハーモニーが美しく心温まる。

当時の分かりやすいメロディーは、旧人の私には何の抵抗もなく受け入れられる。


●説明 amazon.com
このCDについて
70年代にさわやかな歌声で人気を博した田中由美子と玉井妙子からなる女性デュオ、シモンズ。デビュー・シングル「恋人もいないのに」など、11枚のシングルと4枚のオリジナル・アルバムから選曲したベスト盤。

●1. 恋人もいないのに
2. ひとつぶの涙 試聴する
3. 恋の悩みは不思議なもの
4. 若草の雨
5. つぼみ
6. 恋は風船
7. ふたりだけの結婚式
8. ふるさとを見せてあげたい
9. ふり向かないで
10. ここから独りで
11. 潮風にさそわれるままに
12. 幸せ色した貝がら
13. 野バラ
14. いつまでもいっしょに~嫁ぎゆく姉に捧ぐ~
15. 赤い花と白い花
16. 思い出の指輪
17. あした天気になあれ
18. 秋がふたたび
19. おくれて来た少女
20. 取り消してください


●シモンズ (歌手)出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 シモンズは田中ユミ、玉井タエの女性デュオである。いわゆる関西フォーク系に属する。

 シモンズの名前は二人がファンであった「サイモン&ガーファンクル」のサイモン(Simon)をローマ字読みしたもの。

 二人は高校時代からベッツィ&クリスのカバーなどを歌ってライブ活動をしていた。毎日放送ラジオの「ヤングタウン」のオーディションで合格。高校卒業後に上京し『恋人もいないのに』でデビュー。デビュー曲は『あの素晴しい愛をもう一度』になる予定であったが、なぜか北山修と加藤和彦が唄うことに決まったため急遽『恋人もいないのに』を歌うことになった。この曲は60万枚を越える大ヒットとなった。しかし、人気絶頂の1974年にタエの結婚を期に解散。

 また、100曲を越えるCM曲をうたっている。なかでも明治製菓のチェルシーのCMソングは最も有名である。

 1996年に田中ユミは元ジャネッツの青木まり子(現五つの赤い風船)と新シモンズを結成した。1999年に解散するが、2006年などに度々再結成を行っており、2006年の8月に公式ホームページが開設した。


メンバー
田中ユミ(たなか-、1953年1月21日)、本名は田中由美子。伸びのある声で高音パートを担当していた。中学時代に「トニー谷のスター飛び出せ歌合戦」で優勝している。解散後に、元マネージャーの北川啓二と結婚。北川ユミの名でラジオのDJやソロシンガーとして活動、現在はシモンズYumi、田中ゆみとして活動。

玉井タエ(たまい-)、本名は玉井妙子。ハスキーボイスで低音パートを担当していた。 現在は英語教師をしており、音楽活動はしていない。

●田中ゆみ公式サイト
http://www.oda-carnival.com/yumi/

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4分間のピアニスト

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昨日、妻とDVDで鑑賞した。

暗い!重い!映画です。

最後の場面で,心の中に溜めていたもののすべて爆発させるようなジェニーの演奏はとても圧巻です。

暴力シーンの合間に時々流れるクラシック音楽で心が救われます。

コンクールでのシューマンイ短調ピアノ協奏曲、オケ無しに独奏するのはおかしい。

通常のピアニスト映画ではない。シューマン、モーツァルト、シューベルトなどのクラシックの名曲とは別に、ジャズやロックなどの楽曲が映画の重要な要素となっている。クラシックピアノ映画の枠を飛び越えたことは、新しい音楽映画への模索か。


●あらすじ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
80歳のピアノ教師トラウデ・クリューガーは、女性刑務所内で、殺人罪の判決を受けた21歳のジェニーと出会う。ジェニーは天才ピアニストと騒がれた過去があったが、道を踏み外し、刑務所内でもたびたび暴力を振るう問題児となっていた。しかしジェニーの才能を見たトラウデは、所長に頼み込んでジェニーとの特別レッスンを始めた。


●説明
内容紹介
ドイツが!そして世界が絶賛!!
囚われた天才ピアニストと、残された人生を賭ける女性教師
2つの魂の美しき共鳴から生まれた衝撃の感動作

内容(「GAGAデータベース」より)
本国ドイツで大ヒットを記録した、斬新なストーリーと圧倒的なピアノ演奏で綴る感動ドラマ。無実の罪で囚われた天才ピアニスト・ジェニーと、残りの人生を賭けて彼女を指導する老ピアノ教師・クリューガーとの激しくも暖かい魂のぶつかり合いを描く。

内容(「Oricon」データベースより)
世界各国の映画祭でも熱い歓声に包まれた話題作!無実の罪で囚われた天才ピアニストが自分の才能を信じてくれる女性教師との出会いを通して、再び人生の輝きを見出すまでを描く。主人公の演奏と息を呑む衝撃のラストシーンは、観る者の心を激しく揺さぶる。またモーツアルト、ベートーベン、バッハといったクラシックの名曲はもちろんのこと、ジャズやロックなど他のジャンルのテイストを大胆にアレンジしたピアノ曲も堪能できる。

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