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漢詩の世界

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登岳陽楼〜杜甫

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高等学校の教科書に乗っていた。
この詩は心に残る。
それは、郷愁からかのみか・・・・

岳陽楼に登る
(訓読文)
 昔聞く 洞庭の水
 今上る 岳陽楼
 呉楚 東南に圻け
 乾坤 日夜に浮かぶ
 親朋 一字も無く
 老病 弧舟有るのみ
 戎馬 関山の北

 軒に憑りて 涕泗流る



昔(むかし)聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みず)
今(いま)上(のぼ)る 岳陽楼(がくようろう)
呉楚(ごそ) 東南(とうなん)に析(さ)け
乾坤(けんこん) 日夜(にちや)に浮(うか)ぶ
親朋(しんぽう) 一字(いちじ)なく
老病(ろうびょう) 孤舟(こしゅう)あり
戎馬(じゅうば) 関山(かんざん)の北(きた)
軒(けん)に憑(よ)りて 涕泗(ていし)流(なが)る


(現代語訳文)
 昔から話には聞いていた洞庭湖、
 それを今岳陽楼に登って眼下に眺めている。
 呉と楚はこの湖によて東と南に別れ、
 天も地もことごとく湖水に浮かんでいるようである。
 親戚友人からは一通の便りも届かず、
 老いた病人の私はただ一艘の小船があるのみだ。
 関所のある山々の北方では、今なお戦乱が続いている。
 高楼の欄干によりかかって故郷を思うと涙がとめどなくあふれてくる。


登岳陽樓:岳陽樓岳陽樓:湖南省岳陽市市街の北西、岳陽城の西城門上の楼閣。楼は、三層二十メートルの黄色瑠璃瓦葺きで、各層の軒先が天に向かってぴんと跳ね上がった、特徴のある楼門で、「岳陽門」の額が掛けられている。岳陽楼は、西は洞庭湖に臨み、遥か対岸の君山を望む。北は長江を扼しており、この場所はちょうど洞庭湖と長江の接点になっており、両方を抑えている。そのため、三国の呉の時代に水師(水軍)の閲兵台となり、後、唐代に楼閣が建てられた。やがて兵火に遭い、北宋時に再建された。


杜甫(字・子美)
(712-770) 盛唐の詩人。号は少陵。官名により杜工部・杜拾遺とも呼ばれる。若い頃、科挙に落第し各地を放浪し、李白らと親交を結ぶ。40歳を過ぎて仕官したが、左遷されたため官を捨て、以後家族を連れて甘粛・四川を放浪し、湖南で病没。国を憂い、民の苦しみを詠じた多数の名詩を残し、後世、詩聖と称され、李白とともに中国の代表的詩人とされる。詩文集「杜工部集」


<<付録>>
 岳陽楼は洞庭湖の東北端に位置し、そこからの湖の眺めは絶勝と称せられる。昔から文人墨客の訪れるところであったが、孟浩然の「洞庭に臨む」とこの詩とが最も名高い。
 大暦三年(768)奉節を去って最後の放浪の旅に出た杜甫が、岳陽に舟をとめ、この楼に遊んだときの詩。杜甫57歳の暮冬。これから二年後の冬、作者は舟の中で一生を閉じる。
 「呉楚東南にさけ」。この句の解釈には古来諸説がある。一説では、中国全土の東南にあたる呉楚の地方に大きな裂け目ができ、そこに洞庭湖ができたという。「淮南子(えなんじ)」天文訓に見える神話に、共工(きょうこう)という神が他の神と争って敗れ、不周山に頭を打ちつけて自殺したが、そのとき天地を支える柱が折れて、天は西北に傾き、地は東南が欠けたちあるのにもとづく。
 「乾坤日夜浮かぶ」。この一句の解釈にも諸説がある。乾坤は天地。いまは広大な湖水が、昼も夜も全宇宙をその上に浮かべているとする説をとる。後魏のレキ道元(れきどうげん、レキは「おおざと」偏に麗)の「水経注」に洞庭湖の大きなことを言い「日月も其の中に出没するが若し」とあるのをふまえる。

   洞庭の水を、名のみに聞いていたのは昔のこと。
   いま私は、岳陽楼に登って、目のあたりにその湖をながめている。
   東南、呉楚の地方が二つに裂けて、この湖水がたたえられ、
   はても知らぬ水面は、昼も夜も、全宇宙を浮かべているかと見えるほど。

