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三十数年前の高校生のころ、森山良子のフォークソングをカセットのミュージックテープで買った。

当時はコンポーネントステレオにTEACのカセットデッキを接続して聴いていた。

今でも当時の良い印象が残っているので、これらの曲を網羅しているこのCDを購入した。

このCDの森山良子は20才台、今と違いその声自体がが美しい。(デジタル・リスターの効果も)

その美しさに聴き惚れながら、当時を懐かしむ!


●この広い野原いっぱい・フォーク・アルバムNo.1/
 愛する人に歌わせないで・アルバムNo.2

ディスク:1
1. この広い野原いっぱい
2. きっと天使が
3. 真白き富士の嶺
4. 花一りん
5. 中国地方の子守唄
6. 一番星の歌
7. 眠れよい子
8. 朝日のあたる家
9. 美しい町
10. あなたが去る時まで
11. セットル・ダウン
12. 2ペンスを鳩に~「メリーポピンズ」より
13. サムホエア~「ウエストサイド物語」より
14. カルタース・キャンディ
15. この広い野原いっぱい(オリジナル・カラオケ)<ボーナス・トラック>


ディスク:2
1. 愛する人に歌わせないで
2. 野に咲く花
3. ふたつの手の想い出
4. 小さな貝がら
5. 夜明けの渚
6. ママの子守唄
7. 今日の日はさようなら
8. 恋はみずいろ
9. 愛のよろこび
10. 木の葉の丘
11. 恋した男の子
12. 誰も知らない
13. カナダの歌
14. ジ・エンド
15. 小さな貝がら(シングル・ヴァージョン)<ボーナス・トラック>
16. 雨あがりのサンバ<ボーナス・トラック>


●森山良子 カレッジ・フォーク・アルバム/さとうきび畑
 森山良子 カレッジ・フォーク・アルバムNo.2

ディスク:1
1. 時には母のない子のように
2. 白いブランコ
3. 坊や大きくならないで
4. 花と小父さん
5. おはなし 試聴する
6. もしも僕の背中に羽根が生えてたら
7. 忘れかけた子守唄
8. 風
9. 悲しくてやりきれない
10. 小さな日記
11. 人間はだれも
12. 旅立つ彼
13. おべんとうの歌
14. オーブル街

ディスク:2
1. 山羊にひかれて
2. 或る日突然
3. お父帰れや
4. 遠くへ行きたい
5. 炭鉱
6. この手のひらいっぱいに
7. 死んだ男の残したものは
8. フランシーヌの場合
9. 恋の花うらない
10. 弱い人間に捧げる歌
11. 町から来たお嫁さん
12. さとうきび畑



●森山良子
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

森山 良子(もりやま りょうこ、本名:同じ、1948年(昭和23年)1月18日 - )は、日本のシンガーソングライター。東京都生まれ。

長女は異色ウクレレデュオPetty BookaのPettyの森山奈歩。長男は森山直太朗。平成18年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 平成20年秋紫綬褒章受章。

プロフィール
成城学園高等学校時代に一年留年している。成城学園高等学校卒業。(同級生に小宮山洋子)
長女の奈歩は最初の夫との間に生まれた子であり、長男の直太朗は再婚した夫・ジェームス滝との間に生まれた子である。その後、離婚。
サンフランシスコ生まれの日系2世ジャズ・トランペッターの森山久は実父。母はジャズシンガーだった浅田陽子。かまやつひろしは従兄(母どうしが姉妹)、その長男かまやつ太郎は従甥。
高校時代、先輩の黒澤久雄に手渡されたジョーン・バエズのレコードがきっかけで友人らとフォークグループを結成。作品がラジオで流れたのがきっかけで、ソロ歌手としてデビュー。
主に森田公一の楽曲で、1960年代後半〜1970年代にかけてヒット曲を数多く生んだ。。
一時期、出産のため活動休止するが、1972年の第23回NHK紅白歌合戦に出場し、『美しい星』を歌い復活。
1998年長野オリンピック開会式では、テーマソングの「明日こそ、子供たちが…」を子供達と一緒に長野オリンピックスタジアムで歌を披露。
沖縄出身音楽バンドのBEGINとの合作(森山は作詞、BEGINは作曲)で、『涙そうそう』が話題となる。
数々の歌手に歌われていた『さとうきび畑』では、2003年第45回日本レコード大賞の最優秀歌唱賞に選ばれるなど、幅広いジャンルの歌をこなす。
2003年、フォークを歌い始める前からの念願だった初のジャズアルバムをリリース。ニューヨークでライブも行った。
女優としてもテレビドラマにも数多く出演している。
TBS系『金曜日の妻たちへ』では、奥田瑛二演じる若い男と不倫に堕ちる年上の女性役を熱演。
2002年には、『おとうさん』(TBS系)で田村正和の後妻に入る「タマちゃん」を熱演。
2004年には、『夫婦。』(TBS系。主題歌『あなたが好きで』も歌う)にゲスト出演。スーパーマーケットの食料品売り場で働く女性を演じた。
2006年10月、長女の奈歩がお笑いコンビおぎやはぎの小木博明と結婚したことにより、小木博明の義母となる。
2007年1月、フジテレビ系ドラマ『拝啓、父上様』の主題歌『パピエ』をリリース。
2009年1月、長女の奈歩に待望の第1子出産予定で、初孫ができる。

