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兄が大学時代、Obやっていて、色々とオーボエ協奏曲のLPレコードを持っていました。そのLPレコード聴いているうち、珠玉の名品を発見しました。
それが、このチマローザのオーボエ協奏曲ハ長調でした。
非常の楽しく美しい曲です。
●ベニスの愛 イタリア・バロック・オーボエ協奏曲集
1. オーボエ協奏曲ニ短調「ベニスの愛」(マルチェッロ)
2. オーボエ協奏曲ニ長調(サンマルティーニ)
3. オーボエ協奏曲ト短調op.9-8(アルビノーニ)
4. オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調(ロッティ)
5. オーボエ協奏曲ハ長調(チマローザ)
内容(「CDジャーナル」データベースより)
ホリガー,イ・ムジチの名コンビによるバロック協奏曲集。ホリガーの明るく歯切れの良い音は相変わらずだが,13など旧盤と比べ,一層表情が細やかで柔らか味も増している。白眉は最後のチマローザ。牧歌的な4のダモーレも良い。
●オーボエ協奏曲 (ベンジャミン編曲)
これらのソナタは、古典ソナタ以前の単楽章ソナタの形式をとり、チマローザの若いころの作品らしく、形式的には、拙劣で内容的には豊かなものではないが、編曲者のベンジャミンが、比較的優れていて、オーボエまたはクラリネットに適した4曲を選び、これを4楽章からなる協奏曲に編曲して、原作に新たな生命を吹き込んだ。
その巧みな編曲は、原作には求めがたい変化の面白さを生み出すと同時に、チマローザ特有の流麗な旋律と明るく陽気な気分をよく伝えている。
●チマローザ
《イタリアのモーツアルト》
チマローザ,ドメニコ 〔イタリア〕
(1749.12.17〜1801.1.11) 51歳
「イタリアのモーツアルト」といわれた、十八世紀の後半における代表的喜歌劇作家のチマローザは、モーツアルトが生まれる7年前の12月17日、ナポリ近郊のアヴェルサで生まれた。
父はレンガ職人、母は洗濯女という貧しい家庭に生まれ、父と早くに死に別れたチマローザは、近くの僧院の神父からオルガンを習った。
11歳のとき楽才を認められて、ナポリのサンタ・マリア・ディ・ロレト音楽院に入学を許可され、そこで11年間学び、作曲家となった。
最初のオペラがナポリで上演され、続いてローマでも次々と初演されると、チマローザの名前は、一躍ヨーロッパで有名になり、ナポリの王宮教会のオルガニストの地位についた。
その後、ロシアのカテリーナ二世の宮廷作曲家としてペテルスブルグに赴いた。
そして、オーストリアのレオポルド二世の宮廷楽士長などを経て、ナポリ王の宮廷楽士長も務めた。
チマローザは70曲のオペラ、オラトリオ、カンタータ、ミサ、モテット、鍵盤楽器のソナタなどを残しているが 、彼自身優れたヴァイオリンと鍵盤楽器の奏者であり歌手でもあった。
ピアノ・ソナタ(正確にはチェンバロ用)は、最近まで知られていなかったが、1926年にボーゲンが、32曲を3巻にまとめてパリで出版した。
チマローザの作品はヨーロッパの主要都市で公演されており名声を得ていたから毒殺の噂が無視できず、ナポリ政府が4月に内臓疾患(胃癌)である旨を発表したという。
彼のオペラ、レクイエム、オラトリオ、チェンバロ・ソナタ、オーボエ協奏曲など美しい旋律が印象的で、チマローザと同年生れのゲーテは彼の音楽を賞賛している。
ロッシーニが登場するまでは彼のオペラ・ブッファの全盛期であった。
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