   思えば親しい人たちからは一字の便りもなく、
   老病のわが身につれだつものは、ただ一そうの小舟があるばかり。
   目を転ずれば境をへだてる山々の北では、軍馬の足音がひびいているとか。
   楼の手すりによりかかりながら見わたすとき、私の目からは涙があふれ出る。

                   (前野直彬「唐詩選」)

春望 杜甫

一番最初に習ったのがこの漢詩。
月並みだか大好きな詩。
安土の城跡に登ったとき、
何故か、
「夏草やつわ ものどもが夢の後」という芭蕉の句とともにを思い出させる。


 漢詩の世界は、中国最古の詩集として今から約3000年の昔、朝廷で奏でる 楽歌から各地方でうたわれた歌まで305編集めた「詩経」があり、その後現在も使われている「絶句」「律詩」という詩の形式として確立した唐の時代から孟浩然、李白、杜甫等々多くの詩人が出ている。多く集められた詩集には、酒を愛し、恋人を想い、人生を見つめ、自然を愛するなど、様々なテーマがあります。

 現代日本の政治経済の貧困のなかでのバブル崩壊後、リストラの繰り返し、借金地獄、それによる人々の心の 砂漠化と、ゴミの山に象徴される人間生活環境を無視した無秩序化である。このような時代にこそ、日本人の思想に大きく影響を与えた古 典的文化である「漢詩の世界」に触れて、自分の心と生き方を再度見直す事が必要と思います。



  「五言律詩」
   春望 杜甫

   国破山河在
   城春草木深
   感時花濺涙
   恨別鳥驚心
   烽火連三月
   家書抵万金
   白頭掻更短
   渾欲不勝簪


【書き下し文】
春望(しゅんぼう) 杜甫(とほ)
国(くに)破(やぶ)れて山河(さんが)在(あ)り
城(しろ)春(はる)にして草木(そうもく)深(ふか)し
時(とき)に感(かん)じては花(はな)にも涙(なみだ)を濺(そそ)ぎ
別(わかれ)れを恨(うら)んでは鳥(とり)にも心(こころ)を驚(おどろ)かす
烽火(ほうか)三月(さんげつ)に連(つら)なり
家書(かしょ)万金(ばんきん)に抵(あ)たる
白頭(はくとう)掻(か)けば更(さら)に短(みじか)く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲(ほっ)す

【語釈】
春望:   春のながめ
      国破山河在:安禄山の軍に国都長安が破壊されたが、山や川は昔のままである。
城:    中国の都市は城壁に囲まれており、長安の町のこと。
感時花濺涙:戦乱の時節では花を見ても涙が落ちる。
恨別:   戦乱のため家族が別々になっている。
烽火:   のろし
三月:   長い年月。
家書抵万金:家族からの手紙が万金に相当するほど値打ちがある。
白頭掻更短:不安な気持ちで、白髪頭をかくと、抜け毛でさらに短くなる。
簪:    かんざし:冠を髪に留めるための。


【通解】
国都長安(ちょうあん)の町は、賊軍のためにすっかり破壊されたが山や川は昔のままである。
城内にも春がやってきて、草や木が深々と生い茂ったが、
この戦乱のなげかわしい姿を思うと花を見ても涙が落ち、
家族との別れを悲しんでは、鳥の声にも心が痛む。
戦乱が久しく続いているため、家族からの手紙はなかなか来ないので。
万金にも値するほど貴重に思われる。
度重なる心痛のため、白髪は掻けば髪の毛はさらに短くなり、
今ではまったく冠を止めるピンもさせない程だ。


【鑑 賞】
芭蕉の「奥の細道」に“国敗れて山河あり、城春にして草青みたり”とある。
芭蕉は旅にも杜甫の詩集を携えていたと言われるが、「唐詩選」のことではなかろうか。
この詩は杜甫の代表的な、五言律詩の傑作です。特に首聯の二句はよく知られ、この句だけでも
よく口誦さまれている。人の世に、争い興亡は絶えないが、自然は何時の世も変わらず
美しい。先の大戦で荒廃を体験した私達も、この杜甫の「国敗れて山河在り」はひとしお
身にしみ、感慨深いものがあり、千二百年以上経た今でも新鮮さを感じる。

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