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私の好きな曲
エルビス・プレスリー 『好きにならずにいられない』 映画「ブルー・ハワイ」より
         又は『愛さずにはいられない』

 25歳ごろ、何気なく買ったミュージックカセットのミュージカル音楽集にこの曲がインストゥルメンタルで入っていた。
 カーステレオで聴いていたが、本当にイイ曲。
 この曲がエルビスが歌っていたのを知ったのは最近のこと。


−マルティーニの“愛の喜び”という曲をもとに、ヒューゴー・ペレッティ、ルイジ・クリート、ジョ
ージ・デヴィッド・ウェイの3人でプレスリー調に編曲した曲です。エルビス・プレスリーはこの曲を映画“ブルー・ハワイ”の中で歌ってい
ます。−

※『この胸のときめきを』も昔、よく聴きました。

  好きにならずにいられない 
  Can't Help Falling in Love

賢者は云う、愚か者だけが慌てると
でも君を好きにならずにいられない、
とどまろうか、でもこれは罪なのか
君を好きにならずにいられないとしたら
海へと確実にそそぐ川のように
流れに身をゆだねるべき時もある
さあ、手をとって。この命を捧げよう
君を好きにならずにいられないから
海へと確実にそそぐ川のように
流れに身をゆだねるべき時もある
さあ、手をとって、この命を捧げよう
君を好きにならずにいられないから
君を好きにならずにいられないから


<<所有音源−CD>>
ELV1S 30ナンバー・ワン・ヒッツ

Amazon.co.jp
世紀のスーパースター、エルヴィス・プレスリーの没後25周年を記念して、アメリカ&イギリスのシングルチャートでナンバーワンに輝いたヒット30曲をデジタルリマスターで集大成。
優しく歌いかけるスローナンバー<4>(1956年全米チャートナンバーワン、イギリスチャート11位)、パワフルなヴォーカルの<8>(1957年全米チャートナンバーワン、1958年イギリスチャートナンバーワン)、ロマンティックなムードに包み込んでくれる<20>(1962年全米チャート2位、イギリスチャートナンバーワン)のほか、ナイキのテレビCMソングとして有名なリミックスヴァージョン<31>(2002年イギリスチャート4週連続ナンバーワン)もボーナス収録。(速藤年正)

内容(「CDジャーナル」データベースより)
没後25年を記念した、30曲に及ぶ全米、全英のNo.1ソング集で、エルヴィスとビートルズ(2000年)だからこそ可能な企画盤だ。No.1の規定に関しては異議があるが、いずれにしろロック・ファンならば知っておきたい超有名曲が数多く収録されている。★

1. ハートブレイク・ホテル
2. 冷たくしないで
3. ハウンド・ドッグ
4. ラヴ・ミー・テンダー
5. トゥー・マッチ
6. 恋にしびれて
7. テディ・ベア
8. 監獄ロック
9. ドント
10. 冷たい女
11. ワン・ナイト
12. ア・フール・サッチ・アズ・アイ
13. 恋の大穴
14. 本命はおまえだ
15. イッツ・ナウ・オア・ネヴァー
16. 今夜はひとりかい?
17. さらばふるさと
18. サレンダー
19. マリーは恋人
20. 好きにならずにいられない ●●●
21. グッド・ラック・チャーム
22. あの娘が君なら
23. 心の届かぬラヴ・レター
24. 悲しき悪魔
25. クライング・イン・ザ・チャペル
26. イン・ザ・ゲットー
27. サスピシャス・マインド
28. ワンダー・オブ・ユー
29. バーニング・ラヴ
30. ウェイ・ダウン

 1人の若者が全ての始まりだった。そう、彼が母親の為に録音した1枚のシングルが……。それをたまたま耳にした<サン・レコード>のオーナー、サム・フィリップスにチャンスを与えられたプレスリーは、ロカビリーの誕生を高らかに告げる名曲の数々をレコーディングしていく。スコッティー・ムーアの豪快なギャロッピング・ギター、ビル・ブラックのビシバシのスラッピン・ベースをバックに、プレスリーが黒い喉を駆使してヒーカップ&マンブリング唄法を繰り出す。ここにはロカビリーの全て、すなわち、パンク/ガレージ/ロック/ブルースといった多様な音楽の種子が内包されている。計らずも、メンフィスの十字路で偶然の一致が重なり行われたセッションが、その後の世界に与えた影響といったら……。メジャーに移籍したプレスリーは、「ハートブレイク・ホテル」「冷たくしないで(Don't Be Cruel )」「ハウンド・ドッグ」とビッグ・ヒットを次々に放ち、その存在は社会現象にまでなった。50年代後半より一時期、軍隊に招集されるものの、60年代には華々しく復活。スターの座を揺るぎないものにする。が、コアなファンの間では、入隊を境に評価が分かれるのも事実。70年代のラスヴェガスでのショウなどは、単なる懐メロ・シンガーになりさがったと酷評する者も多い。しかし、ジェームス・バートンを始めとする名うてのミュージシャンたちに支えられた作品を聴けば、良質のブルー・アイド・ソウル〜スワンプ・ロックであることは明らか。エルヴィス・プレスリーはその全キャリアを通して“キング・オブ・ロックンロール"なのだ。

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ノックは3回(Knock three times)/ドーン 1972 ソニー

高校生の時、FMラジオから流れるこの曲を聴いてEPシングルを購入しました。
最近、家を新築し再びレコードプレーヤーをシステムに接続、30年ぶりに懐かしく聴きました、

Webからの情報ですが、「トニー・オーランドが率いた軽やかかつ和やかなアメリカンポップグループだった「ドーン(DAWN)」最初の大ヒット」とのことです。

ドーンのリーダー、トニー・オーランドは、60年代前半に、ティーンアイドルとして2曲をトップ40入りさせています。70年にトーケンズのハンク・メドレスとデイブ・アペルが用意した「恋するキャンディダ」のリード・ボーカルを引き受けますが、予想に反し全米3位の大ヒット。そしてテルマとジョイスの女性バッキングを揃えて急遽レコーディングしたフォローアップソング「ノックは三回」が、1位を3週間続ける大当たりとなりました。このグループ、ポップスのスタンダードともなった「幸せの黄色いリボン」(73年)「恋のシーソーゲーム」(75年)の全米1位のヒットを続けました。第四弾の「海辺で遊ぼう」のシングル・ジャケットまで、全くグループと関係ない4〜6人の面々が写されていますが、やっと「恋は日曜日に」で、実体の三人が登場します。
ドーン、トニー・オーランドとドーンのクレジットで発売されたシングルは、70〜77年に、HOT100に20曲、しかも全米1位3曲、トップ10に6曲がチャート・インしたことを見ても,70年代のアメリカン・ポップスを代表するグループの一つでした。

虹とともに消えた恋

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Gone The Rainbow -虹とともに消えた恋-

この曲はPPMによって作られ、日本でも大ヒットしました。その他にイギリスのオーヴァーランダースにも歌われ、そのバージョンも日本でヒットしました。

じつは、この曲を知っている人は「結構お年を召して…」おられる方でしょう。
私は当時はまだ小学生。そろばん塾に通っていて、先生が隣の部屋のステレオでこの曲を鳴らしているのを聴いて、その「シューシューシューラールゥ〜」のメロディーを覚えました。私の口ずさむ「シューシューシューラールゥ〜」を聴いて、弟まで「シューシューシューラールゥ〜」でした。

曲名を知ったのは後年のことです。ピーター・ポール&マリーって知ったのは最近です。



ピーター、ポール、マリー(Peter, Paul and Mary)は、1960年代のアメリカで最も成功したフォークソング・グループの一つ。ピーター・ヤロー(Peter Yarrow)、ノエル・"ポール"・ストーキー(Noel "Paul" Stookey )とメアリー・トラバース(Mary Travers)の3人からなるトリオ。ベトナム反戦のメッセージを全世界に送り出した。通称PP&M。
ピーター・ポール&マリーの三人組。ハーモニーがきれいで、洗練されていた。


このグループは、「背の高いブロンド(トラバース)、陽気なやつ(ストーキー)、そして見た目の良い気のいいやつ(ヤロー)」を揃えた「スーパーグループ」をイメージしたマネージャーのアルバート・グロスマンによって生み出されたものである。彼はこのグループを1961年に旗揚げさせ、早速にニューヨークのグリニッジヴィレッジのコーヒー店「ビターエンド」に出演させた。ここは卯年フォークソングを聴くには人気の店であった。グループは、翌年にはファーストアルバム「ピーター・ポール&マリー 」をリリース。それには、「500マイル」、「レモンツリー」、「花はどこへ行った」、そしてピート・シーガー編曲の「天使のハンマー」(ハンマーソング)が含まれていた。 このアルバムは、ビルボード誌のトップ10に10ヶ月君臨し、トップ100に3年以上にわたり留まった。

1963年、彼らは、3枚のアルバムを録音し、新曲「パフ」をリリースした。これは、ヤローと彼の友人でコーネル大学の学生レオナルド・リプトンがもともと1959年に作詞作曲したものである。1963年のワシントン大行進では「天使のハンマー」が歌われた。マーティン・ルーサー・キングがかの有名な演説「私には夢がある」(en:I Have a Dream)を語ったのは、この行進の際である。彼等の最大のヒットは、ボブ・ディラン の「風に吹かれて」でこれは世界中での大ヒットとなっている。これが、ワーナー・ブラザース・レコードに移籍しての最初のシングルカット曲でもあった。その後長くこのグループは、アメリカ合衆国の公民権運動やその他の社会的正義を主導する運動の第一線に立ち続けた。後年のヒット曲「悲しみのエア・プレイン」は、当時全くの無名だったジョン・デンバーによって書かれた。

グループは、ソロ活動のために1970年解散するが、グループとして活動していた当時程の成功を収めることはできなかった。唯一の例外はストーキーの「ウェディングソング(There Is Love)」で、これはヤーローが、上院議員ユージン・マッカーシーの姪メアリーべス・マッカーシーと結婚する際にその結婚式のために作曲されたもので、ちょっとしたヒットとなり、1971年のリリース以来結婚式のスタンダードナンバーとなっている。

1978年に彼らは原発反対運動の支援コンサートのために再結成し、一緒にアルバムを製作し、以来一緒にコンサートツアーを行ってきた。彼らは年間40回のコンサートを毎年行ってきた。

このグループは、1999年ヴォーカルグループの名誉の殿堂入りを果たした。2005年、メアリー・トラバースが白血病と診断され、その年のコンサートツアーはキャンセルされた。しかし彼女は骨髄移植を受けて、無事健康を取り戻した。 彼女とメンバーの他の2人は、2005年12月9日コンサートツアーをカーネギーホールでの日曜コンサートで締めくくり、2006年にはさらに追加のコンサートが予定されている。

カーペンターズ

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 高校の頃か、ラジオから流れるトップ・オブ・ザ・ワールドを聴いてシングルを買いました。それ以来のファンです。清楚な歌唱が魅力です。

 カーペンターズ (Carpenters 定冠詞「The」をつける表記は正式なものではない) は、リチャード・カーペンター(1946年10月15日 - )とカレン・カーペンター(1950年3月2日 - 1983年2月4日)の兄妹からなるミュージック・グループ。

 カレンはボーカルと、一部ドラムなどを担当し、特に声の美しさに定評がある。 リチャードはボーカル、作曲、アレンジなどを担当する。メロディの美しさが評価される。


青春の輝き~ヴェリー・ベスト・オブ・カーペンターズ

1. 青春の輝き
2. 愛のプレリュード
3. スーパースター
4. 雨の日と月曜日は
5. トップ・オブ・ザ・ワールド
6. シング
7. オンリー・イエスタデイ
8. 涙の乗車券
9. 愛にさようならを
10. 小さな愛の願い
11. マスカレード
12. スウィート・スマイル
13. 愛は夢の中に
14. ソリテアー
15. プリーズ・ミスター・ポストマン
16. ハーティング・イーチ・アザー
17. 見つめあう恋
18. ジャンバラヤ
19. ふたりの誓い
20. タッチ・ミー
21. 遥かなる影
22. イエスタデイ・ワンス・モア

内容(「CDジャーナル」データベースより)
オルタナティヴ系のアーティストたちがトリビュート盤を作った(これにはビックリしましたが)カーペンターズのベスト。69年のデビュー曲8から最後のヒット曲20まで,ファンにはほとんどがおなじみだろう。無理やりにでも女性版ビートルズと言いたい。

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